第9話〔じゃ いっかい向こうへ戻るわよ〕②“イラスト:フェッタ”
「旅というのは?」
「女神に祈りを捧げるまでの……」
「儀式を執り行う祠は城内に在りますので、旅と呼べるほどの距離では」
「そう、ですか。なんか、あっさりですね……」
「私としては敢えて離れた場所に祠を設置する理由が分かりません」
ですよね。
「まぁ無事に終わったのならよかったです」
「はい。これは貴方の協力があってこその結果です。心から、感謝いたします」
「俺はなにも」
「――そうでもありませんよ。実際、救世主様を説得し御連れできたのは貴方の功績が大きいかと」
――気付かなかった。というよりはいつの間にか、立っていた。
「おや、驚かせてしまいましたか?」
最初から女騎士と一緒に入ってきたとは思えない。話す事に集中し過ぎていたのだろうか。
「預言者様っ」
そして女騎士も驚いて、振り向く。ただ少し対応は落ち着いたものだった。
よ、よげんしゃ……?
「緊急時以外では気配隠しの衣は使わないと約束をしたはずです、預言者様っ」
「ご心配なく。これは生来の、私の影の薄さから生じる自然現象ですから。気配隠しの衣は、使ってはおりません」
そんな自虐発言をニコニコ微笑みながらする人物は、同じ女性だというのに頭が女騎士の肩よりも下の低身長で、白のローブをフードは被らずに着ていた。
「あっ、ご紹介をいたします。こちらはメェイデン王国が、先祖代々お世話になっている預言者の血筋で現預言者の、フェッタ様です」
「お初にお目にかかります、異世界からのお客人。ちなみに趣味はカフェ巡りで、特技は生まれ持った影の薄さで気配を隠して歩くことです」
「ど、どうも初めまして……。水内、洋治です」
「おや礼儀正しい」
と言って、相手が優しく微笑む。
綺麗な人だな。
まさに大人の女性。美しさに可愛げがあり、どこまでも広がる草原の様な雰囲気に包まれている。
「ところで、預言者様は何故こちらに? 先ほどは部屋で待っていると」
「ええ、その予定だったのですが。異世界からのお客人に失礼かと、思いを改めて自ら。それに急ぎお渡しした方がよいかと、とも思い」
ふと、思い出す。
そういえば言葉が分かる。
「こちらを、指に」
自身の指に嵌めていた指輪を、前へ出ながら外して、相手が差し出してくる。そして流れで受け取った後、右手の人差しに――。
お、おぉ軟らかい。ゴムみたいだ。しかも、確りと入った。
――つけてから思った。女性の細い指に嵌っていた指輪が自分に合う訳がない、と。しかし輪は確りと指に固定されている。
「貴方は、人が好いのですね」
どういう意味だろう……。
「なにか変わったところは?」
「変わったところは――別にないですね」
「ならば結構です。十分に、機能しております」
どういう……。
「では参りましょうか」
「え。どこに?」
「こちらで談笑するのも悪くはありませんが。差し支えなければ私の部屋にでも、と」
「なるほど。分かりました」
「では私が先を行きますので、洋治さまはアリエルのあとから」
はいと返す。すると、ではと向きを変えて先頭が歩き始め。それに付いて行く形で、三番目に牢を出る。と直ぐに見張りの女兵士が自分達一行に頭を下げ。
「預言者様いつの間にっ」
――あれ?
階段をあがって地下を出てから暫し通路を歩く。
――その間に見た建物内の様子は、正しくファンタジーだった。
壁は石造りで、天井は高く、床は光沢を帯びる。そして途中すれ違う人達は殆ど兵士の恰好をしていたが、時折ローブを着ている人やドレスを着ている人まで。
――ただ興味を持って見ていたのは、自分だけではない。
異世界の人達からすれば、異世界人はこっちだ。
「さ、着きましたよ。――貴方、すみませんが茶の用意をしてもらえませんか。整ったら、声を掛けてください」
立ち止まった先頭が扉の脇に立っていた女兵士に言う。
「はっ、急ぎ用意をいたします」
女兵士が小走りで去っていく。
今の人も、女の人だったな。
不思議な事に、こっちへ来てから会う人の殆どが女性なのだ。ただ男性らしき人をさっき見たので、全く居ないという訳でもない。
「では私達は中へ」
そして先頭に立つ預言者の手で、扉が静かに開けられる。
「殺風景ではありますが、どうぞ」
扉を開けた先は、殺風景というより余計な物がない。いい意味で、シンプルな部屋だった。
「洋治さまはこちらの席へ。アリエル、貴方はこちらへ」
ム、――ソファだ。しかも良さげな。
そして言われた通りに着席する。
「ふぅ。一息、と言ったところでしょうか。漸く、落ち着いて話しができますね。ところで、今は何時でしょうか?」
預言者がソファに体を沈めながら、疲れをこぼす。
「直に夜です。そして思いがけぬ事態でありながら、これほどまで順調に事が運んだのは、預言者様の手腕があってこそです」
「アリエル、相も変わらず、おべっかを言うのが上手ですねェ。まァ貴方の場合は本心で言ってるのでしょうけど」
「勿論、本心です」
首を傾げつつ、女騎士が答える。
なるほど。元から、そうだったのか。
「思いがけぬ事態って。何か、あったんですか?」
「ええ、ちょっと異世界から突然の来客が」
それって俺の事では。
「すみません……」
「おっと気を悪くなさらぬよう。どちらかといえば、貴方は被害者の立場でしょうから」
ム。
「何故、それを?」
「大体の流れは石を通し聞いておりました。しかしまさか異世界へ行った日に戻ってくるとは予想だにもしませんでしたよ。おかげで、儀式の支度に走り回らなければならなく」
「――石?」
「ええ。アリエルには異世界を訪問するにあたり、幾つか特別な石を渡したのです。一つは、救世主様を判別する為の物です。他にも、周囲の音を私の水晶玉に送る石などが。ですので、洋治さまがこちらへ連れてこられた経緯は、大まかに把握はしております」
「預言者様。そのような話は私、一切聞かされておりません」
「私も、言った覚えはありませんよ」
「よ預言者様……」
「かえって言わない方がよい事もあるのです。――安心なさい。貴方を信用していなければ、そもそも救世主様を御連れするという大役を任せてはおりませんよ」
喜びをあからさまに顔で表現する女騎士。
そして、それを慣れた感じで眺める預言者。
「して、洋治さま。夕食の前に明確にしなければならない問題が、ございます」
「――なんですか?」
「おほん。では――貴方はあのその斬られたい、ですか?」
「え。ええっ、えええッ」
女騎士が、声を上げて驚く。
いや、それ俺の役目だからっ。