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アルカ  作者: 試作439
第一章 ~アルカ・ソフ・オウル~
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第一節 2話 邂逅

 外に出て背伸びをすると、眠気も飛び目が冴えてきた。ほっという掛け声と同時に首を手で右に捻ると、コキリと派手な音が鳴った。さらに手を変え左に捻ると、今度は鳴らずに鈍い痛みがズキリと響いた。

「首折れるよアルカちゃん」ミコが笑いながら言った。久しぶりの笑顔だ。

「んああ、これやるとすっきりしない?」

「どうかな。あたしは鳴らないし」

 ミコもアルカの真似をして首を鳴らそうとするが、力の入れ方が足りてない。痩せ気味で背も低いミコが首を左右に捻る姿は小鳥を連想させて、思わず抱きしめたくなる。

 あかん。さっきから思考が百合百合しい。静まれ我がピンクの波動。

「アルカちゃんはこの後どうするの?」

「当然、寮に帰って晩ごはんまでひと眠り」

「本当、よく眠るね。怖くない先生の時は大抵眠ってるもんね」

「失礼な。今日は君爺の授業以外は起きてたよ」もっとも、英語以外の授業の半分はテストの返却日だったため、ほとんど勉強してないが。「そういえば、テストどうだった?」

「今んとこ赤点は無いかな」

「じゃあゆっくり遊べるね」

 ミコはわずかに肩を落とした。「そうはならないかな。学校に行かないのなら家でのお勤めが増えるだけだから」

 ミコの表情が陰る。

 付き合い始めて一年以上になるから分かるが、ミコはあまり家に帰りたがらない。何かと理由をつけて放課後にだらだらしたがる。家が嫌いなのかな。

 ミコにとっては、赤点で補習を受けるほうが帰りが遅くなるので幸せなのかもしれない。

「そういえばこの後、レンちゃんに数学教えてもらうんだ。街のほうに行く予定なんだけど、アルカちゃんも一緒にどう?」

「え、テスト終わったばかりなのにまだ勉強するんだ」あたしはわずかに怯んだ。やだこの子、真面目すぎて怖い。

「うん。四十九点しか取れなかったから、さすがにまずいかなって」

「うわ、十分だよ。あたし四十六点」

「やった。初めて数学でアルカちゃんに勝った」ミコは小さくガッツポーズを出した。

「ちなみにレンは何点だったかわかる?」

「当然のように百点だった」

「だろーなー」さすがは学年トップの才女。

 とはいえ、ミコに負けたのは少し焦る。あたしは学年でも下のほうだが、ミコは最下位から数えたほうが早い位置にいる。実家の神社で斐氏教のことを色々やっているミコと比べて、寮で暮らすあたしのほうが勉強に打ち込める有利な環境だ。だが負けた。

「で、どうする? アルカちゃんも勉強来る?」

 しかし、それとこれとは話が別。テストの直後に勉強なんて、長距離マラソンの後に中距離マラソンをやるようなものだ。あたしはノーと言える女。

「パス! やる気起きない。帰って寝ます!」両手でバッテンを作りミコに謝った。

「そっか。ゆっくり休んでね」ミコは勉強をおおげさに嫌がるあたしを見て、くすくすと口元を隠しつつ上品に笑った。



 二人で校門前に立ち、他愛のないおしゃべりをしながらレンを待っていると、突然ミコの落ち着きがなくなってきた。

 なんだろう? とミコの視線の先を見ると、一台の黒塗りの高級そうな車が走ってくるのが見えた。やや速度オーバーに見えるその車は、あたしたちの目の前に止まった。それと同時に、後ろの席から着物姿の女性が慌てて降りてきた。

「美子、迎えに来ました。気分は悪くない?」

「お母さん、なんで学校に」

「外では宗師そうし様と呼ぶように。何度も言わせない」

 着物の女性の低い声を受けて、ミコの肩が落ちる。

「すみません。宗師様」

 同じ車から降りていたスーツ姿の女性が、日傘を広げて着物の女性の側に立った。眼鏡をかけていかにも優秀そうだ。

「学校の先生から、授業中の様子について電話がありました。その、大丈夫なのね?」語尾はミコをいたわる感じじゃない。叱りつける口調だ。

「はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」ミコは深々と頭を下げた。

 これが噂に聞くミコの母親か。初めて見る。さすがは宗教の教祖様。美人だし宝塚女優のような迫力があってオーラがすごい。

 運転席から降りてきたスマートな中年のおじさまが、助手席側ドアの前に立った。スーツは着ていないが清潔な身なりで、こちらも洗練された雰囲気をまとっている。

「乗りなさい。家まで送ります」数秒間ジロジロとミコを見定めていたミコの母親は、一言言うとさっさと助手席に向かった。男がドアを素早く開ける。

「はい」ミコが表情の無い顔でアルカのほうを向いて「ごめんなさい」と言った。

 なんだろう。この空気。

 直感的に気に食わない。

「あの、ちょっとすみません」

 考える前に口が開いた。あたしはミコの母親に声をかけた。

 体を半分車に入れていたミコの母親は、止まってあたしを見た。なんか睨んでる?

