第48話〔乙女の心をなめないで〕⑮
【補足】
通常よりも長いお話となっております。
予め、ご了承ください。m(_ _)m
気づかなかったというよりも、突然に出現した。と思う程の近場に浮いていた大きな石が、皆の視線を釘付けにして、ゆっくりと上昇する。
あれって、確か。
以前救世主を判別する為に使った石に、非常によく似ていた。
「何でしょう?」
隣に居る女騎士が、覚えてなさそうな表情で首を傾げる。
それはそれとして取り敢えず、嫌な予感しかしない。
結果予感は的中する。
上方に移動した石は、ある程度の高さで止まった後、周辺から土を集め始め。今また、あの体を成し、大地に立つ。――ただその巨体は、先のと比べて、一気に小さくなった。
なるほど。外から見ると、こんな感じだったのか。
小型になったとはいえ十分に顔を上げる高さはある土巨人を見て、そう思う。
「ヨウ、さがっていてください」
と言って、隣の騎士が前へ踏み出した――。
「あ、はい」
――途端にふらりとよろめき、反射的に相手の体を右の手で支える。
「だ、大丈夫ですか。――どこか怪我でも?」
「いえ、だ大丈夫です。先ほどの魔力解放と、連日の戦闘による疲れが急にきたのかもしれません」
そう言いつつ、手から離れ、剣を出して構えようとした女騎士が今度は片膝をついてしゃがみ込む。直ぐに自分も膝をつき、相手の背に手を添える。
「無理はしないほうが」
「ヨウを助けるのは、私です」
剣を杖代わりにして立とうとする女騎士が、いつも通り、微笑む。
ムム。
「なら逃げ」
――瞬間、世界が緩慢となる。
光を遮ってできる物の形に周囲を覆われた事を受け、転じて上げた視線の先から迫る土塊。
緩慢となった世界が、瞬時――。
「少しばかり借りるぞィ」
――下から振るわれた大男の斬撃で吹っ飛ぶ。
「む」
予想とは違った事の成り行きを見る様に声を出した漢の前で、吹っ飛んだ土塊が地を揺らす。
一振りして借りた剣は返し、所有していた自身の大剣で起き上がった土巨人の土拳による連打を片手で持った武器の刃で受け切っている巨漢が、預言者の方を見て、つまらなさそうな声で言う。
「フェッタよ。この玩具は誰かの持ち物か?」
せめて前は見て。
「そのような話は聞いておりません」
やや離れた場所に居る相手が少し声を上げて返事をする。
「ふむ。ならば壊すぞ?」
「お好きにどうぞ」
「では皆を連れて離れておれ」
「御意に」
あ。――というか、さっさとジャグネスさんを連れて離れてればよかったのか。
「ジャグネスさん、自分達も」
「なぁにを言っておる。其方は残らんか」
なんでっ。
結果自分達を残して人の居なくなった場所で、膝をついてしゃがんだまま、何故か受けているだけなのに攻撃している側が削れていく様を眺めながら聞いてみる。
「ええと。どうして、……残らされたんですか? 俺」
「うむ。その前に、だ」
横顔で、こっちに目を向け。
「アリエルよ、何故居るのだ……」
「ヨウに何かしたら直ちに斬ります」
直ぐ後ろで、正座した脚の上に剣を置く女騎士が真顔で言う。
「信用せんか」
それ以前に王様なのだが。
「貴方を信じるなど、ありえませんッ」
きっぱりと断言する相手に、漢は切なげな――何故かキメ顔をした。
「それで、理由を……」
「うむ。そろそろ約束を果たそうかと思っての」
「約束?」
