第五十六話:狩猟とエルフ
第五十六話です。
よろしくお願いします。
旅回(´¬`)
深い森の中。
イノシシが樹木の皮を削っている。
牙を研ぎ、さらには匂いをつける事で自分の縄張りを他のイノシシや動物達に教えているのだ。
まぁ、魔物に捕食される可能性の方が高いが、それは野生動物の所謂本能なのだから仕方がない。
かなり大きいイノシシは、牙を研ぎ終わると水溜まりに行き、転がって体を洗いだした。
ふと何者かの視線を感じ、立ち上がりその方向を見る。
黒い何かがそこには居た。
次の瞬間、大きなイノシシは眉間を射抜かれ地面に倒れた。
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「でっかいなおい……眉間に一発……上手いな」
マリアが見事に射抜かれたイノシシを見て感嘆の声を上げる。
アーヴァインを出発してから一週間経ち、まだ食料はあるもののかなり心許無くなっていた。
バーン達は手分けして食料を集め、まだ半ばのウッドガルドまでの道のりを凌ごうとしていたのだった。
そこに丁度アリスとエリザも戻ってくる。
「戻りましたっ! キノコと木の実が沢山採れましたよ!」
アリスが嬉しそうにカゴに入った戦利品を広げるが、エリザの顔色が優れない。
その理由はすぐに分かった。
「ア、アリスよ……木の実はいいとして……これは……」
マリアの口角がヒクついていた。
それもそのはずで、毒々しい色をしたキノコをこれだけ渡されれば誰だってそうなる。
明らかに毒キノコであるそれを、綺麗だからとアリスは集めたのだろう。
「何度か止めたんですが……」
エリザはバーンに耳打ちしてそっと伝える。
きっと〝あ、これきれいです! あ、こっちもです! 美味しそうですねぇ……〟と涎を垂らすアリスを止めきれなかったのだろうと想像はついた。
バーンでもその場にいたら止め切れるか怪しい。
エリザには気にするなと言い、嬉しそうにキノコを並べているアリスに真実を告げるべく、バーンは意を決して口を開く。
「アリス……あのな……」
「はい? なんですか?」
キラキラとした瞳で笑顔を見せるアリスは、まるで宝石箱の中身をひっくり返し、綺麗な宝石一つひとつをうっとり眺めるかのようにキノコを見つめていた。
(なんて綺麗な目をするんだこの娘は……)
心が挫けそうになるが、だからと言って毒キノコを食べさせる訳にはいかない。
「いいか……その……今並べているキノコは全部……毒キノコなんだ!」
「へぁっ!?」
彼女はいつも驚くと変な声を出す。
面白いのだが、今はそんな事を言っている場合ではない。
「だから、捨ててくるよ……ごめんな」
「大丈夫ですよ……毒になったら私が解毒しますからぁっ!」
「いや、そうじゃなくて!」
「だからお願いしまず! この子を食べてあげてくださぁい!」
謎の母性が働いたのか、アリスは毒キノコ達を庇い出した。
何が彼女をそうさせたのか、バーンにしがみ付きなんとか食べてくれと懇願している。
彼女の異常な行動に、流石におかしいと感じたバーンは並べられたカラフルなキノコの一つを見てはっと気付く。
尚もバーンに縋り付くアリスを押さえながら、一つの毒キノコを指差した。
「エ、エリザ! それを消すんだ! もう全部!」
バーンのあまりの慌てっぷりに、エリザもつられて慌てながらキノコを全て消失しにかかる。
キンッ!
「はっ!? 私は一体……」
我に返ったアリスが落ち着きを取り戻し、ホッと胸を撫で下ろしたバーンがアリスに説明する。
「アリスが持ってきたキノコの中に〝サソイドクキノコ〟があった……あれ自体は毒を持たないんだが、胞子を吸うと他の毒キノコの胞子を求めるようになるんだ。そして、毒キノコを食べて死んだ人間や動物の腹から……」
「いや、もういいですっ!」
手をバーンの眼前にバッと広げ、それ以上の情報を遮る。
あまり聞きたくもないし、言いたくもない情報に、お互いの利害が一致しこの話は終わった。
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「おいしいですっ!」
すっかりキノコの事は忘れ、バーンが獲って来たイノシシ鍋に舌鼓みを打つアリス。
じっくり煮込んだ甲斐もあってか、程よく柔らかくなった肉を食べて御満悦だが、相変わらず物凄い勢いで食べている。
他の三人はもう慣れたもので、それを和かに見つめていた。
辺りはすっかり暗く、焚き火の光だけが森の中で煌めいており、まだ寒くない季節ではあるが北に向かうにつれて風は幾分肌寒くなっていく。
程よい大きさの丸太を椅子の代わりにし、パチパチと時折音を立てながら燃えている焚き火を見つめていた。
「エルフは精霊に愛された種族で自然と共にある。女性は魔法使いになる傾向があり、男性は狩人が多い。精霊と自然に愛された種族だからだろうな」
バーンは自身が半分エルフだから狩猟が得意なんだろうと語る。
父の血が自分を騎士にしたが、母の血は魔力と狩猟の力を与えてくれた事に感謝していた。
「ウッドガルドは森の中にありますしね。ただの森ではなく、巨大樹の森の中に国があります。国の中央には世界樹ユグドラシルがあり、それが城となっていました」
以前行ったことがあるというエリザは、本当に美しい国だったと語る。
まだ見ぬ森羅の国に想いを馳せるアリスとマリアは、どんな国なのかを想像していた。
アリスは精霊の指輪を見つめながら、やはり返した方がいいのだろうと考えているようだ。
少しエリザが厳しい顔で話を続けた。
「しかし、確か今ウッドガルドは国が二分していた筈です。このまま人間と共に生きようとする共存派と、再び国交を閉ざし、エルフだけで生きようとする決別派に分かれているらしいです」
少し前までは、変わらずエルフは人間と共に生きようとしていたのだが、ある事件をきっかけに決別派の力が増してきているらしい。
それは国の外には伝わっておらず、内容までは分からないとのことだった。
「その事件以来、決別派に賛同する国民が増えたってことか……厄介なことにならなきゃいいな」
魔王が現れた事で再び協力すべきだという声も上がっているとエリザは言う。
皮肉な話だが、魔王の存在が世界を結束させる力になっているのも事実で、例えば要塞国家メルギドも普段は独裁色の強い国だが、現在は他国に足並みを揃えつつあった。
しかし、あくまで強硬な態度は崩していない。
結束とは困難に立ち向かうために存在するもの。
魔王という困難を乗り越えた先にあるものを、まだ彼らに考える余裕はないのだった。
話は尽きず、森はまた暗闇を広げていく。
彼らはこれからの旅に、天空に輝く星のような希望がある事を願いつつ、また一日を終えるのだった。
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