第3話〔うん 今日も平和だ〕③
*
「水内さんて、パン派なの?」
オムライスを品よく食べる少女が、食事の合間に聞いてくる。
「いえ。それもどっち派とかではなく、気分で決めます」
「ふーん。でも、いつも同じ物、食べてない?」
ム。
「まぁ向こうはお米がないので、そもそも選択肢が……――あ、だからオムライスなんですか?」
「そ。べつに、好きなわけじゃなくても、無性に食べたくなる時って、あるでしょ?」
「なるほど。それは、分かります」
そして急に食べたくもなってきた。
「――よかったら、少し食べる?」
ム。
「いいんですか?」
「ん、いいわよ。――はい」
と言って少女が、オムライスを乗せた、スプーンを自分に差し出す。
「……――ええと」
「食べないの?」
「じゃあ……」
相手に合わせ顔を前に出し、早々と頂いて元に戻る。
「ど、おいしい?」
「――はい。というか、なんか懐かしいです」
「もっと、手軽に向こうでも食べれればいいんだけどね」
「そうですね。――あ」
「ん、なに?」
「パックのごはんを買って帰ったら、どうですか?」
「あ。それ、いいかも。帰りにコンビニへ行きましょ」
「いいですね」
単純に、お土産にもなる。
――そうして食後に運ばれてきたアイスコーヒーから、箸を使い、氷を一つ取り。
「よければ、使いますか?」
「え、なんで……?」
湯気の立つ珈琲を前にして手を付ける気配すら見せていなかった相手が、きょとんとした顔で、聞き返してくる。
「鈴木さんて、ネコ舌ですよね?」
「え……――わたし、言ったことあったっけ……?」
「ないです。ただ以前珈琲を出した時に、もしかしたらと思ったので。必要がなければ、気にしないでください」
「……だから、わざわざアイスにしたの?」
ム。
「いえ、ただの気分です」
「そう……――」
と黙った相手が、静かにカップを前へ出す。
ム?
そして、様子を窺いながら持っていた氷をそっと出されたカップの中に沈める。
「――……ありがとう」
言い、見るからに頬を赤らめる相手を見て――そんなに暖房効いてるかな――と思う。
***
先に行った二人を追い、店の外へ出た魔導少女が後ろから来る青ざめた顔の相方に顔を向ける。
「エリアル導師……できれば、ゆっくりと……」
そう願う相手の首で揺れる記念の花飾りを食い入るように見る魔導少女、が――。
「今回は、やる」
――と言って、歩き出す。
「え? いや待ってくださいよ、エリアル導師っ」
*
喫茶店を出た後、次に入った大型の書店で雑誌を探す少女の傍ら何気なく棚の商品を眺めていると。
「パッとしないわね」
言って、少女が見ていた雑誌を閉じる。
「――どんなものを探してたんですか?」
「ま。暇がつぶせれば、なんでもいいんだけどね」
なるほど。
「次は、クレープでも食べに行きましょ」
「近くにあるんですか?」
「ん、あるわよ」
商店街って、何でもあるんだな。
「いい感じに座れる場所もあるから、休憩がてらね。さ、行きましょ」
そうして動き出そうとした少女がたまたま目の前を通り掛かった他の客とぶつかりそうになり、一歩下がった結果、背で後ろの棚を揺らす。と――。
ム。
――上の方に飾ってあった雑誌が。
***
本棚の陰に隠れ、小首を傾げて、壁のポスターを眺めていた二人の横を通り過ぎる女子高生達が――。
「いまのポスター壁ドンってやつじゃない?」
「だよね。あんなんイケメンにされたらマジやばばなんですけど」
「分かるー」
――と会話しながら遠ざかっていく、のを見ていた短髪の騎士の服が引っ張られる。
「エリアル導師?」
「あれ」
そう言って魔導少女が指で示す先と――。
「え。あれ――え? あれ、は……」
――貼り紙を二人は見比べる。
*
「さっきは、ありがとう……」
書店を出て、クレープ屋を目指す途中、何故か顔を逸らし気味に少女が言う。
「いえ。片腕でなければ、もう少しちゃんと対応できたんですけど」
「……十分、助かったわよ」
言う、相手の耳を見て――温度差かな――と思いつつ歩く。
――そして、クレープを片手にやって来た商店街のそばを流れる川沿いのベンチに腰を下ろす。
「にしても、最近の若い子って、ナニ言ってるか分かんないわね」
と若干愚痴る少女を見て、言い掛けた言葉をしまう。
「……――鈴木さんは、お友達と話す時、どんな話をするんですか?」
「友達? なにそれ、おいしいの?」
「いや、その……」
「ま、冗談。でも、友達なんて居ないわよ」
ム。
「ホリーさんは……?」
「ダメ騎士? あれは、ちょっとね」
本人が居たら、いつものを言ってそうだな。
「ま、それも冗談。悪くはないかもね。向こうが、どう思ってるかは知らないけど」
ふム。
「鈴木さんて、意外に律儀ですよね」
「そ? 水内さんのが、よっぽどでしょ」
「……そうですか?」
「だって、いまだに引きずってるでしょ? あの時のコト」
ム……。
「……それはまあ」
「気にしなくていいのよ、もう。ていうか、気にしないで」
「けど……」
と言う自分の前に、ベンチから立ち上がって、クレープを持った少女が立つ。
「水内さんは、自分が死んだ時の姿を、いつまでも好きな人に覚えていてほしい?」
ムム。
「普通はないコトだけど。死んだわたしより、生きてるわたしを見てほしい。だから気にしないで、忘れなくてもいいから、ちゃんと今を見て」
「……鈴木さん」
「て、自殺志願者だったわたしが言っても、説得力ないけどね」
「……――いま、結構いいこと言ってましたよ?」
「マジ?」
「まじです」
「で、騎士さまとはしたの?」
「なにをですか?」
「もちろん行為でしょ」
ム?
「――よく分かりませんが、特に変わったことはしてませんけど」
「……マジ?」
「まじです」
で何故か、相手が嬉しそうにクレープを持っていた手を握り締める。
あ。




