第7話〔一体なんだと思っているんだろうか〕③
洗い終わった物を干す村娘姿の短髪の騎士を後ろからぼけっと見ていた自分の首筋が、突然なんともいえないザラついた感触でヌメりと撫でられて思わず背筋が伸びる。
だあああっっ。
と振り返って見る先に、一頭の馬が。
ム……?
「――ヨウジどの、どうかしたのですか?」
そして次いで、気付かないうちに来ていた相手に若干驚きつつ、振り返る。
「ええと、その……う――馬が……?」
「はい、父の仕事で使っている馬です」
「な、なるほど。ちなみにホリーさんのお父さんは、なんの仕事を?」
「荷馬車の御者です」
「ということは、今日は休みですか?」
「いえこの馬が休養中なだけで、父は仕事です」
「そうですか」
にしても――。
「――馬って、大きいですね」
「ワタシとしては見慣れているので、そうは思いませんが。――あ、たしかヨウジどのは馬に乗ったコトがないのですよね?」
「ないですね」
というか、馬を飛び越してペガサスに乗ってしまった。
「乗ってみますか……?」
ム。
「いや、この腕では教えてもらっても実行ができないので」
「乗るだけなら大丈夫ですよ。ジブンが先に乗って、引き上げますし」
と言って、馬に近付く相手の服を見て。
「けどホリーさん、スカートですよ?」
「あ、はい。でも丈が長いので大丈夫です」
ふム。
「今更ですけど、ホリーさんが着なさそうな服装ですよね。似合ってはいますけど」
「これは母の趣味です。家に居る時は女の子らしい服を着ろ、と」
話しながら、短い髪の村娘が軽々と馬に乗る。
「それもあって、隊舎に入りました」
「つまり、ホリーさんはそういう服を着るのが嫌なんですか?」
「イヤではないのですが……――ジブン地味なので、こういう恰好はちょっと……」
なんか聞いたことある台詞だな。
「――俺はいいと思いますよ。だって、ホリーさんは女の子なんですから。着たい服を着ればいいと」
言った自分に、相手がやや顔をしかめたのち真顔になって。
「……ヨウジどのは危険ですね」
いや、なにが。
「どういう意味ですか……?」
聞くと、相手は馬の上で正面を見据えながら。
「それなのに心地よく感じます。――できることなら、ずっと、そばにいたいです」
ム。
「――……あっ。いっいまのは、いまのは無しですっ。いまのはそういうのではっ」
馬上で手をバタバタとさせ、何故か村娘が慌てる。
「……よく分かりませんけど。きっと、それもホリーさんが決めればいいと思いますよ。で、俺はこのあと――どうすれば?」
「え? あ、ええっと。それなら腕を」
と言われて、固定されていない自由な右腕を相手に差し出す。すると手首をがしっと掴まれ――痛みと共に体が若干浮き上がる。
「イタタタタっ――ホ、ホリーさんっ?」
「え、まだそんなに力は入れてませんよ……?」
「いや十分に痛いですっ。というか一度放してくださいっ」
そう言いつつ、もがいていた手が放した相手の手を意図せず掴み。
「どわッ」
結果、引っ張った事で落馬しそうになった相手を片手で支えて踏ん張る状況となった。
ち、近い。
間近の顔を見て、思う。
「……ホリーさん、なんとか立て直せませんか……?」
「ええっと……その、いがいとムリな体勢で……」
そうなのか? というか、なんか寄りかかってきてる気が。
「あ、あの……なんとかなりませんか……? このままだと怪我を」
「ハ、ハイ、分かってますっ。こ、これは事故ですっ」
いや、なんのっ。
と思うそばから徐々に、相手の顔が近づいてくる。
マズい。この状況で手を離すと相手が顔から落ちてしまう。かといって、他の事で動く余裕もない。――ム、ムム……マ、マズい。
「あら、変わったやり方ね。最近の流行り?」
同時に反応して声のした方向を向く。
「あらあらワタシのことは気にしないで。そらそらチュチュっと」
向いた先に居た婦人がニコニコと言う。
いや、なにが――というか助けて。
そして無事、地上に降りた娘と自分に母が。
「ソファで寝ていたお嬢さんが二人を呼んできてほしいって」
ム。
「――分かりました。直ぐに行きます」
と動き出した相手に付いて行こうとした矢先に、服の裾が引かれて、止まる。
「ホリーさん?」
そう、短い髪の村娘に引いた理由を問う。
「さっさっきは、その……――なんというか……」
目を泳がして言い難そうに相手が口ごもる。
「怪我――しなくて、よかったです。あのままだったら、ホリーさんまで怪我人になってかもしれないので」
「え。あ――はい……」
で何故か辛そうな顔をして。
「……ワタシいま、ジブンの性格が少しイヤになりました……」
ナゼに。
「……――イイと思いますよ?」
「何がですか?」
「自分の事を嫌いになるコトです」
「え。でも……」
「どんなに変えたくても、それを嫌にならなければ残ってしまいます。だから悪いコトではありません」
「……ワタシ、ジブンの性格を変えれるとは思えないのですが……」
「かもしれません。けど、イイじゃないですか。変わらないなら、其処も含めてホリーさんを好きになってくれる人と居れば」
「なんだか勝手な言い分のような……」
「ですね。だから鵜呑みにしないでくださいね」
「はい……。――ちなみにヨウジどのは、ワタシと居て……不快では?」
ム。
「そんなの思ったこともないですよ。もし思ったら、直ぐに言います」
「お願いします。ジブン、ヨウジどのには嫌われたくないので」
「分かりました。その代わり逆の時は、お願いしますね」
「ないと思います、そんな時は」
イヤなんで。
――結局なんだかんだと時間は過ぎて帰り際、家の前で婦人に教えてもらったあやとりらしき遊びに苦戦する魔導少女と、その横で助言する短髪の騎士、二人に聞こえない声量で相手が。
「今日は本当に、ありがとう」
どうして小声で話すのかと思いつつも、合わせて声を落とし。
「こちらこそ、いろいろとありがとうございました」
「お礼なんて結構よ。今後も、娘のことをよろしくお願いしますね」
「はい。けど、ホリーさんは確りとしていますから、自分が何かしなくても大丈夫だと思います」
「あら。でも気遣いな子だから、家だと騎士の事は何も教えてくれないし。だからかしらアナタのお話を聞けて、なんだか嬉しかったわ」
「それはよかったです」
親の前で張り切りたい本人の気持ちに、少しでも応えられただろうか。と思っていると、その本人が魔導少女と一緒に来て。
「ヨウジどの、まだ行かなくていいのですか?」
「そうですね。そろそろ行きましょうか。――では、ありがとうございました」
「またいつでも遊びに来てくださいね。――エリアルちゃんも」
「うん。また来る」
――さて、行くか。
そして、城へと向かう道の途中に。
「妹さん、今夜は寝れそうですか?」
と隣を歩く、やや残った寝癖の上から帽子を被る、相手に聞く。
「無理。だから遊ぼ」
「それはいいですけど。普通に寝ると思いますよ?」
「なら、ヨウの部屋で遊ぶ」
「俺が寝たあと、どうするんですか……?」
「一緒に寝る」
「それはさすがに……」
「え、それならジブンも遊びに行っていいですか?」
「……――泊まるなら、ジャグネスさんに許可をもらってくださいね」
「死にたくないので止めときます」
一体なんだと思っているんだろうか。




