第2話〔うん 今日も平和だ〕②
*
「さ、着いたわよ」
と転移先のマンションから歩いて三十分程の場所にある商店街の正面入り口を前に、少女が言う。
ム。
「どう見ても、商店街ですよね……?」
実際、門にそう書いている。
「そ。あ、水内さんて、ここの商店街に来るのは、はじめて?」
「ここの、というかは基本的に利用しないです」
「いがいに便利よ?」
そういえば、以前に顔なじみとかって言ってたな。けど――。
「――今日はここで……?」
「そ、よ。ダメ?」
「いや……」
自分としてはデートではなく、ただ買い物に付き合う体で来たが。
「……鈴木さんに任せます。俺は、お供みたいなもんですから」
「ん、任せて。わたしが商店街の楽しみかたを教えてあげるから」
「分かりました」
まあ変に緊張しないで済むし、助かるといえば助かる。
「じゃ、行きましょ」
と言って歩き出す少女の後に、返事をしてから、付いて行く。
***
『そちらの様子は?』
やや型にはまった口調で、通信石の向こうから、預言者が問う。
「はっはいっ。ヨウジどの達が再び歩き出しましたっ」
そして慣れない事で固くなる短髪の騎士が直ぐに応答する。
『宜しい。引き続き、ホシを尾行してください』
「ホ、ホシ……?」
『異世界では後をつける相手のコトを、そう呼ぶのです』
「どうして預言者さまがそれを知っているのですか……」
『救世主様にお借りした異世界の書物で知りました』
「な、なるほど。ではこの服も……?」
『ええ、ブラックスーツという名の由緒正しき制服と相手に心を読ませない為に着用する七つ道具の一つ、サングラスです』
「凄いっ。しかも、他にまだ六つもあるのですか……?」
『いいえありません』
「へ?」
『他の道具は、お借りした書物の中には記載されておりませんでした。よって今回の調査は大方が地力です』
「……なるほど」
言って自身を納得させる短髪の騎士、の服が小さく二回引っ張られる。
「――エリアル導師?」
と見る相手が、隠れている建物の陰から商店街の奥を指差す。
「ヨウ、行った」
そしてハッっとなる短髪の騎士を置いて、魔導少女が先に行く。
「え。待っ待ってくださいよ、エリアル導師っ」
慌てて追いかけようとする短髪の騎士、に――。
『ところでホリー、貴方は異世界へ赴いたのは初めて、ですよね?』
――預言者が悠長な口振りで質問をする。
「はい。そうですが……?」
『意外と、平常心なのですね?』
「あー……――慣れ、でしょうか……」
『ほう?』
「ジブン、日頃から極端なお願いをされる事が多いので、何事も深くは考えないようにしています」
『それは……何とも、頼もしいコトで』
「いやぁ――」
『褒めてなどおりませんよ』
「――ガガーン」
*
「それも持ちますよ」
と先ほど八百屋で貰った野菜の入った袋を持って歩く少女に聞く。
「んー。さすがにちょっと、ムリじゃない……?」
そして既に結構な量をぶら下げている方の腕を見て、相手が言う。
ムム。
――現状、行く先々の店で歓迎され何かしら頂戴している。
「向こうにコインロッカーがあるから、そこで、いったん物を預けましょ」
ム。
「分かりました。――ところで、鈴木さん」
「ん、なに?」
「どうして皆、いろいろとくれるんですか……?」
「――さ、分かんない。でも、どこ行っても、こんな感じよ」
「そうなんですか」
見た目の所為だろうか。正直言って、かなり目立ってるし。
「お年寄りって、珍しいもの見ると直ぐに寄ってくるのよね。特に外人とか、子供とか」
偏見だと思う反面、本人が自身をどちらと思っているのかが気になるところだ。
「ま、そんなことより。そろそろお腹も空いてきたし、近くに喫茶店があるから、なにか食べに行きましょ」
「いいですね」
ついでに良い豆を売ってくれる店だったら、嬉しい。
***
いつしか尾行していた黒の制服を着る二人を囲む様にできた人だかりで。
「ぇ、ぇ」
行き場を失った短髪の騎士が、周りに集まってきた人の群がりに、やや怯えながら声を漏らす。
「こんなところに外人さんが来るなんてめずらしいねぇ」
「どない、困っとるんかいな?」
と徐々に迫ってくる周囲から後退る騎士の背が、一緒に居る相方の背にぶつかる。
「おじょうちゃん、アメ食べるか? 赤いのと白いの、どっちがええ?」
「――赤」
そして相手から物を受け取る姿を見た短髪の騎士は――。
「エ、エリアル導師……」
――尊敬を以て、名を呟く。
*
商店街のコインロッカーに持っていた荷物を預けた後、入った喫茶店のメニューを見て。
「自分はミックスサンドで」
「わたしはオムライス、トマトね」
と注文を取りに来た店員に告げる。
「かしこまりました。ランチは無料で一つ、お飲み物をお付けすることが出来ますが?」
「わたしコーヒー、ブラックね」
ム。
「なら自分はアイスコーヒーにしてください」
「かしこまりました。両方、食後で?」
そう聞いてくる店員に、向かいに座る少女の様子を見てから、はいと答える。次いで注文を復唱し終わった相手が、自分達の所から去って行く。
「――水内さんて、コーヒー派なの?」
「いえ。基本的にどっち派とかではなく、その時の気分で決めます」
「そ、か。覚えとく」
なんで。
***
人だかりを突破し、預言者の誘導で、尾行する対象に追い付いた二人の所に店員が来る。
「ご注文の方は?」
「ぇ? あ、えーと……」
先の事で疲弊するあまり、内容を決めていなかった短髪の騎士の目が泳ぐ。すると――。
「あれ」
――魔導少女が店の壁に貼られたポスターを指差し、言う。
「……――かしこまりました。他のご注文は?」
「今はそれだけ」
「かしこまりました」
そして、店員が去って行った後。
「なんだか慣れた感じで凄いです、エリアル導師」
と言う相手に、魔導少女はニヒルな笑いで返す。
――数分後。
「お待たせいたしました。今月のチャレンジメニュー、クリームソーダ・エベレストでございます」
言って店員が、二人の前に、大きなジョッキ一杯に入ったアイスクリームをメロンソーダで浸した品を置く。
「ご注文の品は以上で、よろしかったでしょうか?」
「……――アタシは、これの小さいやつ」
「通常サイズの物を追加で、かしこまりました」
そして店員が去って行った後――。
「エリアル導師……」
――懸念を抱いて、短髪の騎士が名を呟く。




