第8話〔じゃ いっかい向こうへ戻るわよ〕①
人って、目の前で起きている出来事をどれだけ許容できるのだろうか。
「うーん」
物思いにふけり、つい唸ってしまった。
鉄格子の向こうで立っている見張りらしき女性が、こちらを見て、微笑む。
反射的に会釈する。
これで何回目だろう。
にしても、自分が今どういう状況に置かれているのか、さっぱり分からない。悪い事をして捕まっているにしては扱いが丁寧だし。部屋も――中は異常に豪華だ。
そして用意された紅茶と思わしき飲み物とクッキーまでいただき、柔らかい椅子に座ってくつろいでいる。
うん、良い葉だ。
まったくもってセレブのお宅を訪問している気分なんですが。
見張りをしている兵士っぽい人も優しく接してくれるし。ただ不思議なのは、時々やってくる同じ恰好をした人も含めて皆、女性なのだ。
しかしこのまま、ここに居るのはいいけど。せめて、どうなっているのかは教えてほしい。
牢に入れられてる身では贅沢な要求なのだろうか。
更に問題もある。ここに来て、三時間くらいが経っただろうか。その間に見張りの女性が同じ恰好をした相手と話す時の内容が、声は聞こえるものの――。一言でいうと、何を言ってるのかワカラナイ。
きっと異世界の言葉なんだろうな。けど、どうしてジャグネスさんとは普通に会話が出来たんだろうか?
そういえば、着ていた鎧は立派な物だったし。発言からしても貴族っぽい主張をしていた。
きっと語学にも秀でた本当に育ちの良い人だったんだな。――そんでもって、暇だ。
このまま一生ここから出られないとかは、さすがに勘弁してほしい。なにせ一生どころか、週明けから始まる仕事が気に掛っているというのに。
……無断欠勤か。
そんな事を心配している場合ではないのは分かるが、自分に取っては、大切な事だ。
異世界に来てまで真っ先に悩むのが仕事の心配とは。
というか、いきなり引っ張り込まれてなければもっと――。
――あ。鈴木さん、鈴木さんはどうなったんだ?
確か救世主として、こっちの世界へ連れてこられたはずだ。
……無事なら、いいけど。
しかし自分が、この扱いだし。救世主である鈴木さんは先ず心配もないだろうけど。
――……救世主か。
やっぱり魔物とかと戦闘したり、町から町へと渡り歩いたり、伝説のなんたらを――。
――……鈴木さんの、外見と性格で勇者は厳しいな。どちらかといえば、ジャグネスさんの方が似つかわしく。
そして旅とかってなると当然、付いて行くのだろう。
まさか旅が終わるまで、……ここに?
それは嫌だ。いくら扱いが悪くないとはいえ、いつ終わるかも分からないのに。というか仕事あるし。
ああどうなるんだ、俺。
世界の救済が終わるまで、ここに居なければイケないなら。いっそ、元の世界へ帰りたい。
来たいと言ったのは自分だけど。
元より、ずっとここには居られないんだ。なんとかして――。
――あ。あれは……。
正に立ち上がろうとしたその時、鉄格子の向こうに現れた人物は――。
――ジャグネスさん、だ。
見張りの女兵士と短い遣り取りを行った後、共に牢の入り口へ。そして鍵が開き。中に入ってきた相手が小走りで寄ってくる。その姿は間違いなく。
「ジャグネスさんっ」
「お待たせしました。遅くなってしまって、申し訳ありません」
よかった、言葉は分かる。
「また会えて嬉しいです」
「ぇ――そ、それは」
「ちなみに鈴木さんは?」
「え? あ、救世主様なら勿論、無事です」
「そうですか。それはよかった」
で何故、ムッとするのだろう。
「それで、その、――これから旅に?」
「旅?」
「鈴木さんと旅をして、世界を救うのでは」
「儀式ならもう終わりました。世界は既に、救われましたよ?」
「――エ?」