「――待ってください。二人は、初対面ですよね?」
「え。いや、会うのは三度目、だと思います」
「なっ」
「よいではないか。誰と会うかはワシの自由だ」
と言って、土巨人の拳を弾き返す。
なんなんだ、この状況は。
「よい訳ありませんっ。――ヨウ、何か善からぬ事を吹き込まれませんでしたか?」
「まていワシは何も」
「私はヨウと話をしているのですっ」
「むうッ」
黙った。
「――ええと、特には何も……」
「そう、ですか」
「どうだ。少しはワシの事を見直したか?」
「ありえませんッ」
そして何故かキメ顔を――。
いや話が一向に進まないからっ。
「娘に相応しい男かどうか、後日ゆっくり話そうと言ったであろう。約束とは、その事だ」
えっ、ゆっくり。
「な何をッ」
剣の柄を持って、女騎士が立ち上がろうとする。
「またんか。いまワシを斬ったら、誰がこの玩具の相手をするのだ?」
「無論、私が」
「強がるでない。押せば倒れる体で何を言うか」
「やってみなければ分かりませんっ」
「そうか」
すると次の瞬間、弾かずに受け流した拳がすぐ横の地面を破壊する。
え。
「何をッ」
「目では追えたか。しかし体が動いておらんな。疲弊しておる証拠だ」
「ふざけないでくださいっ。ヨウは、ヨウには、女神の加護がないのですよっ」
ム。
「知っておる。だとすれば、ふざけておるのはアリエル、お前であろう」
漢が顔を横にして向けた一つの眼で、束の間、身が竦む。
「……な何を、私はふざけて、など」
そして巨漢が正面を向く。
「意地を張って如何する? 死ねば終わりであろう」
「終わり? 私は死んだとしても加護が」
「ならば、その男が死んでも平気か」
「ですからヨウには加護がっ」
「阿呆ッ! 愛する者の死を以て喜びに至る者が居るかッ」
言って、叱咤する漢に――。
「何をッ! 何も知らない癖にッ。ヨウはっ、ヨウはまだ私を愛してなどッ」
――女騎士が涙ぐんだ瞳で言い返す。
「馬鹿者ッ。その男はな、とうにお前を愛しておるわっ」
ぬ。
「何を……」
「――よいか。誰かを好きになれば、それは恋だ。それを守ろうとするのが愛だ。ちゃんと、見てやれ。愛する者を守ろうとする、その貧弱な背を。言葉にせずとも伝わるであろう」
へ。
位置の関係上、確かに自分が前にはなっている。
というか、そろそろ蚊帳の中に入りたい。
「……ええと。これはその、流れ的に……」
「なにを言っておるっ。男ならこういう時は何かビシッとキメんかッ」
エエ。
「だいたい此度の一件は其方が招いた事態であろうっ」
「――ヨ、ヨウは何も悪くありませんッ」
「いいや悪いッ。交際などと半端な事をせず、婚約にしておればよかったのだっ」
ム。
「ヨウの気持ちは半端などではありませんっ」
「――いや。ジャグネスさんのお父さんが言うとおりです。自分なりに、真面目に考えているつもりでしたが、正直今回の事で考えを改めました。ただ答えを出す前に二つ、確認したい事があります。それに納得できれば、今後は交際ではなく、婚約者として傍に」
言い切る前に振るわれた大剣が拳に食い込み、順番に土巨人の腕を封じる。次いで――。
「いま、ワシのことお義父さんと言ったかッ?」
――巨漢が振り返り様に放つ、下から突き上げる、凄まじい打撃で土の塊が粉々に吹き飛ばされる。
そこッ、というか殴るのっ!
