第七十一話:演説と第七
第七十一話です。
よろしくお願いします。
正月最後の休みに風邪ひいた模様。
バーンの事はウッドガルド国民全てが知っていた。
アーヴァインで魔王を退けたハーフエルフの黒き勇者は、既にエルフの間では英雄視されている。
バーンはシェリルと共にエルフ達の前に立つが、当然シェリルの姿を見てエルフ達の怒号が飛び交う。
シェリルはやはり悲しい表情を見せていたが、バーンが背中に触れるとしっかり前を向き、それを受け止めていた。
怒号を掻き消すように、バーンは口を開く。
「バーンだ。よろしくな」
短い挨拶だったがよく通る彼の声に先程までの喧騒は静まり、エルフ達はバーンの言葉に耳を傾けていた。
「俺には人間とエルフ、両方の血が流れている。だから正直皆とは捉え方が違うのかもしれない。けど一つだけ確信している事がある。エルフと人間に境界なんてない。だから今、俺はここにいる」
バーンの話をエルフ達は一言も喋らずに聞いていた。
ウッドガルドにはバーンの声だけが響き、夕焼けの空がユグドラシルをオレンジ色に彩っている。
「嘗て第八魔王を討った八代目勇者ディーバは誰と共にいた? 時空大魔導師ルインがいたから、勇者は魔王を討てたんだ。それは彼らが特別だからか? 違うだろ! 今一度思い出してくれエルフ達よ! これまでに出会った人間は本当に全てがそうだったか!? 全てが悲しい記憶だったか!? 共に笑い、泣き、喜びを分かち合わなかったか!? 俺は今まであった人間に、エルフだと差別を受けた事など一度もない。俺が特別だからじゃない。彼らは共に歩んで来た仲間だろ! 一つの過ちで、一部の行いで人間全てを憎むのならば、それこそが人間に対する差別に他ならない!」
言葉には言霊が宿り、魂を込めた言葉には人を動かす力がある。
バーンの魂の叫びは、エルフ達の心を少しずつ動かし始めていた。
「もう一度言う。エルフと人間に境界なんてない。勿論過去の事や、今でも被害に遭っている者はいる。だから、ハーフエルフである俺が! 二つの魂を持つ俺が! 魔王を倒し、エルフと人間の間に生まれた力を証明してみせる! 俺の仲間は人間だ。そして今回シェリルも仲間に加わった。彼女は孤独だった。確かに間違った方向に進んでしまったが、今はもう違う! 心から反省し、今勇気を持ってこの場に立っている。俺達に、もう一度チャンスをくれないか? エルフと人間の共存はこの世界でかけがえのないものなんだ。今、この絆を失う事は出来ない! 皆の想いを、一旦俺に預けてくれ! 必ず俺が世界を守ってみせるッ!!」
一瞬の静寂があった。
夕陽に照らされた勇者は紅く輝き、まるで神話に登場する英雄そのものに見える。
次の瞬間、バーンの言葉に賛同するかのように、ウッドガルドは大歓声に包まれたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ふぅ……」
演説が終わり、バーンは漸く緊張感から解放されていた。
あれだけの人数を前に話した事など勿論なかった為、さすがのバーンもかなり疲れている様子だった。
「バーンさんっ! お疲れ様です!」
アリスが笑顔でバーンの労をねぎらってくれた。
マリアやエリザもそれに続き、シェリルは深々とお礼をしている。
「バーン様、ありがとうございました。あなた様のおかげで私は……」
「まぁ、いいじゃねぇか。もう、かしこまらなくていいさ。仲間なんだから」
「……はいっ!」
シェリルは嬉しくて嬉しくて、言葉では表現できないその想いをバーンに抱きつくことで表現した。
彼女にとって本当の仲間を得た今日こそが、これまでの中で最良の日となったことは言うまでもない。
女王とガナスが五人の元にやって来る。
演説も上手くいき、なんとかウッドガルドは以前の状態に戻れるような目処が立った。
しかし、重要なのはこれからである。
