第6話〔一体なんだと思っているんだろうか〕②
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食事が終わり、お礼も兼ねて片付けを手伝う自分に短髪の騎士が――。
「ヨウジどのはいったいぜんたい何者ですか?」
――と質問をしてくる。
「……懐かしいですね、それ」
「え、なにがですか?」
「いえ、気にしないでください。――ええと、食器はこの辺に置けば?」
「あ、はい」
そして、やや気の抜けた返事をした相手が最初の皿を洗い始める。
「ちなみに、さっきした質問の意味は?」
「え? あ――ええっと、なんていうか、ヨウジどのには弱点がないのですか?」
「……どういう意味で?」
「人としての弱点です」
「また変わった質問ですね……。まぁ沢山あると思いますよ」
「え。……どのへんに?」
「むしろ欠点が無い人なんて居ませんよ。というか、何故そんな質問を?」
「食事中、ヨウジどのと話をする母が楽しそうだったので」
と先ほど用意があると言って家の外に出た母親を想う様に、短髪の騎士が言う。
「それはきっと、ホリーさんが居たからですよ」
「でもジブン、結構この家には帰ってますよ?」
「なるほど。――そういえば、どうして隊舎に? 頻繁に行き来をしているんだったら、距離的に実家で暮らすほうが」
「え、ええっと……それはなんというか、変に気をつかわせてしまうと悪いので……」
「変に……――そういえば、ホリーさんてお母さんと話す時、少し余所余所しいですね」
「……――かもしれません。でもそれは向こうも」
「あら誰かの噂話?」
思わず同時に体がビクッとなる。
「お、お母さん――……いつの間に?」
普通にビビった。
「あら、お話しはもうおしまい?」
ニコニコと笑い、気が付けば後ろに居た、婦人が聞いてくる。
なんだろう。どこぞの預言者様と同じニオイが。
「おしまいならホリー、アナタお皿よりも着ている鎧を洗いなさい」
「え、……どうして?」
「どうしてってアナタ、ジブンで見て、分からないの?」
と言われて短髪の騎士が、慣れ親しむ薄汚れた、自身の鎧に目を遣る。
「裏の洗い場に用意はしてきたから。――ほら脱いで」
言って、洗い物をしている騎士の鎧に手を掛ける母の力で娘の素肌が見え隠れする。
ムム。
咄嗟に目を背けようと。
「お、お母さんっ、やっ止め――鎧はそんなふうには脱げっ――あああヤめッ取、取れるぅうううっっ」
え、なにが。
昼食を終えて、本来なら帰る筈の時間にのんびりと眺める草原の庭。
――先刻にした通信で、午後からの予定が特に決まっていないという事を受け、帰りを急く理由はなくなったものの、気掛かりが――。
うーん。
――それは何故か楽しそうだった声の調子に手掛かりが。
「お、お待たせしました……」
ム。
と声のした方に振り向く。すると、恥ずかしそうに鎧一式を持った村娘の様な服を着る短い髪の騎士が居た。
おお。
「……――恥ずかしいので、さして見ないでください……」
「そうですか? 似合ってると思いますけど」
言うと、何故か相手が急に辺りをキョロキョロと見渡す。
「どうかしたんですか……?」
「い、いえ……――ジャグネス騎士団長に聞かれたら命の保証が無いので、確認を」
どういう怯え方だ。
「……――ところで、妹さんは?」
「え? あ、エリアル導師なら、まだソファで寝てましたよ」
これは今夜も朝までコースだな。
「――ええと。さっそく、洗いますか?」
「あ、はい。そうします」
言って、日よけの下に置かれた金盥などの用具がある場所へ向かう相手に付いて行く。
「ええっとそしたら、いつもと同じに洗いますけど……?」
タライの前にしゃがんだ後、こっちを見て、相手が言う。
「はい、お願いします」
と鎧を洗うところを見る事にワクワクしながら、答える。
「ヨウジどのはどうして、誰とでも仲良くできるのですか?」
不意に、胸甲部をゴシゴシと洗いながら、相手が聞いてくる。
