第七十四話:神速と憤怒
第七十四話です。
よろしくお願いします。
ストックピンチ(´∀`)
バーンには以前から考えていた魔法があった。
〝刻の超躍〟は強力だが魔力を多く消費してしまい、日に数度撃てば魔力が枯渇してしまう。
現在は魔王が現れても時間制限により長時間の闘いにはなりにくい状況だが、いずれはヴァンデミオンに乗り込み全ての魔王を倒さなければならない日が来るかもしれない。
そうなった時、今のままでは魔力が絶対に保たなくなってしまう。
さらに、一対一では勝てない現状を打破する為にも、新たな魔法を生み出す必要があった。
時空間に入るのではなく、自分だけが周りより速い時空にいるような、そんな感覚を持つのが新たな魔法。
白銀の光に包まれたバーンは体力と魔力が完全に回復していた。
アリスが魔法に願ったのはバーンの〝完全回復〟。
かなり魔力を消費してふらつくものの、アリスは未だ二本の足でしっかり大地に立っていた。
「バーンさん……マリアさんとエリザさんは任せて下さい!」
力強い言葉にバーンは魂が震えるのを感じた。
あの怯えていたシスターは、今パーティー崩壊の危機を救ったのだ。
これに応えなければ何が勇者か。
「アリス、任せた」
短い言葉に全ての感情を込めた。
アリスはそれで全てを察する。
〝魔王は全力で俺が抑える。だからそれ以外は全てお前に任せる〟とバーンに言われたと。
ベルザーは不思議な感覚に陥る。
何故追撃をしなかったのか、自分でも分からない。
ザディスとの約束もあったかもしれないが、攻撃を喰らった時には殺してやろうと思っていたのにも関わらず、今はただこの勇者と全力で闘いたいと何故かそう思っていた。
「不思議な奴だ……グリードが気に入っていたのも分からんでもない」
先程とはオーラが違う。
打ち倒される度に力が増すような、そういう力があるのかもしれない。
そして、バーンと闘うことを楽しくさせるような何かが。
「待たせちまったかな。でも今度は待たせないぜ」
「ぬかせ……何度やっても同じ事よ。さっさとかかって……」
瞬間目の前に巨剣が振り下ろされる。
ベルザーはかろうじでそれを回避し、反撃に出ようとするが既に姿は見えない。
(また時空間に逃げたか!? ならあの小娘を!)
右手を突き出し、アリスに向けて溶岩魔法を放とうとした刹那、魔王の右手は胴体との接続を断たれた。
「なっ!?」
巨剣の影すら見えなかった。
切られた事を意識できたのは自身の腕が宙に浮くのを見たからに他ならない。
時空間から現れたのならその瞬間姿は見える筈だった。
「言ったろ? もう待たせないと」
「貴様、まさーー」
言葉を返す間も無く、ベルザーの腹部に巨剣が突き刺さる。
漸く姿を現した勇者はニヤリと笑う。
「時空を……纏ったか!」
バーンの新たな魔法〝刻の神速〟は時空魔法を身体に付与する事で自身の刻のみを加速させる。
バーン以外には姿を見る事も叶わない、まさに神速の魔法である。
勿論一度使用すれば、次に使用するまで多少のインターバルは必要となるが、魔力消費は格段に抑えられる。
初撃を見舞った直後時空間に入り、詠唱を終わらせベルザーに斬りかかったのだった。
「ご明察だベルザー」
剣に突き刺したまま、身体を回転させ遠心力で引き抜き投げ飛ばす。
地面に叩きつけられながら、ベルザーは詠唱した。
「がふっ! ……溶岩魔法〝炎症爆傷!」
失われた右手の傷口から、マグマの腕が伸びバーンに掴みかかる。
〝刻の神速〟の効果が切れたが、マグマの腕を紙一重で回避した。
が、ベルザーの狙いはバーンではなく、マグマの手は最初から巨剣に狙いを定めており、掴まれた巨剣の上半分が一瞬で融解した。
「くそっ!」
「甘いわっ!」
ベルザーがマグマの右腕を振り上げ、大地を這うように大通りを駆け抜ける。
既にバーンの目の前に迫るベルザーは、今度こそバーンの胴体目掛けて拳を振るった。
半ばまで削られた巨剣でそれを斬りつけるも、マグマに触れた巨剣は無残に溶けて大地に零れ落ちた。
「無手ではもうどうしようもあるまい。終わりだ勇者よ!」
ベルザーは左手で〝灼熱の魔剣〟を抜き、バーンに迫る。
(殴ったところで大して効かないだろう……〝刻の神速〟を使っても時間稼ぎにもならない!)
