第15話〔それはそうとして ノリノリである〕③
結果として手に入れた、本人の手の平に収まるガラス製の小瓶を店から少し離れた場所で観ていた少女が隣の短髪の騎士に顔を向ける。
「で。なんだった?」
「なにがですか?」
「だから、これの中身よ。さっきなんか言ってたのは知ってるけど。聞いてなかったから、もっかい言って」
なかなかに勝手だ。
しかし普段から、そういう事で意に介す様を見せない相手は、いつも通りに口を開く。
「ええっと、そのビンの中身は魔法薬で、食べ物に掛けると味が反対になります」
二回目ともなると、説明に纏まりがある。
だが聞いた少女の口からは反対の意味を明確にしろといった文句が出る。
「例えば、甘い食べ物に掛けると辛く、辛い食べ物に掛けると甘く、なります」
付け加えると、この説明も二回目。
「へぇ、面白そうね。――この量で、何回くらい使えるわけ?」
「その分だと一回です」
「え、そうなの。面白くないわね」
なにを基準に判断しているんだろう。
「で。――なんで、甘いの反対が辛いなわけ?」
ム。
「え……違うのですか?」
「甘いの反対は苦いでしょ」
「では辛いの反対は……?」
「普通でしょ」
ふつう……。
「……酸っぱいは?」
「酸っぱくない」
まあ味覚は人それぞれ。
「水内さん、要る?」
唐突に少女が二枚のハンカチを自分に見せ、聞いてくる。
「え。けど、それは――」
――射的をした際に参加賞として、受け取っていた物だった。
「ハンカチなら、もう持ってるし。換えるにしても、この柄は趣味じゃないの。だから、要らないなら捨てるわ」
ム。
「……――分かりました。捨てるくらいなら、使い道はありそうなので貰います」
言って、相手から自分の手にする。
「けど、記念に置いておかなくてもよかったんですか? 普通に使っちゃいますよ」
「あ、わたし、そういう実用性の無い物には興味ないから。それに、騎士さまの分を貰って満足してるし。ほんと、騎士さまさまね」
確かに、あれは凄かった。
――そうして、店を回っている内に日は暮れて夜となり、時間的にも最後の催し物として預言者に先導された場所の受け付けらしきものの前で、聞く。
「なんですか? ここは」
出店が並ぶ通りからは少し外れているのもあってか、辺りは薄暗く。申し訳程度の灯りが受け付けと近くの小さな池を上から照らしているのみ。
「はい、こちらは伝統的な女神祭の催し物で、男女の仲を女神様に見ていただく体で行う一種の相性占い、みたいなものです」
と見るからに楽しげな様子で手を打ち合わせ、預言者が説明する。
「なるほど――」
――しかし外観はどう見ても、お化け屋敷とか肝試しをやる雰囲気なのだが。
「ちなみに、どうやって占うんですか?」
「相性を知りたい男女が、この先にある女神の像の下に置かれた紙を一枚ずつ取って戻り、あちらの池に二枚重ねて沈めるのです。その際に紙の色は変わり、色の具合で判断する仕組みとなっております」
「なるほど。――けど、どうして取りに? お店で紙を販売したら駄目なんですか」
「駄目ではありません。しかしこちらの催しは、取りに行く過程を楽しむ物なのです。ですから、興をさかす為には不要な配慮と言えます」
ふム。
「要するに、何かあるんですね」
「流石の御察しです。けれども根本は診断ですので、しつこいモノではないかと」
「――そうですか。で、何故ここに?」
「むろん、皆で楽しむ為に」
ム。
「ええと、預言者様は口振りからすると経験者ですか?」
「いえ今宵が初となります」
「そうなんですか。――他の人は?」
皆の顔を見て、聞く。と同じ境遇である一名を除き、存在自体は知っていたが未経験である事を各々言葉で表す。
「という訳で、先ずは順番を決めるとしましょう」
――……順番?
