第5話〔一体なんだと思っているんだろうか〕①
橋に打ち付ける木の板がズレないように、膝と片方の手で、押さえる傍ら短髪の騎士が槌を振るう。
そして街から外れたのどかな住宅地で繰り返される衝撃音――が止まる。
「ふぅ。きっとこんな感じで大丈夫です」
と言って、見事な仕上がりになった過去の穴を相方の騎士がしっかりと確認する。
おお。
「凄いですね。穴が空いていたとは思えませんよ」
「いやぁ――」
頭部を掻いて照れる相手、が。
「――ぁれ?」
不思議そうに小首を傾げる。
ム。
「どうかしましたか?」
「いまワタシのこと、褒めたのですか……?」
「はい。褒めました」
「どうして……?」
「……なにがですか」
「い、いえっ、ナニもっ」
なんだろうか。そう思った直後――。
「ホリー……?」
――橋を渡っていた見知らぬ婦人が、近寄ってきて、言う。そして、反応した短髪の騎士が来た相手に顔を向けて。
「あれ、お母さん」
なぬ。
「あら、やっぱり」
「――こんなところで何を?」
釘を打つ為にしていた膝立ちから立ち上がって短髪の騎士が、相手に問う。
「アナタこそ何を?」
「ワタシは任務で、この橋を直していました。お母さんは?」
「ワタシは井戸の水を汲みに」
言って婦人が手に持っていたバケツを見せる。
「え。それなら帰ってからワタシが」
「ええ本当はそのつもりだったのだけど、夕食に使う分が足りなくて」
「でも無理はしないほうが。――なんなら、ワタシが汲んできます」
「でもアナタお勤め中でしょう?」
「それは……」
ふム。
「――井戸って、遠いんですか?」
同じく立ち上がり、騎士の方を見て、聞く。
「え? あ。えっと、ここからなら直ぐです」
「あら。こちらの方は?」
と婦人がこっちを見る。
「初めまして。水内、洋治です」
「あらまあ、ご丁寧に。――ワタシは、ホリーの母です」
そして相手に合わせて軽く頭を下げ、会釈する。
「……お母さん、その場合は名を……」
「あら御免なさい。名前はアデラ・ホックと申します。――それで娘とはどのような?」
「ええと。日頃一緒に仕事をしています」
「あら、そう……――あらアナタもしかして、この頃ホリーの話によく出てくるヨウジど
のさん?」
「……ええと――」
「お母さん、その場合“さん”は要らないです……」
「あら御免なさい」
「――話のコトは知りませんが、たぶん、そうです」
「あらまあ、アナタが」
で何故か、相手がまじまじと自分を観る。――そして。
「娘のことをよろしくお願いしますね」
ム?
「おっ、お母さんっ?」
と急にうろたえる娘のそばで、母がニコニコと笑う。
「――ええと、寧ろホリーさんには普段からいろいろとお世話になっています」
「あら。もうそんなに?」
ム?
「お母さんっ」
そう言って娘が母の前に立ち塞がり、会話が始まる。
「あの、井戸の水は?」
母娘の話になんとなく頃合いを見、割り入って、聞く。
「――あら。そうだったわ」
「よければ、お手伝いしますよ」
「え。でもヨウジどの、ジブン達には……」
「大丈夫ですよ。午前中の仕事は今、終わりましたし。少しくらい寄り道したって問題はありません」
――最悪、時間が掛かりそうなら早めに連絡をすれば。
「あら本当に優しいのねぇ」
ム。
「お母さん……――分かりました。ヨウジどの、恩に着ます」
と相手が改まった感じに言う。
「恩て程の事では……」
「いえ助かります。――そしたら、エリアル導師の様子を見てきますね」
そう言い残し短髪の騎士が、橋のたもと付近で体を預けて眠っている、魔導少女のもとへ向かう。
「あらあら張り切って」
去る娘の背を見ながら、母が言う。
ふム。
そして、井戸で汲んだ水の入ったバケツを片手に持ち、騎士の母に誘導されるように異世界な住宅街をてくてくと歩く。
「ヨウジどの、怪我に響くようなら言ってください。ジブンが持ちます」
と言う相手は既にバケツを持っている上、背で少女を担いでいた。
「……――ホリーさんこそ、大丈夫ですか?」
「はい。これでも、いちおうは騎士なので」
「――やっぱり日頃、鍛錬とかをするんですか?」
「もちろんします。ただ転属してからは専ら実家、か隊舎で、個人的に」
「なるほど。――ん、というコトはホリーさんて隊舎で暮らしてるんですか?」
「はい。あれ、言いませんでしたっけ?」
「聞いたことないですね」
――そうか、隊舎か。
「それなのに毎日お勤めが終わると顔を見せに来るんですよ、この子」
困った様な顔を横にして見せ、前を歩く、婦人が言う。
「だってそれはワタシが居ないと直ぐに無理をするから」
「心配しなくても、無理なんかしませんよ」
「そんなことを言って、また腰を悪くしたら、どうするのですか……」
「ワタシにはあの人が居るからいいのです。――それよりも、アナタのほうこそ頑張らないと。誰が見ても、敵は多そうよ」
「お母さんっ」
で母と娘の会話が再び始まる。
――思っていたよりも若干の距離があった目的の家に到着し。
「これはどうすれば?」
持っているバケツの行き先について問う。
「ここからはワタシが」
と言う婦人に、物を渡す。
「本当に助かりました」
「いえ、礼を言われるほどの大したことはしていませんので」
「あらあら。――ところでアナタ達、お昼は?」
ム。
「これから帰って、食べます」
「あら、それなら食べていきませんか?」
「――お母さん、ジブン達は任務中です……」
「でも食事はするのよね?」
「それは……――けれどお昼は皆と」
「分かりました。折角の機会なので、お言葉に甘えたいと思います」
そう言う自分を見て――えっ、と驚く短髪の騎士。の母が――。
「あら。ならさっそく準備を」
――渡したバケツを持って家の中に入って行く。
「……いいのですか?」
「はい、折角なので。――ジャグネスさん達には、これから預言者様に連絡をして、伝言を頼みます。ので、ちょっと向こうで通信をしてきますね」
「あ、はい」
で、通信を終えて戻った自分に短髪の騎士が。
「どうかしたのですか? 首をかしげていますよ」
「……――それが……」
「ハイ?」
***
「という訳ですので本日の昼食は、もとい何時頃に戻るのかも不明です」
城の食堂前に居た二人に説明を終え、預言者が口を閉じる。
「親に会わせるなんて、ダメ騎士の癖にやるわね」
そう腕組みをして感心する少女、の傍らで。
「わ、私はっ、ヨウを信じておりますっ」
と女騎士が力んで言う。――そして少女が。
「だったら。その手に持った剣はしまいなさいよ……」
言われて自身の無意識な行動に気づいた女騎士が――あれ、と驚く。