「唐突ですね……――自分では、特に実感ないですよ。普通に接しています」
「普通に……」
ム――。
「――どうかしたんですか?」
「どうというのは?」
「……なんだか、様子が変なので」
「そんなことはないですよ?」
「なら、いいんですけど」
そして、やや間が空き。
「実は……――」
やっぱり何かあるのか。
「――ジブン、今の仕事に向いてないかもと」
ム。
「それは騎士の仕事がってコトですよね?」
と聞く自分に、相手がハイと頷く。
「……――ホリーさんは、どうして騎士に?」
「魔導団の試験に落ちたからです」
そういう事を聞きたかった訳ではないのだが。
「……落ちた後、騎士になろうと思った理由は?」
「試験会場が隣で、出願にも間に合ったので」
「そんな理由で、危険な騎士の仕事を……?」
「ジブンの目的は隊舎に入ることだったので、そこまでは考えてませんでした」
な、なるほど。
「――そういえば、さっきの話、途中で終わってましたね。――続きは?」
「何の話ですか?」
「……――ホリーさんが、お母さんに余所余所しいって話です。――何故?」
「よそよそしいというか育ての親なので、それでも仲は良い方ですよ。なので変に気はつかわせたくないというか」
さらっと重要なコトを言ってますけど。
「……――ホリーさんは、今のご両親の事、苦手なんですか?」
「いえ大好きです。本当に優しくて、いい両親なので。それに、生みの親の事は欠片も覚えていません」
「なら何故、避けるような行動を?」
と聞く自分に、濡れた手をスカートで拭きながら立ち上がる相手が顔を向け。
「嫌われるのが怖いんです」
ム。
「――そんな仲には、見えませんでしたけど……?」
「両親に、という意味ではなくて。誰かに、嫌われるのが怖いです」
「……――それは、いつ頃から?」
「子供の頃からです」
「なにか、理由が?」
「……ヨウジどのは女神の加護の事はもう知っていますよね?」
「はい、大体は」
「それなら加護で生き返らない人の事は?」
「以前に不死ではないという話は聞きましたが、詳しくは知りません。――それとホリーさんの悩みに、何か関係が?」
「ジブンは蘇生する条件を全部知っている訳ではありませんが、加護で生き返るかは必ず本人の遺志に依存します」
「生き返るかどうかを聞かれるってコトですか?」
「い、いえ。選ぶというよりかは魂がそれを望むか、らしいです。実際は気付くと蘇生しているので実感とかはないです。なので、ジブンもよく分かりません……」
「なるほど。けど、その話とホリーさんになんの関係が?」
「はい。ワタシが親と死別したのは一歳の頃で、住んでいた村がトロールに襲われて壊滅しました――」
またさらっと。
「――それでジブンも含め、村に住んでいた人は皆、死にました」
ムム。
「ただその辺の話は記憶に残ってません。後々になって聞かされました。――ワタシが覚えているのは、独りで壊れた村の中を歩いている時の光景だけです」
「ひとりで? 他の人は」
「生き返ったのはワタシだけです。――聞いた話だと、何にもない村だったそうで。村人にとっては蘇生するほどの場所ではなかったのかもしれません」
……――そうか。
「だから時々怖くなります。今のジブンが何処で生きて要るのかが、いっそ近くに居なければ失敗して嫌われる事も……」
ふム。
「それは自分で決めるしかありません。自分以外の誰かが決めることではないですから」
「ぁ、はい」
「けど、ホリーさんが居なくなったりしたら俺は困るので、出来れば騎士も辞めてほしくはないですね。どう選択するかは自由ですけど」
「――ヨウジどの……――……ワ、ワタシ――あっ」
と突然、相手が足元のタライに触れて――。
「洗濯しながら選択する、ワタシ」
――得意げな顔で、こっちを見て、言う。
「……――微妙です」
「ガガーン」
せめて横にあるタワシも持って言ってほしかった。




