第11話〔どげんかせんといかん〕①
女神杯以降、そこそこの頻度で行われる事実上の訓練が終わり。自分の体を抱き締めていた相手が小さな間を空けて、静かに離れる。
「ど、どうでしょう……?」
寝間着姿の女騎士が、やや不安そうな顔で、聞いてくる。
「そうですね、加減はできてきたと思います。ただ安定しないのと、腕よりは指の方が痛いです」
言うと相手が手の平を見るようにして自身を観察した後、申し訳なさそうに。
「……スミマセン、このような事に付き合わせてしまって」
ム。
「無理をして合わせている訳ではないので、気にしないでください。大事な事です」
「はい。そう言っていただけるだけでも、気が楽になります」
とは言うものの、相手の顔は浮かない。
ふム。
――訓練を始める前、何故それをする必要があるのかを説明された際に知った事。それは騎士と呼ばれる人達に必ず共通する、身体強化という技術。ただ詳しい話の殆どは知識として保管するしかなかった。
教えられたところで、魔力というモノを知らない自分には無縁だからだ。
その上で実感も出来る事は、強化する前は鍛錬をしている普通の体。故に個々の技術が長所になり短所にもなる。
で今回の場合は優れているからこそ起きる反射的な、本来なら長所になる筈の短所を抑制する、特訓――。
――そういえば、何に反応しているのか謎のままだな。
「ジャグネスさん、ふと思ったので聞くんですが」
「はい、何でしょう?」
「そもそも、どうして反射的に強化してしまうんですか?」
「そ、それは……――ヨウに触れられると、恥ずかしくて……つい」
いや、ほぼ直立不動で対応しているのだが。
「――実を言うと、少し不安です」
「ぇ、……何がでしょう?」
「ジャグネスさんが反射的に体を強化してしまうのは、騎士としての本質に関わる事ではないかと思うんです」
「えっと、つまりは……?」
「下手に抑え付けることで、危険な目に遭わないかが心配です」
「なるほど……――でしたら、心配には及びません。ヨウ以外の者に心を許す事など、ありえませんから。ただそれでも心配だというのなら、それを踏まえた上で訓練すればいいだけのことです」
相手が胸に手を当てながらに言い、にっこりと微笑む。――で続けて。
「それに……このような事は早く終えて、もっと沢山ヨウにくっつきたいので……」
ム。
「今でも腕を組んだり、日常的に支障ない程度のコトは出来てると思いますが?」
「いえっそれだけでは足りません。もっと、もっとです」
ふム。
「ヨ、ヨウは……思わないのですか? 私と、その……」
「もっとくっつきたい、と?」
「えっと……、はい」
「思わなくはないですよ。ただ……」
「ただ?」
「……――ちょっと失礼します――」
「へ?」
――と、相手を抱きしめる。
特訓のかいあって確かに耐えていられる時間は延びた。しかしまだ、される側は実用段階ではない。
訓練課題を増やしたほうがいいのだろうか。
と、自室の真ん中で顔を真っ赤にして独り直立不動状態の相手を見、思う。
さて、戻ってくるまで明日の準備でもしておこう。
――そして朝一、預言者の部屋の前で待っていた短髪の騎士に挨拶をしたあと、小さな欠伸が出る。
「む、ヨウジどの寝不足ですか?」
「いえ、大丈夫です」
思っていたよりも時間が掛かったもので。
いつものように自分を中心として横並びする三人に、朝の一言を添えてから、預言者が本題を口にする。
「という訳で、女神祭の時期が迫ってまいりました」
なにが、という訳、なのかは分からないが。
「めがみさい――ということは、お祭りですか?」
「はい、お察しの通りです」
いつものように小さく手を打ち合わせ、相手が微笑む。
「――どんなお祭りですか?」
「全日程は三日、初日と二日目は城下に出店が並び、最終日には城内の野外広場に特設する会場で闘技大会が行われ、締め括りは魔火が夜空に打ち上げられます」
