第19話〔下ネタはヤメてください〕④
『予選第三組、勝者二名、控室にお戻りください』
次いで淡白な物言いの司会者に従い、二人が動き始める。
え。――……終わ。
そう誰もが不満なく試合の終わりを受け入れ、戻る選手を見送ろうとした矢先――例のヒト山が崩れて堂々と現れた髪の短い騎士が立ち上がる。と、気持ち良さそうに両手を上げ、背筋を伸ばす。
『……――ぁ』
予期せぬ出来事で静まり返る場内に、登場した騎士の頭上を見て取った司会の感情が声となって漏れる。
『申し訳ございませんでした。予選第三組、各選手構えたのち、試合続行といたします』
その言葉を聞き、戻り掛けていた二人が即座に身構える。が現状を理解できていないのか、ぼけっとした顔で周りを見渡した後、何食わぬ態度で短髪の騎士が明らかに舞台を去ろうと歩き出す。
『あ、待ってください。試合はまだ終わってませんよっ』
すると辛うじて場外に出る前に反応した騎士が立ち止まり、振り返って司会の方を見る。
『えっと、武器を構えてもらえますか……?』
しかし、無くしたのか、棒を持っていない相手が自身の手を確認してから困った顔で再び司会を見る。
『近くに落ちている物でも構いませんので……』
言われて、騎士が周囲に目を向ける。そして見付けた物に近寄り。しゃがんで拾った棒を司会に見せる形で持ち上げた拍子に先端で自ら頭の物を壊してしまう。同時に変な音が静かな場内で鳴った。
『あ……』
なんだ、これは。
――その後、予選が全て終了し本戦が行われる前に空く時間を使って会場内の食堂にて昼食を済ませてから、予選最後の四組目で起きた事態を解決する為に席を外した預言者を除き、皆とテーブルを囲んで雑談をしていた。
「御飯も食べて、ようやく本調子になってきました」
円卓で正面に座る短髪の騎士がほっとした様子で述べる。
ム。
「どこか、体調が悪かったんですか?」
「いえ。体調が悪かったと言うよりかは寝不足で」
「昨晩に何か用事でも?」
「今日の事を考えていたら、気づけば朝に」
まるっきり遠足に行く前日の子供だな。
「で。アンタ、恥ずかしくないわけ? あんな、みっともない敗け方して」
「ええっと……、思い返すと恥ずかしいとは思うんですが。どちらかと言うと大会での新記録なので、ジブンとしては満足しています」
「ったく。ほんと、ダメ騎士ね。――ま、ちょっと面白かったけど」
「え、本当ですか?」
「言っとくけど褒めてないわよ」
「ガガーン」
ム、久しぶりの単純なガガンだ。
と思ってから、女騎士の方に顔を向ける。
「ジャグネスさんの件は、どうなるんでしょうね。預言者様も遅いですし」
「そう、ですね。場合によっては再戦する可能性もあるかと思います」
「けどその場合、ジャグネスさんは戦わなくてもいいのでは?」
実質一人勝ちした訳だから白黒つける必要もない。
「いえ私は、そうすべきであれば何度でも」
それで同じ結果になったら、何の為に再戦したのか分からなくなるのだが。
「ま。もし再戦するなら、次は手加減しなさいよ。観てる側が楽しめるくらいにはね」
言い分として否定できないところではある。いくら応援したくても、何が起きてるのか分からなければ、応援のしようがない。
「ど、努力しますっ」
ふム。
「――けど、どうして加減しなかったんですか? ジャグネスさんなら、あそこまで力を入れなくても勝てたと思いますけど」
とは言うものの、速過ぎて姿すら見えなかったが。
「おそらくはアリエルなりの、配慮なのでしょう。ええ、実に乙女です」
という訳で、内心驚きながら帰ってきた預言者を見る。
「どういう意味ですか……?」
「おやおや、変わらず洋治さまはこの手の話には疎いのですねェ」
どういう意味だ。
「しかし先ずは、重大な発表から――」
――を言ったところで、館内放送の様なものが流れ。
『先程の、予選第四組目で起きた事情を考慮しました結果を放送いたします。予選第四組目、二人目の勝者枠に、予選第三組目で不慮の事故により失格となったホリ・ホック選手を繰り上げ勝者として本戦進出といたします。――繰り返します』
で繰り返される内容を聞いていた本人が――。
「嘘ガンッ」
――と顔から勢いよくテーブルに突っ伏す。
なんとも言葉を掛けづらい短髪の騎士は一先ず放置して、席に戻った預言者を見る。
「何故こんな事態に……?」
「ええ、大会関係者と議論した結果の先の放送です」
気持ち不満気な顔と口調で相手が事の次第を話す。
ム?
