第10話〔気を取り直して行きましょう〕③
【補足】
通常よりも少し長いお話となっております。
予め、ご了承ください。m(_ _)m
「どうだ、あれから。うまくやっておるのか?」
最も広い湯船につかり、借りたアヒルを近場でプカプカさせていた自分の隣に、巨漢が大きく波を立てて座り、聞いてくる。
ム。
そして、その波にさらわれた水鳥の行く先を確認したのち。
「あれからというのは?」
「――其方等は今や正式に婚約しておる。以前と比べて何か進展しておらんのか?」
何を以て進展とするかは謎だが。
「まぁ、ぼちぼちとです」
「なんだそれは、具体性に欠けるの」
「……――ええと、何についてのお話をすれば……?」
「ふむ。孫はいつ頃に産まれるのだ?」
「……――産まれるもなにも、まだ出来てさえいないんですけど……」
「なにを恥ずかしがっておる」
え、なにが。
――でプカプカと沈黙の間に目の前をアヒルが通り過ぎる。
「……まさかとは思うが婿よ。其方等の営みはうまくいっておらんのか?」
ああ、なるほど。
「――すみません。そういう事はまだ、なにも」
「ぬ。どういう意味だ……?」
「言葉そのまま、現時点で営みと呼べる行為はなにもしていません」
「なにッ? ……――婿よ、よもや男色ではあるまいな?」
「ないです」
「では何故だ?」
「何故って……。まだ婚約関係であって、夫婦になった訳では」
「ふむ……。相も変わらず実直だの。しかしいずれ、そうなる関係であれば早い遅いは関係なかろう?」
ム。――うーん。
「まあよい。して其方は、そもそも経験はあるのか?」
「ない、ですね」
「ふむ。では知識は?」
「なんとなくなら……」
というか、何故こんな話に。
「むう、なんとも頼り無いの」
「……すみません」
と言いつつ、謝った自分に何故と思う。――そして。
「うむ。よいことを思いついた」
不安でしかない。
「其方にワシの手引書を貸してやろうではないか」
「手引書……?」
「うむ。まこと良き本である」
「本当にですか……」
「案ずるな。其方の誠実性を害するような代物ではない」
「……――だとしても、それを見てなんの意味が……?」
「なぁにを言っておる。如何なる時も女子を導くのが男子たる者の務めであろう」
ふム。
「それにだ。知らぬ事を知っておいて損はあるまい」
「それはまぁ……――」
そうか――。
「――なら今度、時間がある時に、お借りします」
「うむ、待っておるぞ」
――結婚するって事は、そこから。
***
「結婚したからって、それが決着じゃないからね」
湯の中で腕組みをする少女が、同じ湯船に浸かる女騎士に向けて言い放つ。
「きゅ救世主様……?」
突然の宣告で、困惑する女騎士は通称を用いて聞き返す。
「――おや、唐突な発言ですね」
「べつに、突然ってワケじゃないわよ。前々から、言おうとは思ってたし」
「なるほど、よい機会という訳ですね」
「そ。アンタたちも、騎士さまに言いたいコトがあるなら、言っときなさいよ」
と浴槽に円を描いて座る仲間内に、少女は告げる。
「救世主様、何を……?」
「なにって。せっかくだから、わたしたちの関係をハッキリさせましょ、って話よ」
「それは、その――どういう意味でしょう……?」
「要はアンタと水内さんの仲を認めたうえで、それぞれの考えをバクロするの。正々堂々と戦うためにね」
「――仲を、お認めになるのですか?」
「ま、ね。そればっかりは仕方ないわ。一番をゆずるなんて、正直しゃくにさわるけど。でもよくよく考えたら、愛に順番なんてないもの。二人が結婚したって、わたしは納得するまで付きまとうつもりよ」
「それは次妻狙いというコトでしょうか?」
「なわけないでしょ。一夫多妻制なのは分かってるけど。二番目なんて、わたしの気位が許さないわ」
「では夫婦とならずに関係を持ちたいと」
「それも違う。ま、向こうが望んでくれるなら歓迎だけどね。――少なくとも、相手の幸せくらいは考えて行動するわ」