「この後、ミコと一緒にテストの復習をする予定なんですけど」慣れない嘘をついて、声がちょっと震えてしまった。急速に喉が渇く。

 ミコはあたしを見上げて固まり、ミコの母親は車から降りてあたしの前に立った。

 任侠映画でこんなシーンを見たことがある。乾いたトランペットの音が聞こえたような気がして、胃がきゅっと軋む。

「あなたは?」

 背はあたしよりちょっと高い。足元を見る余裕が無いので確認できないが、カラコロと鳴る足音で下駄を履いてるとわかる。

 大して変わらないはずだ。なめられてたまるか。あたしは胸を反らして立った。

「美子さんと同じクラスの、広瀬亜瑠香です。初めまして」

「そう。二宮美子の母親の二宮にのみや那美なみです。娘がいつもお世話になっております」菩薩のような笑みと共に、美しい会釈を返された。

 反抗的な態度を隠さなかったあたしは、挨拶一発で器の違いを体感した。正面から受ける気迫に押されると同時に、自分がケンカ腰で声をかけたことが恥ずかしくなり頭がクラクラする。

 これがカリスマってやつなのだろうか。ほほえみ一発で心を服従させられそうになる。

「申し訳ありませんが、娘は体調が優れないようなので、お勉強でしたら他の方となさってはどうでしょう」

「いえ、その、美子さんの体調でしたら、もう回復したみたいですけど」

「ですが、授業中に床に倒れたとかで。頭でも打っていたら大変でしょう?」

「あたしはさっきからずっと一緒だけど、大丈夫そうですよ?」そう言ってミコのほうを見たが、ミコはどんどん顔色が悪くなり胸を抑え始めた。

「あまり良さそうには見えませんが」

 スーツ姿の女性が、車の中からカーディガンを取り出してミコにかけた。

 あなたたちが来たからミコの体調が悪くなったのよと、あたしは心の中で毒づくが声には出さない。

 誰が見ても分かる。ミコは母親とうまくいってない。同級生たちがミコと関わりを持ちたがらない気持ちが少しわかった。地元に長く住んでいたら、この母親を見る機会もあっただろう。面倒くさそうな性格だし、それ以上に、怖い。

「では失礼します。できれば今後は、あまり美子を連れまわさないようにして頂きたく願います」話は終わったと、二宮那美は背を向けた。

 ミコを見ると、小刻みに首を横に振っている。これ以上関わるなと言いたげだ。

 心細そうなミコの様子を見て、消えかけたあたしの闘志に再び火がついた。

 ええい、いったれ。女は度胸。

「ちょっと、お母さん待って下さい」二宮那美の着物の左袖を掴み引いた。その途端、薪を割ったような音と同時に回転する青い空が見えた。ありゃ?

「アルカちゃん!」

 わきの下からミコの上擦った声が聞こえた。あたしを抱えているようだ。

 遅れて、左頬にジンジンと痛みが走る。

 もしかして、殴られた?

 ペタリとその場に座りこんだ。足にきているとかそういうことではない。精神的にショックだった。とても立っていられない。

「気安く触れないで頂けるかしら」二宮那美の右手には、いつのまにか閉じた扇子が握られていた。左頬の痛みは縦に走っている。どうやらあれで殴られたらしい。

「お母さん、酷いよ」ミコが那美に非難の声をあげる。

「美子、あなたが悪いのです。学校では森崎さん以外の親しい友人を持たないようにしなさいと言っておいたでしょう」二宮那美に反省の色は全く無い。己の正当性を微塵も疑ってないらしい。「ほら、さっさと車に乗りなさい」

 二宮那美がミコの鞄を手に取ると、運転手の男に押し付けた。そしてあたしの隣に屈みこんでいるミコの手を握ると強引に立たせて引っ張り、後部座席に押し込んだ。ドアを閉めると、振り返りもせずそのまま助手席に乗り込む。

 涙を流しながらあたしを見つめるミコの顔が窓から見える。目の前にスーツ姿の女が立った。

「申し訳ありません広瀬様。お怪我はありませんか?」女があたしの手を取り、引き上げて立たせた。

「いえ。大丈夫です」まだ頭がぼんやりして、思考がまとまらない。

「奥様に悪気があるわけではないのです。どうか今後とも美子様の良いご学友であり続けて下さい」

 あたしを立たせると、スーツの女も足早に後部座席に乗り込み、エンジンがかけられた。

 車が動き出す時、あたしを見ていたミコの口元が動き「ごめんね」と言ったように見えた。

 全てがあっという間の出来事であり、思考が追い付かなかった。

 殴られたよね、あたし。

 娘の友達を殴る母親っているものなの?

 ありえない。そんな暴力を振るう人間が理解できない。

「アルカ。どしたの?」

 校門前で呆けていると、後ろからレンに声をかけられた。

「ええと。なんでもない」レンの問いかけに適当に答える。

 するとレンは、校門の影になっている方に歩いて行った。「なあ、君。ここで何があったか見てたんじゃないの?」

「あっ、いえ。何も見てません」

「とぼけるとただじゃ済まさないよ?」

「いぎっ!」

 その声を聞きあたしも我に返った。振り向くと、レンは小柄な下級生らしき男子の肩に爪を食いこませていた。

 それによく見ると遠巻きにかなりの見物人がいる。

 ずっと見られていたのだ。

 恥ずかしくて思わず顔が赤くなり、頬のぶたれた部分が再び熱を帯びる。

 考えてみたら今は下校時刻のピークだ。校門前で騒いでいたら、注目を浴びるのも当然。

「レン、もういいから行こう」彼女の手を握って強引に引っ張る。

「え? うん。けどミコは?」

「もう帰った。その事も含めて話すから」

 のっしのっしと肩を怒らせ大股で歩き出すと、レンもやがてあたしに歩調を合わせた。

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