「ま、いいんじゃない。もう、ひと笑いくらいはいけるでしょ」
小バカにした言い方で侮蔑した相手の隣に座る少女が述べる。
何故に受け狙い。
「――……死んだら笑えませんよ」
俯き気味に顔を上げながら短髪の騎士が生気のない表情で呟く様に言う。
以前に死んだら笑いものだと言ってた気もするが。
「確か、本戦は一対一での勝ち抜き戦でしたよね?」
「はい……しかも、予選とは違い真剣での試合です……」
え。
「……真剣? 予選で使っていた棒ではなくて、ですか?」
「あれは予選専用なので……」
そういえば、そんなことを言ってた。勝手に本戦でも使う物だと思い込んで――。
「――……さすがに危険では?」
「間違いなく死にます、ワタシ」
え、確定。
で無意識に女騎士の方へ顔を向けていた。
「ごっご安心ください。勝敗を決する手段は一つではありません。予選と同じように、場外や標的となる物も用意されています」
「……必ずしも、相手の命を奪う必要はないって事ですか?」
「はい。安全は配慮されています」
その言葉、やや不安なのだが。
「万一死んでしまった場合は……?」
「規則上お咎めはありません。ただ女神祭の一環として皆、楽しんでいますので、人死には滅多に起きません」
つまり零ではないと。
「――洋治さまの憂心に、お応えできるかは分かりませんが。事実闘技大会における不幸は、ここ十数年で一度も起きてはおりません」
ふム。
「なら、ジブンが十数年ぶりの犠牲者ですね……」
ム。――うーん。
「だったら、死ぬ気で笑いを取りなさいよ」
「……例えば、どんなふうにですか?」
「そ、ね。頭に剣でも刺して戦ってみるとか?」
それで剣頭しております。とでも実況されれば多少は面白いのだが。
「刺して笑われたら、試合を棄権していいのですか?」
「いや。それなら、そもそも試合に出なければいいのでは……」
「あ、それムリ。面白くないから」
だから何故、受けを狙う。
「……――ええと要するに、死なずに試合を終える事ができれば勝敗はどっちに転んでもいいんですよね?」
「え。死なずに――そんなコトが可能なのですか?」
「……――まぁ、死なない程度に頑張るしか」
「そこのところを詳しくお願いしますっ」
エエ……。
「……と言われても、素人の自分に助言できるコトは。第一状況が変わりやすい今回みたいな試合で、前もって決めた事がすんなり功を奏すとは思えません」
「では、ホリーの介添人として、洋治さまには試合場に同行していただく、というのは、如何でしょう?」
「セ、セコンド……?」
意外な単語とその意味に若干戸惑う、と女騎士が立ち上がりはしなかったものの前傾して預言者の方を見る。
「よ預言者っ、ヨウにその様な事をさせるのは危険ですッ反対ですっ」
「おや、何故です? 実際に試合をするのはホリーであって洋治さまではありませんよ」
「しかし近くに居るのは観客席で見るよりも危険ですっ」
「おや、正論。しかしながら、そのような事を言っていては何事も始まりません。――もしや……貴方は、洋治さまがホリーに付き添う事を、妬い」
「そッその様な事はありませんっっ」
「……――であれば、よいではありませんか。危険を孕まぬ生き方など、ありませんよ」
「で、ですが……」
と女騎士が口ごもる。
「ま。大丈夫よ。水内さんは孕む方じゃなくて、孕ませる方だから」
下ネタはヤメてください。




