第六十七話:激突と勧誘
第六十七話です。
よろしくお願いします。
(´∀`)ブクマありがとうございます!
バーンは背中にある巨剣の柄を右手で掴み、左手を少し前に出す。
左脚を前に出し、右足を引いて膝を曲げる。
半身に構えた状態でシェリルの動きを見ていた。
シェリルは地面に座りずっと俯いているが、その魔力は徐々に増大している。
大気が震え、地面の砂つぶは浮き上がり出していたが、突然フッとそれが収まると、彼女はゆっくり立ち上がった。
「……待っていて下さったのですね。ありがとうございます。ですが、私全力で貴方を討ちますわ! そうしなければ……収まりがつきませんの!」
「全部受け止めてやる。元よりそのつもりだ……!」
彼女の口調は先程とは違っていた。
自分でもよく分からない感情に身を任せ、シェリルが浮き上がる。
風が渦巻き、再び大気が揺れていた。
「お覚悟を……勇者様! 焔魔法……〝円環の炎舞竜〟!!」
普通の火魔法ではなく、風魔法を合わせ炎の威力を跳ね上げた焔魔法。
シェリルにしか繰り出せないその焔が優雅に、そして踊る様に二匹の焔の竜となりバーンに襲い掛かった。
魔力を剣に叩き込み、巨大な焔の竜に雷の巨剣で挑む。
「雷魔法〝迅雷一閃〟!!」
自身の身体より遥かに大きい焔の竜に、バーンは雄叫びを上げながら一本しかない巨剣で斬りつける。
ぶつかり合った瞬間激しい衝撃波が生まれ、魔法と魔法の鍔迫り合いに火花が散る。
(ぐっ……剣が保たねぇか!?)
そもそもバーンが巨剣二刀流にした背景の一つに、剣が折れてしまうという理由がある。
バーンの膂力は人のそれではない。
シェリル程ではないが、膨大な魔力による強化と元々の膂力を使い両手で振り抜いた時、剣の方が耐えられないのだ。
通常の鉄の剣ならば一合でへし折れてしまうだろう。
ジークが鍛えた黒鋼だからこそこれまでの闘いも乗り越えてきたが、既に残った一本も限界に近い。
「はぁぁぁぁぁぁぁあ!」
「ぬう……らァァァァァア!」
長い拮抗の末、僅かに勝った雷刃が焔を突き抜けシェリルに襲いかかるが、既にシェリルは詠唱に入っている。
「流石ですわね! 水明魔法! 〝銀鱗流星群〟!」
土と水魔法が織り成す銀色の激流が、雷刃を掻き消しバーンに迫る。
広範囲の攻撃に躱す場所はない。
バーンは巨剣に時空魔法を込める。
「時空魔法〝刻の一到〟」
巨剣は蒼く輝き、バーンはそれを全力で振り抜いた。
銀の激流をバーンの蒼き巨剣が掻き消して行く。
「馬鹿な……やはり時空魔法!? なら……これはどうですか! 炎雷魔法! 〝炎の稲妻〟!」
炎を纏った無数の雷の矢が降り注ぐ。
数は多いが、広範囲の魔法故一箇所に当たる数はそれ程ではない。
身体を回転させながら、魔力強化した巨剣で飛んで来る炎の稲妻を叩き落としていく。
巨剣を軽々振り回し、向かって来る全てを叩き落としていくバーンにシェリルは唖然としてしまう。
「あれが……人間の動きですの!?」
「時空魔法〝刻の超躍〟」
驚く暇もなくバーンは瞬時に消え、自身の魔法でシェリルからはそれが見えにくくなっていた。
後方に現れたバーンに気付いた時にはもう遅い。
(なっ!? やられるっ……!)