おお纏まってる、さすがだ。――ではなくて。
「闘技大会ですか」
一番、気になった部分を口にする。
「おや意外にも洋治さまの関心は其処に?」
「そうですね。向こうでも直接の観戦はしたことがないので、興味があります」
「なるほど。でしたら当日は特別席での観戦を約束いたします」
「一般席でいいですよ……」
「否々、どちらにせよ救世主様の手前そうなるかと」
――確かに。
「預言者様も観戦するんですか?」
「ええ勿論です。毎年、楽しみにしておりますから」
全く以て趣味が多彩だな。
「それとも、私が隣に居ては催しを楽しめませんか?」
「え、何故ですか? 見るなら皆で見たほうが楽しいと思いますよ。なので、そんなコトは全く気にせず一緒に見ましょう」
「そうですか、洋治さまがそれほどまでに願ってくれるのでしたら、お断りする訳にはいきませんねェ」
和やかに言う預言者。と同時に左右で動きがあったが、よく分からないので気にしないことにした。
「――ところで、今日の仕事は?」
お祭りも大事だが、今、肝心なのはそっちだ。
「はい。本日は、いまお話しした女神祭に関連する内容となっております」
なるほど。
「女神杯とは違い、女神祭の主役は民です。よって城に仕える我々は祭りを支える側に回らなければなりません」
なるほど。
「それゆえに毎年、安全対策としての見回りや、興をさかす為にいくつかの店を出しております。今年は、その内の一つを洋治さま達にお任せしようかと」
なる、ほど。
「何を出す店ですか?」
「はい、まだ何一つ決まってはおりません」
え。
「であるからして本日は、いえ本日から一週間は、女神祭に出す店の準備に奔走していただきたく存じます」
「――……一週間?」
「女神祭は一週間後に開催です」
「え、まじですか」
「ええ、マジです」
エエ……――。
「――何故、もっと早くに……?」
「うっかりしておりました」
てへと相手が笑う。
「……――誰一人、話題にすらなってなかったんですが……」
鈴木さんはそもそも知らないだろうから除くとしても、誰か一人くらいは言いそうな。
「乙女になると忙しく、それどころではなかったのでしょう」
どういう意味だ。
「という訳で、早急に宜しくお願いいたします」
言って相手がニコニコと書類を手に持ち、こちらへ差し出す。
うーん。
――そうして、いつもの部屋に戻ると待っていた少女に事情を説明する。
「なるほどね。で、ナニするかは、まだ決まってないわけ?」
「はい。というか普通に困っています」
「なんで? 思いつくとこから適当に選べばいいんじゃないの」
「それが思いつかなくて困っています」
「……水内さんて、お祭りには行ったことあるわよね?」
「子供の時に、二回ほど」
「その時に、ナニか買ったりしたでしょ?」
「いえ、買ってません」
「なんで……」
と言われても――。
「――それに、こっちを基準にして考えなければイケませんから、向こうの流行りばかりを取り入れる訳には」
「そ、ね。――てなると、相談する相手は一人しかいないわね」
ム。
「誰ですか?」
「ま、行けば分かるわ。久しぶりにね」
で――やって来た店の個室、座敷の間で猫耳ゆるふわパーマの相手が。
「事情は理解しました。が、なんでうちが――じゃなくて、ワタシが今日、日勤だと知っていたのでしょうか?」
たまたま……?
「アンタのシフトくらい、カネか時間があれば、なんとでもなんのよ」
おまわりさーん。
そして、借りた服を着ている短髪の騎士が表情を曇らせる猫耳ゆるふわパーマを向かいの席で見ながら。
「ヨウジどの、あの方はいったい……?」
「え、タルナートさんですよ? 聖騎士団総長の」
言うと何故か相手がこっちと猫耳の方を交互に何度か見。
「嘘ガーン」
この場合のガーンはどういう意味だろう。