「ふふ、なるほど。抱く恋心を寄せるだけとは、なかなかにいじらしい乙女です」
「ちょ。そういうのヤメテ。――ていうかアンタこそ、どうなのよ? 前は何気って言ったけど、今はもうがっつりなんじゃないの」
「おやおや。私のような年増に近づきつつある者の恋路に興味がおありですか?」
「他人の恋愛に興味はないけど。同じ男となると話は、べつよ」
「なるほど。しかし救世主様ほどの年頃に敵視されるとは、私もまだまだ捨てたものではありませんねェ」
「……――人一倍大層な体して、よく言うわよ」
と言って少女が、身の丈の同じ相手の身体を、やや不機嫌な表情をして湯の上に出した指で差す。
「おやそうでしょうか? 常日頃ローブを着ているので、あまり言われたことはないのですが」
「かえって、いやらしいわよ」
「ほほほ。――しかしご安心ください。私は皆と張り合う積もりなどはございません。己の為、将来性のある殿方に愛想よくしているだけですので」
「ようはウマイ汁を吸おうってわけね。やっぱ、いやらしいわね」
「いえいえ、私なりの愛はちゃんと持っておりますよ」
そう表情をなごませて言う相手をジト目で見る少女。次いで、間が空いたことを確認し女騎士が口を開く。
「あ、あの……――先ほどから二人は、何の話をしているのでしょう……?」
「なにって。聞いてて、分かんないの?」
「えっと、その、なんとなく分かる気は……するのですが。いま一つ具体的ではないと言いますか、その……――」
すると何食わぬ顔で預言者が。
「端的に言うなら、この場に居る者達は皆、洋治さまにぞっこんラブなのです」
「ぞっぞっこん……らぶ?」
「……――要するに全員、水内さんが好きってコトよ。惚れるって意味でね」
「ちなみに好ましいという意味でなら、私は愛すら感じておりますよ」
と茶化す様に預言者は言う。
「そ、そそっそ、それはいったい、どういうっ――そもそもヨウは、私のっ」
「言わなくても分かってるわよ、そんなこと。だから邪魔はしないって言ってるでしょ。その代わり、独り占めはさせないわよ」
「でっですが、それは……――そもそも全員というのは……?」
「全員は全員よ。――そうでしょ? ダメ騎士」
「――え? あ、ハイ。ジブンもヨウジどののことは好きです」
あっけらかんと短髪の騎士が答える。と向かいの騎士は驚きで声をもらす。
「アンタ、ほんと変に根性あるわね……」
「なにがですか?」
「……いいから。続きは? アンタは水内さんと、どうなりたいわけ」
「特に希望はありません。今と同じで、何かのお役に立てればと」
「――ほう、それもなかなかにいじらしい乙女で」
「でもそういうヤツにかぎって、ちゃっかり狙ってたりするのよね」
「え。いやは、はは……――……というより、ジブンがどうこうしたところでヨウジどのはそういう感じにはならないと思います」
「どういう意味よ?」
「ええっと、ヨウジどのって変わってるというか、ワタシの想っていた男とは違う気がするんです。だから頑張ったところで気づいてもらえないのではと」
「……アンタ、意外に分かってるわね」
そして少女が女騎士を見る。
「――何でしょう……?」
「実際どうなの。水内さんと、どこまで進んでるのよ。手くらいは握ってるんでしょ?」
「そ、それは――……手というか、腕を組んで歩く事なら、よく」
「……――聞いといてなんだけど、イラッとしたわ」
「きゅ救世主様っ」
「ま。その様子だと、先はなさそうね」
「――おやアリエル、貴方まだ洋治さまに抱かれていなかったのですか?」
「だっ抱かッッ?」
とうろたえる女騎士を見て、各自納得をする。
「さすれば早い話、見に行くとしましょう」
「何をでしょう……?」
「洋治さまの肉体美が、どれほどのモノかをです」
そして引き続きうろたえる女騎士――を尻目に少女が。
「なんで、そうなるのよ……」
「おや興味ありませんか?」
「そりゃあるけど……――脈絡なかったわよ?」