シェリルは目を瞑り、死を覚悟する。
しかし、バーンは巨剣ではなくシェリルの右肩に蹴りを入れていた。
「ぐうっ……!?」
風魔法を維持できず、シェリルは地面に叩き落とされた。
風魔法で飛び上がろうとするが、再び刻を超躍したバーンに押さえ付けられる。
首の後ろと片手を押さえられて組み伏せられながら、シェリルはまたも斬らなかったバーンに怒りを感じていた。
「何故お斬りにならないのですか!?」
「俺はお前と……」
「風爆魔法! 〝不知火の神渡し〟!」
バーンの言葉を待たず、シェリルの唱えた炎と風の合体魔法が全身から熱風となって吹き出した。
しかしバーンはシェリルを離さない。
思わずシェリルはバーンの身を案じ叫んでしまう。
「あ、貴方……離れなさい! 死んでしまいますわ!」
「……俺は……お前と話しが……したいっ」
身を焼かれながらも、バーンはシェリルから離れず熱風を受け続ける。
そんなバーンの姿と言葉に彼女は魔法の発動を止める。
これ以上、シェリルは闘えなかった……いや、闘う理由が見つけられなかった。
計画が失敗し目標を失った今、シェリルはもうどうしたらいいのか分からなくなっていた。
長年に渡り、生涯のほぼ全てを今回の作戦に注ぎ込んだ愛憎は、もはや呪いの様なものだった。
怒りなのか、悲しみなのか、悔しさなのか、それとも別の感情なのか、色々な感情が渦巻く中でバーンと闘ったが、その間に全て忘れてしまった。
久々に放った全力の魔法を受け切られ、何故だかシェリルの心はすっきりしている。
まるで呪いが解けたかの様にポツリと彼女は呟いた。
「私は……今まで何をしてたのでしょうか……」
その言葉を聞いて、バーンはシェリルを離して地面に転がり仰向けになった。
身体から白煙を上げ息を切らしながら、シェリルを見る。
シェリルはうつ伏せのまま、頬を土で汚しながらバーンを見ていた。
戸惑っているシェリルの頭にバーンは手を置く。
彼女は最初ビクッとしたが、頭に手を置かれると安心したような表情をし、二筋の涙が頬を通らず流れていった。
そんな彼女にバーンの優しい声が響く。
「シェリル……お前は悪くない」
シェリルは目を閉じ、その言葉を何度も咀嚼し反芻した。
もう怒りや悔しさではなく、安堵と後悔が彼女の胸に残っている。
「私……もっと早く貴方にお会いしたかった……来るのが……遅すぎです」
「遅くないよ……ギリギリ間に合った。いつもそうなんだ」
バーンにそう言われ、シェリルはクスッと笑った。
初めて見るシェリルの笑顔はとても美しかった。
しかし、すぐに彼女は悲しい顔になる。
「私は罪を犯しました。それは償わなければなりません。気付くのが遅かった……ルイン様に合わす顔がありませんわね。まぁ、私は死んでも行き先は地獄でしょうから会えませんけど……」
「会えるよ。母さんはきっと生きてる」
「え……? 今なんて……」
「俺はディーバとルインの息子だ」
シェリルは信じられないという顔をしていた。
しかし、先程見た時空魔法は確かにルインのそれであると今更ながらに気付く。
そんな事さえ忘れてしまう程に彼女は全てを見失っていた。
地面に額を擦り付けて泣きじゃくるシェリルの身体を起こし、座ったまま腕で優しく抱き上げた。
バーンの胡座の上にシェリルの身体はすっぽり収まり、バーンの左肩にシェリルは頭をつけて二人は見つめ合っていた。
「シェリル……俺達の仲間にならないか?」
シェリルは突然の勧誘に驚きを隠せないでいる。
バーンも当初はシェリルを仲間にするつもりはなかった。
しかし、彼女を狂わせたのは魔王であり、彼女は被害者でもあった。
計画が失敗し、呪いが解けたかの様な今の彼女なら、一緒に旅に連れて行きたいとそう感じたが故の勧誘であった。
「勇者様……ですが、私は……」
シェリルが戸惑うのも当然で、自分がこれまでしてきた事の重大さは十分に分かっていた。
だからこそ素直には頷けなかったが、バーンにそれは通用しない。
「お前は俺が守る。ついて来い」
力強く優しい声に、シェリルの選択肢は一つしかなかった。
彼女はやはり涙を流し、土で汚れた頬を大粒の涙が洗う頃に口を開いた。
「よろしくお願い致します……勇者バーン様……」
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