第七十五話:冷静と聖剣
第七十五話です。
よろしくお願いします。
やっと風邪が治ってきました……
ベルザーとバーンは向かい合い、互いに動かなかった。
正確に言えばバーンは動けないと言った方が正しい。
剣の無い状態では文字通り太刀打ち出来る相手ではなかった。
しかしベルザーが動かないのは、バーンからしてみれば何故なのか理由が分からない。
その時不意にベルザーが口を開いた。
「行ったようだな……では始めようか。溶岩魔法……〝業火の礫〟」
ベルザーは組んでいた腕をだらりと下げ、詠唱を開始した。
黒い腕の手首から先、拳だけが真っ赤に光っている。
脈打つように両手のマグマが強い光と弱い光を繰り返す。
「待っててくれたのか?」
「ふん、この姿になるとな……異常な程冷静になるんだよ。普段俺は余り言葉を発しない。正直すぐキレちまうからな……だから話さなきゃキレないだろ? 普段からこの姿ならいいんだろうがそうもいかんしな。さて、奴らがいなければ憂いはあるまい?」
「礼は言わないぜ……雷魔法〝鬼神の電雷〟」
バーンは全身に雷を纏う。
これも〝刻の神速〟と同じ時期に考えた魔法である。
基本的に剣に付与するかそのまま放っていた雷魔法を自身の肉体に纏い、脳からの信号をダイレクトに筋肉に伝える事で人間とは思えない力を発揮する事が出来る。
ちなみにバーンは知らないが、父であるディーバもまた、同じ様な魔法を使い勇者となったのだった。
この魔法の利点は〝刻の神速〟と違いインターバルが無い点である。
魔力のある限り発動し続けることが出来るこの魔法で、時間を稼ぎ剣を待つ。
(さて……どこまで保つかね……)
ベルザーがゆっくりとバーンに向けて歩みだしていた。
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「まだか! はよせい! バーンが死んじまうぞ!!」
「あーもう! 急かさんで下され女王陛下! ワシだって何百年も前の結界なんぞ解いた事ないですわい……」
女王に怒鳴られている人物はウッドガルドお抱えの大魔導師シダといい、今年で百歳になる女性である。
老体に鞭打ち何時間も結界と格闘していたが、最後の結界がどうしても破れない。
数百年前の大魔導師が施したであろうそれをなんとか解除しなければならないのだが、糸口さえ見つからない有様に、女王は苛立ちを隠せなかった。
「シダ! なんとかしろー!」
「シェリルならなんとかなるやもしれませぬが……ワシにはもう……」
「女王陛下! 剣は!?」
「シェリル! いいところに来た!」
衛兵に連れられシェリルがユグドラシル最上部にある、聖剣の間に現れた。
シダと女王ヨミはシェリルに今の状況をすぐに伝え、シェリルに後を託す。
「これは……凄い結界ですわ……でも!」
両手で魔法結界の魔法陣に触れる。
膨大な量の魔法式が展開され、如何にこの結界が厳重かを物語る。
一つひとつ魔法式を解除し、結界を解いていく。
組んだ者の力がどれだけ優秀だったかが伝わってくる様だった。
それもその筈で、この結界を敷いた者は嘗て六代目勇者カインに使えた大魔導師アベルであった。
アベルはエルフの男性であったが、その時代で誰よりも精霊に愛され、彼の使う樹木魔法は荒れ果てた荒野すら緑溢れる大地に変えたと言われている。
「……バーン様……今すぐ……必ず!」
シェリルは頬を伝う汗すら拭わずに、一心不乱に結界を解いていく。
今こうしている間にも、バーンは生命の危機に瀕している。
シェリルの知識量と精霊に愛されたその力、バーンへの想いが一つとなり、遂に結界を全て解除した。
「やりましたわ!」
「よくやったシェリル!」
結界が解け、ユグドラシル唯一の鋼の扉を開ける。
何百年と開いていない扉はギギギッと軋む様な音を上げながらゆっくりと開いていく。
開いた部屋の中心に台座に刺さった巨剣があった。
そこにいる者達は勿論初めて見るその聖剣に思わず見とれてしまった。
「これが……聖剣ラグナロク……」
聖剣ラグナロク。
エルフ族の秘宝にして、初代勇者ネロ、六代目勇者カインが振るったという伝説の剣。
その力は〝悪を断ち切り邪を滅する〟と言い伝えられており、あらゆる災いを断ち切る聖剣である。
何百年と封印されてきたが、今再び現世に現れた聖剣は一切の汚れや痛みなく美しい姿のままそこにあった。
金色の両刃は輝き、剣の腹は深い蒼色に染められている。
柄は金、鍔は蒼と二色に分けられ、鍔の中心にはより深い蒼色の宝玉が埋め込まれていた。
シェリルは風魔法を発動し、ラグナロクを持ち上げる。
台座から抵抗なく浮き上がったラグナロクは、早く新しい所有者に会わせろと言っているようだった。
「女王陛下! 聖剣ラグナロク、確かに頂きました!」
「バーンに届けてやってくれ。あいつならきっと使いこなせる。急げ!」
シェリルは飛び、ユグドラシルの上部から外に出て一直線にバーンの元へ向かう。
「バーン様! 今行きます!」
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ベルザーの拳は更に紅く光り、触れるもの全てを溶かしていく。
触れなくとも、手から放出される熱風だけで建物が溶けていく程の力があった。
既に大通りにある周りの建物はドロドロに溶かされ、辺りは熱気に包まれている。
絶対防御とも言うべき硬質化した肉体と、全てを灼き尽くす拳という二つを手にしたベルザーに、バーンは攻撃を避ける事で精一杯だった。
「はぁっ……はぁっ……」
バーンの息が切れる。
熱気のせいもあるが、触れられれば終わりという紙一重の闘いがバーンを追い詰めていた。
「ちょこまかと……そろそろ死ぬか?」
瞬間ベルザーの魔力が跳ね上がる。
まだまだ底の見えない力に、バーンは魔王の強さを思い知らされていた。
「避けれんようにエルフどもごと消してやる……溶岩魔法!〝閃熱爆散焦〟!」
ベルザーが前に突き出した両の掌から球状の紅い光が現れ、それがどんどん大きくなっていく。
バーンも魔力を練り上げ、〝刻の超躍〟でベルザーの魔法を時空間に消そうとするが、上手くいく保証はない。
(なんて膨大な魔力量だ……いけるか分からねぇがやるしかない!)
「さらばだ勇者よ!」
「ちっ……!」
「バーン様ァッ!」
空中からシェリルの声と共に聞こえた風切り音。
待ち焦がれたその気配に胸が踊る。
バーンの目の前に、聖剣が突き刺さった。
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