「はい。言い出す切っ掛けを探ってはいたのですが、このままでは時を逃がすおそれがあると思い、強攻をいたしました」
「そ。なら、さっさと行きましょ」
「御意に」
答え、湯から上がる預言者を見て――。
「えっ。お、お待ちくださいっ――よ預言者様っ」
――急ぎ、女騎士が後を追う。次いで、短髪の騎士が。そして――。
「アンタも来るでしょ?」
――浴槽を出てから振り返って少女が、ふてく気味に湯船で浮いていた、もう一人の少女に問う。その答えは直ぐに、手振りで返ってくる。
男湯の入り口に立ちはだかる相手に少女が言い放つ。
「退きなさい」
「それは出来ません。救世主様といえどもです」
「アンタはいずれ見れるんだから、少しくらい分けなさいよ」
「見――見れるとか、見れないとかではなく、よくない事ですっ」
「あーもう、じれったいわね」
言って、少女が女騎士の胴回りを両方の手でわし掴む。
「へ? ひゃッ、お、おや、おやめくだ――そッそれはっっ」
「ちょっとダメ騎士、アンタは騎士さまのこと押しなさいよ」
「え、ワタシがですか……」
「いいから、早くしなさいっ」
「はいッ」
そして短髪の騎士が即座に参加する。
「――ひゃッ? ど、どこを触ってっっ」
「おお柔らかい……」
「ちょっとマジメにやりなさいよっ」
と咎める少女を後ろから見ていた預言者が、進展しない状況を察して。
「仕方がありません。――エリアル、軽くホリーの背中を押してあげなさい」
「分かった」
*
バタンと扉を閉め、出入り口脇の個室トイレに入った巨漢を余所にして鏡の前で髪を掻き上げる。
そろそろ髪を切らなければ――ム。
ふと、下だけ履いて、鏡を見ている自分が恥ずかしくなり。手を下ろそうと――。
「どわあああああああッ」
――した途端、襖と共に勢いよく、知った顔が脱衣所に飛び込んでくる。
え……。
何が起きたのか分からず、動きを止めて、状況を追う。
「おや、やや出遅れましたか。しかし、これはこれで……」
床に倒れている三人の後ろで、若干染まった頬に手を添えて預言者が言う。隣には、魔導少女が。
「……――ええと」
次に仰向けで倒れている女騎士と、短髪の騎士の顔面を床に押し付けている少女が、顔や耳を赤くして自分をじっと見詰める。
ム?
自然と自分も、二人が見る先に――。
――キャー。
と思った矢先、水の流れる音がした後――自重しない巨漢が扉を開けて出てくる。
「ぬ。なにをやっておるのだ? 其方等」
そう言って近づく巨漢から、大半が逃げる様に動く。
ちょっ。
しかし――。
「プハァー、苦しかった……――む、なんですかこれは?」
――逃げ遅れた一名が、顔を上げた際にあった目の前の自重しないモノを見て、言う。そして、あまつさえ手で掴み。
「おっおおっお、おうッ」
声に反応して――顔を更に上げる短髪の騎士――が、手を握り締めて凍り付く。
「おおおぉおおおおおおおおおおおおおおおうッ」
う、うわぁ……。
「――完全にジブン、終わりました」
脱衣所の隅で体育座りをしながら虚ろ目で短髪の騎士が告げる。
ムム。
「だ、大丈夫ですよ……」
なにが大丈夫なのかは分からないけど。
「……こうなってしまってはもう、ヨウジどの以外にワタシの貰い手は居ません」
何故、俺だけ省かれないのか理由を知りたい。
「――やっぱ、ちゃっかり狙ってるじゃない」
と言いつつ、やって来た少女が立ち止まる。
「ジブン、そういうつもりで言った訳では……」
「ま、いわ。今回はさすがにカワイソウだし、大目に見てあげる。――それより水内さん、女湯に行きましょ」
ム。
「どうしてですか?」
「いつも使ってるあっちしか、冷蔵庫ないのよ。さっき、いろいろ補充しておいたから、好きなの選んで」
なるほど。
「そういうコトなら、是非。――ホリーさん、気を取り直して行きましょう」
「はい……」
そして立ち上がる相手の後に付いて脱衣所を出て行く途中、隅っこで死んだように倒れている漢へ、合掌をしておく。
――さて、なにを飲もうかな。