「バーン殿、ありがとうございました。おかげでウッドガルドはまた一つに戻れそうです。これからが大変ですが、なんとかしてみせますよ!」
「バーン、ご苦労だったな。よい演説であった。真面目な話……私の後にウッドガルドの王にならんか? 全てが終わったら考えてくれ。頼むぞ。あ、剣はもうちょっとかかるからそれまで……」
バーンは女王と話しているその瞬間に感じた。
彼の表情が一瞬で変わったことに女王は嫌な予感がしていた。
「女王陛下、今なら間に合う。全員をユグドラシルへ! 剣はなんとか早く……魔王が来ます」
「ぐ、やはりか……分かった! ガナス、ウィード、ギラウ! 皆避難を最優先にしろ! 急げ!」
命じられた三人は集まったエルフ達をすぐ様呼び戻すように兵達に指示し、急ぎ避難誘導に取り掛かる。
「アリス、マリア、エリザ、シェリル。アリスは後方、シェリルと組め。アリス〝白銀の咆哮〟は使いどころを間違えないようにな。シェリルは広範囲魔法は避け、集中型で頼む。当たらなくてもそれが隙になる。エリザ、マリアは俺より少し後ろで補助を頼む」
バーンの指示に四人は頷く。
二人目の魔王の気配はマリアも感じていた。
「バーン……かなりでかいぜ。こないだの奴と遜色ねぇ……」
「だろうな。剣は……間に合わなそうだな。やるしかないかぁ、こいつも折れなきゃいいが……」
「またホーリー作戦やります?」
「情報をどれだけ奴らが共有してるかによるな。バレてたら使えない」
五人はユグドラシルの根元にいた。
国民の避難はまだ終わっておらず、どんどんユグドラシルの上に向かってエルフ達が入ってくる。
このままだと間に合わないと判断し、シェリルに風魔法でバーン達を浮かせて貰う。
「シェリルなんとかウッドガルド国民の最後尾まで飛んでくれ」
「ギリギリですが頑張ってみますわ。風魔法……〝天つ空への舞台風〟!」
詠唱し効力を上げた風魔法がふわりと五人を浮かび上がらせる。
初めての感覚に、シェリル以外の四人はどうやってバランスを取ったらいいのか戸惑っていた。
「ど、どうすればよいのだっ! シェリル!」
「おー……あたし逆さになってるぞー」
「わぁ……ふわふわしてます……楽しい」
「緊張感なくなるなぁ……」
「皆様! 変に力を入れず自然体でお願い致しますわ!」
力を抜くと身体が安定し、シェリルの力でエルフ達の上を飛ぶ。
次々に指を指され、なんだか照れ臭いがそうも言っていられない。
魔王の気配は確実に強くなっている。
自分が感じている魔王の気配は、ヴァンデミオンを脱出する際に結界から漏れ出した魔王達の力であるとバーンは理解していた。
まだ完全には現れているかいないかは大体分かる。
今の状態だとまだ猶予はあった。
その筈だった。
「なんだと……!? 前回と違う!」
「ど、どうしたんですかバーンさん!?」
「急激に魔王の感覚が強くなった……グリードの時はもっとゆっくりだったんだが……どういうことなんだこれは……?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「まどろっこしい……」
ベルザーはまだ開ききっていない結界を強引にこじ開けようとしていた。
退屈な時間を過ごしてきた彼にとって今や目の前にある仮初めの自由が待ちきれなくなっていたのだった。
「はぁッ!」
光の輪に魔力をぶつけ、その力で自身の身体を無理矢理通そうとしている。
ギギギ、と嫌な音を奏でながらベルザーは遂に結界の外へ出た。
「おお……なんと清々しい……漸くこの時が来た。世界を灼けるこの時が! ヌハハハハハハ!」
普段のベルザーからはまず聞けないその笑い声が、彼の心の底からの歓喜を表していた。
ベルザーは勇者がいるウッドガルドに向けて移動を開始した。
「さぁ、灼かせてくれ……退屈な日々を!」
お読み頂きありがとうございますm(_ _)m




