第9話〔気を取り直して行きましょう〕②
そして、ようやく三分の一を終えた頃に少女はやって来た。
「あれ、鈴木さん。――どうしたんですか?」
と聞く自分の所に、靴下を脱いで、相手が近寄ってくる。
「一人だと大変でしょ。手伝うわ。――なに、すればいい?」
ム。
「なら、ホリーさん達のほうを先に手伝ってあげてください」
「でも向こうは、もう終わりそうだったわよ?」
おお早い。さすがに人手が多いと差は出るな。
「――そしたら、お手数ですが適当な浴槽を洗ってもらえますか?」
「ん、任せて」
それから三十分ほどが経過して、殆どの甲冑を脱いだ汗まみれの騎士と何故かスッキリした感じの魔導少女が男湯にやって来た。
水でも被ったのだろうか……。
「ヨウジどの、ワタシ達も参加します」
モップを縦にして、先を肩に預ける短髪の騎士が言う。と、隣の魔導少女が徐に近場の蛇口へ。そして――。
「どわぁあぁあぁあぁあぁあぁあ、エッエリアル導師っ! それはもう、しないってッ」
――手を使って勢いを調整する放水を途中からモップで受け止め、騎士が抗議する。
ああ、なるほど。
「ちょっとアンタたちッ、遊ぶんだったら他所でやりなさいよっ」
「どわぁ! 熱湯は駄目ですエリアル導師っっ」
なるほど、魔法で手を。――なんという才能の使い方だ。
なんだかんだとあったものの、人の手が増えると早いもので女湯同様に男湯でも湯を張り始め。その間に、脱衣所で一先ず疲れた体の腰を座席に下ろす。
ふぅ。――なんとも汗臭い体になったものだな。
「ちょっとダメ騎士、物を運ぶの手伝いなさいよ」
ム。
「え、今直ぐにですか……?」
「そ。だから、さっさと行くわよ」
「せめて、もう少し休憩をしてから……」
ふム。
「――よければ手伝いますよ?」
「ん、水内さんはいいの。ていうか、今は一緒に行動するのは避けたいし」
何故に。と思う視界で、短髪の騎士が自身の体を嗅ぐ。で、気づく。
そうか……――。
「――すみません。臭いですか? 俺」
「え。どういうコト?」
「いや、あの――汗で、臭いのかなと……」
「え、ヨウジどの臭いんですか?」
「いや、臭いというかはカモと――どうして、近づいて来るんですか……?」
来る二人に向けて、言う。
「せっかくだし」
え、なにが。
「ジブン洗濯します。ので脱いでもらっても」
なんで今っ。
――ふぅ。
苦労の末、平和となった脱衣所で再び腰を下ろし。そして、近くの床でこちらに背を向け座っている魔導少女を見る。
「なにやってるんですか? 妹さん」
さっきから、ずっと一人で鞄を触りながら悩んでいるように思う。
「ヨウは、どっちがいい?」
と、した質問に対する答えなのか、相手が振り返り両手の平の上に一つずつ持った黄色と赤色のアヒルを自分に見せる。
ム。
「赤とかあるんですね。――お風呂で使うんですか?」
「そう。戦うと楽しい」
どういうルールなんだろう。
「――普段から、ジャグネスさんと?」
「うん。でも弱い。――ヨウは強い?」
「したコトないですね」
「そっか。なら隊長を使ってもいいよ」
隊長……――ん? まて。
「妹さん、もしかして一緒の風呂に入るつもりですか……?」
そう聞く自分に、相手がこくりと頷く。
「……――すみません。折角なんですが、妹さんは強制的に女湯かと」
言われ、相手が衝撃を受けたようにして残念そうな顔をする。
まぁ場所などを改め、いずれ。
そうして日没後、入浴する準備を整えて集った異世界銭湯の入り口前で。
「じゃ、またあとでね」
と小さく手を振って女湯に入る少女の後を他の女性陣が、自分に一声をかけて、続く。
「のちほどです」
「はい、のちほどです」
そう言って、控えめに手を振る女騎士に手を振り返す。と相手は嬉しそうに微笑み、中に入って行く。――次いで魔導少女が歩み寄って来て、赤のアヒルを自分に差し出す。
ム。
「……――貸してくれるんですか?」
で答えがこくりと返ってくる。
「なら、ありがたく」
一人よりはと思いつつ、アヒルを受け取り。納得したのか、女湯に向かう少女を見送る。
――さて、自分も入るか。
脱衣所に入ろうと二枚目の襖を開けた、と同時に――。
「遅いっ」
――何故か居た、真っ裸で腰を下ろし脚を組む、巨漢から不満が飛んでくる。
「……なんで、居るんですか?」
「うむ、ちょいと湯の匂いがしたのでな」
ふム。と襖を閉め、中に入る。
「まあ今のは冗談だ。先刻、エリアルがワシのところへ来て、其方が一人でかわいそうだからと、お願いをされての。聞き入れぬ訳にはいくまいと出向いたのだ」
なるほど。
「――けど、なんで裸で……?」
「なにを言っておる、服を着たまま風呂に入るのか? 其方は」
そういう事を聞きたかった訳ではないのだが。
「まあよい。それより其方も早う脱げ、脱がねば始まらん」
と言って、相手が立ち上がる。
それはそうなのだが。できれば少し自重していただきたい。
さてと洗い場に座った後、ふとありきたりな事を聞いてみる。
「背中、流しましょうか?」
「其方がか?」
他に誰も居ないのだが。
「そうだの。さすれば……――おっ、アレで洗ってくれんか」
と相手が顔で示す先に。
「……モップで?」
「アレぐらいでないと、其方の細腕では応えそうにないからの」
なるほど――。
「――いいんですか、掃除用具ですよ?」
「問題はあるまい」
まあそれなら。
「お、おおっ、おおうッやるではないか婿よ! 次はもうちょい右だっ」
だから婿と決まった訳では。と腰にタオルを巻いた状態で、巨漢の指示通りに背をモップで擦る。
凄いな、コンクリートを洗っているような感触だ。
「――しかしだ。このような風呂が在ったとは知らなんだ」
え。
「王様なのにですか……?」
「うむ、初見である。知っておればいの一番に浸かっておる」
「……そうですか」
「フェッタめ、なに故に教えてくれなんだのだ?」
「けど、預言者様が知ってたかどうかは……」
「こんな大層なモノをつくるのは彼奴しかおるまい」
否定できない。
「して婿よ、あの風呂はなんだ?」
ム。
で背中を洗い終え、質問をされた物の形状と雰囲気からそれが電気風呂的なものである事を説明したのち、巨漢が物は試しと中に入る。
「ほうッこれはピリピリしよる! しかしなんとも言えん心地よさだっ」
「それはよかったです。なら、自分は向こうで体を洗ってますね」
「いや待て、婿よ」
ム。
「どうかしましたか?」
「徐々に体が痺れて動きづらくなってきたぞィ? 大丈夫か、これ」
――電気風呂あるある。