その時崩れた建物からエリザが飛び出し、ベルザーに斬りかかった。
「はぁぁぁぁッ!」
「ぬうッ!?」
左腕の〝灼熱の魔曲剣〟で受けてエリザの剣を灼き切ろうとするが、〝灼熱の魔剣〟の能力が発動しない。
「何故だ!?」
「消失魔法〝能力潰し〟……剣だけじゃない……右腕も見てみるがいい」
エリザの消失魔法は物体に限らず、特殊な能力や魔法すら消失させる。
既にエリザの瞳に魅入られたベルザーは特殊能力が一時的に封じられていた。
反対側の瓦礫を吹き飛ばし、マリアもベルザーに向けて駆け出していた。
「よくもやりやがったなテメェェェェッ!」
失った右腕側からの攻撃に、左腕でエリザを受けているベルザーは対応出来ない。
バーンもそれを見て既に目の前にいた。
「ぐっ!?」
「喰らえェェッ! 〝魔蹴撃〟!!」
「オォォラァァァァアッ!」
マリアの蹴撃が後頭部を、バーンの拳が顔面を捉えた。
骨が砕ける音が響きベルザーの膝が折れるが、魔王の意地か、周囲に魔力の衝撃波を放ち三人を吹き飛ばす。
エリザの〝能力潰し〟の効果は切れ、ベルザーは力を取り戻していた。
「はぁっ……はぁっ……人間どもがッ! 調子にのりおって……灼き切ってくれるわぁぁッ!」
ベルザーの全身から溶岩が溢れ出し、身体を覆っていく。
エリザが消失魔法を唱えるも、溶岩の一部が消えるだけで効果が無い。
「エリザ、マリア、俺の後ろに下がれッ!」
二人はすぐにバーンの後ろに下がり、構えをとった。
ベルザーの身体が徐々に大きくなっていく。
「溶岩を生み出し、それを吸収しているのか……?」
ベルザーの身体は既に見えず、まるで大地から湧き出ているかのような溶岩で出来た柱が大通りの真ん中に現れていた。
バーン達はベルザーの魔力がどんどん大きくなるのを感じ、距離を更に開けて様子を窺う。
やがて溶岩の膨張は収まり、表面が冷えて固まっていった。
黒くゴツゴツとして岩の塊のようになったそれが、てっぺんからガラガラと崩れていく。
崩れた中から全身が黒くなったベルザーが現れた。
「まさかこの姿をこんなに早く出す事になるとはな……正直侮っていた」
右腕も復活したベルザーは先程とは違い、肌が炭のように黒く変色している。
見た目だけではなく、内蔵した魔力は先程より上がっており、ベルザーは更に一段階上の存在になっていた。
マリアもエリザもアリスにより回復はしたものの、魔力、体力共に限界が近い。
バーンは魔力と体力は回復していたが、肝心の武器が無いのが一番のダメージだった。
アリスは姿を現さないが、魔力はもう殆ど残っていないだろう。
「ちっ……マリア、エリザ、時は稼ぐ。アリスを連れてユグドラシルに行け」
「ふざけんな……まだやれるぜ……」
「私はバーン様の側を離れるくらいなら盾になって死にます……!」
「バカヤロウ……俺は死ぬつもりはねぇよ。いいから行け! 俺のいう通りにするんだ。心配すんな」
二人は〝死ぬつもりはない〟という言葉に少し安堵し、悔しいがこのままでは邪魔になりかねないと判断してアリスの元に行く。
マリアが倒れていた建物の裏で、アリスは魔力を使い果たし地面に座り込んでいた。
二人はアリスを抱えてその場を離れる。
「バーン……死なないでくれよ……くそっ……もっと強くならなきゃ駄目だ!」
「ああ……もっともっと強くならねば……」
二人はバーンの無事を祈ることしか出来ない自分達が悔しくて唇を噛むのだった。
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