点々と在る街灯の様な明かりを頼りに、女騎士と二人で木々に囲まれた道を歩きながら。
「そういえば、家の近辺以外で二人っきりになるコトって、珍しいですね」
「そう、ですね。ヨウは……人気があるので、常に誰かがそばにいます」
「人気ですか?」
「はい、人気です」
まあこっちに来てからというもの、周りにヒト気が多いのは確かだが。
「それは、自分では分かりません。が気をつけてみます」
「……どういう、意味でしょう?」
「意味は自分にも分かりません。けど、最近なんとなく、そうする事でジャグネスさんが喜ぶのではないかと思う時があります。うまくは説明できませんが、今も、そう思ったので言いました」
「そ、そのような事は――……ありません。とは、……言えませんね。ですが、そのお気持ちだけで私は――」
――と相手が言ったところで、ムっと立ち止まる。次いで同じ様に、女騎士も。
なんだろう。――そう思わせる人影が向かう先に在る街灯の下に、居た。
「何でしょう?」
同じモノを見る隣の女騎士が、やや警戒した口調で言う。
「しゃがんでいるので、体調が悪いのかもしれませんね。行って、聞いてきます」
「あ、私も一緒に行きます」
言って、後ろを付いて来る相手と共にしゃがみ込んだ人影の近くに寄る。と――。
「大丈夫ですか?」
聞いた後で、不意な違和感が。
――声を掛けた後ろ髪の長い女性らしき人物が自分達に振り返る。その顔は、明かりの下で、真っ赤な血に染まっていた。そして驚く間も無く、生じた空気の流れに反応して隣を見る。しかし、其処に居るべき女騎士の姿は無く。代わりに正面から、音が。
ムっと前を向く。すると倒れている人物の傍ら、剣を持った騎士が口を開き。
「ご安心ください。斬っただけです」
え、ダメ。
程よく錯乱していた女騎士に気絶させられた仕掛け人の女性を介抱したのち、着いた場所で見つけた紙を取ってから薄明かりに照らされる像を眺める。
「どうか、しましたか?」
「――いえ。気にせず、皆の所へ戻りましょう」
言って、先を行く。その直後に、どことなく物憂げな印象を受けた事を気に留めた。
戻ると真っ先に寄ってきた預言者が。
「思っていたよりも手間取った感じ、なのでしょうか?」
「そうですね。途中、いろいろとあったので……」
「おや、それはまた難儀な」
言うわりに嬉しそうである。
「……――この紙は? たしか沈めるんですよね」
「それはのちほど皆で、まとめて。――という訳で、次の方と」
ふム。
という訳で、なのかは分からないが。二回目となる木々に囲まれた暗がりの道で幼少の思い出を交えて話す少女と雑談をしている内に、再び先の場面を前にする。
「なに、あれ。どう見たって、怪しいわね」
自分と違い、見て直ぐに気づくのをさすがと思う。
「どうしますか?」
事情を知っている手前、配慮する積もりで聞く。
「そ、ね。ヘタに刺激しないで、横を通り過ぎましょ」
なるほど、そういう手もあるのか。――と思いつつ、何故か自分の陰に隠れて肘の服を持つ少女と人影だった人物の横を通り過ぎる――前に、振り向かれる。
「キャァー!」
次いで、悲鳴を上げ、走り去る――仕掛け人。
ムム……?
で、何故と思う気持ちがぼんやりした光に誘われて隣を見る。其処に、髪で覆った顔を首飾りの機能で下から照らす少女が。
おお……恐い。――それはそうとして、ノリノリである。
――三回目、振り返った人物の肩に飛び掛かった短髪の騎士が。
「ヒドイっ、すぐに手当てを!」
そして苦笑いする仕掛け人。
四回目、まさかの遠距離攻撃が仕掛け人を襲い。――魔導少女が一言。
「怪しい」
ごもっともです。――ところで、生きてる?
最終の五回目、やや後ろを密着して歩く預言者と共に道を行く。
「ナニかが飛び出して来そうな、物恐ろしい雰囲気ですねェ」
ふム。――意外に苦手なのかな。
そう思う一方で、前回の事も気になる。
大丈夫だろうか……、怪我とかをしてなければいいが。――それにしても、ローブの中にナニか入ってるのかな。
後ろから、ずっと押し付けられている正体不明の柔らかい感触に小首を傾げる。
――にしても、大丈夫だろうか……。
「結局ナニも出て来ませんでしたねェ」
戻った途端、至極残念そうに預言者が述べる。
かえって不安が募る結末に。
「まァいいでしょう。――それでは早速、結果発表に」
るんといった感じで、預言者が手を打ち合わせる。
重ねて持っていた二枚の紙を、預言者の合図で、浮かべる様にそれぞれが池に沈める。すると、真っ先に色が桃色に変わった女騎士が自分の手を取って喜ぶ。
「やりましたっ! 私達の相性はとってもイイみたいですよっ!」
「そうですか、それはよかった」
なるほど、桃色になるといいのか。
「あっ。ジブンも、ジャグネス騎士団長と同じ色に! ――ひッ」
自分からは見えないが、女騎士に顔を向けられた短髪の騎士が小さな悲鳴を上げる。
「おや、私も同じ色になりましたねェ」
と言う預言者の言葉を聞き、目の前の女騎士が慌てて顔をこっちに向ける。
「どういう事でしょう! ヨウに限って、そのようなっ」
え、なにが。
で状況が飲み込めず、やや戸惑っていると――。
「ね。わたしの紙、全然、変わんないわよ?」
――苦情じみた口調で池に浮かぶ紙を見ながら少女が言う。
「おや? それは変ですね……」
預言者が奇妙だと悩む。しかし直ぐに顔を明るくして。
「思い当たりました。よって解説をいたします」
紙の色が同種だった理由と変わらなかった理由、それは簡潔に魔力が原因だった。
「平たく言えば、救世主様と洋治さまの体内には魔力がございません。それ故に変化をもたらす事が無かったのです。結果として染まった色も、片方だけのモノでしょう」
なるほど。
「ま。そういうコトなら、仕方ないわね」
「ええ、仕方ありません」
「だったら。もう、帰りましょ。いい加減、歩き疲れてきたし」
確かに疲れた。
「では城の方へ、参りましょう」
そして移動を始める皆の後ろに付いて行く。
――あ。そういえば、妹さんは紙をどうしたんだろう? ――……まあいいか。不十分みたいだし。
と独り納得して、未だ夜店で賑わう街を楽しみながら帰路を歩く。