「念の為に聞いておくが。二言はないであろうな?」
自身の拳で粉砕した土巨人の中から出てきた如何にも怪しいあの石に大剣を突き立て壊す漢が、こっちを見て、聞く。
「ないです。けど」
「分かっておる。なんだ、申してみよ」
「婚約しても、約束の期間が過ぎるまで正式な手続きとかは待ってください」
「うむ、よかろう。あと一つはなんだ?」
「ええと」
「――ヨウ」
すぐそばに立つ女騎士が、不意に自分を呼ぶ。
「なんですか?」
「あの、ヨウの気持ちはとっても嬉しいのですが。無理に事を進めなくとも、私は待てます」
ム。
「――ジャグネスさん」
「はい」
「危なくなったら、また俺を助けようとしますか?」
「勿論です」
「なら婚約はしたくありません」
「ぇ」
「――けど、ジャグネスさんが危なくなった時、助けに行ってもいいなら、納得します」
「それはヨウが私を、でしょうか……」
「はい。俺が、ジャグネスさんを助けに行きます」
「しかし、ヨウは……」
「分かってます。だから俺の事だけではなく、自分の事も大切にしてください。でないと簡単に死んじゃいますよ、俺。――約束、してくれますか?」
「……――分かりました。生涯をかけて、守り通すと誓います」
目を閉じ、胸に手を当てて相手が答える。
「話はそれで終いか?」
声のした方を見ると、いつの間にか、近くに来てた巨漢の王が立てた自身の剣にのしかかるような姿勢で自分達を眺めていた。
「そうですね。自分は、納得しました。あとはジャグネスさんの気持ち次第です」
「――私の気持ちは、とっくに決まっております」
「だそうだぞ。さすれば、其方から言うべき事があろう」
ム。
「ジャグネスさん」
真っ直ぐに見据えて、相手の名を口にする。
「はい?」
「まだ少し先の話にはなりますが。自分なんかでよければ、いずれ結婚してもらえますか?」
「ぇ――ぁ、ぇっと……――はい。私なんかで、よければ」
そして、にっこりと微笑む頬を一滴の涙が伝う。その途端に、相手が胸に飛び込んでくる。
イッっァイ――腕のコトを忘れない、で……。
「う、うぅ、ぅ……」
ム。
女騎士が小さく肩を震わせ、泣いていた。
「――はやいのぅ。まだ肝心な言葉を言っておらんというのに。――だが、しかしだ。流行るだけの事はあるのぉ」
ム?
何気なしに、巨漢の方を見る。
「あ。それ」
大きな指で持ち難そうにして相手が見ている小さな本の表紙を見て、思い出す。
「む、知っておるのか?」
「内容までは知りません。ただ以前ジャグネスさんが持ってたので」
「ふむ。これはまこと良き手引書である」
「何について」
瞬間、一線の光が下から縦に走り、漢が持つ本が真っ二つになる。
「のわっ、ワシの本がッ。何をす――」
眼前に突き付けられた剣の先を見て、巨漢が口を閉ざす。
あ、あれ、いつの間に……。
「今直ぐ何処かへ行ってください」
「またんか。ワシと、この本があったからこその結果であろう。それにお前も愛読者であれば男女の仲を深めるに危機的状況の共有という――のわっ」
有無を言わさず突き出された切っ先が相手の外套を貫く。
よく避けたな、凄い反射神経だ。
「ぐわッ何をするかっ」
「次は、その不躾な顔です」
普通にヒドイこと言ってる。
「ま、まて。じつはワシ、久しぶりに動いたせいで、さっきから腰の調子が、だな」
「敵に弱点をさらけ出すとはいい度胸です」
「まてまてまてい。おい婿よ、少しはワシを庇わんかっ」
いつ婿と決定したのだろうか。
とはいえ、取り敢えず合掌をしておく。
「まてーいッ」
最終。夕焼けを正面に離れた場所で座り、穴だらけになった外套を悲しそうな顔で見る巨漢の王を見ていた自分に、皆と戻ってきた預言者が聞く。
「洋治さま、女神杯に勝ったメェイデンが、フィルマメントに願う褒賞を、決めていただけますか?」
「え。なんで自分が?」
「王が暴れている間の暇を使い、皆で決めました」
相手が小さく手を打ち合わせて言う。
「そう言われても……」
と周りに居る皆の顔を見る。
「大した希望は通りませんので。ここは気楽に」
うーん。
「――物でなくても、いいんですか?」
「可能です」
「なら今後は、女神杯で人を褒賞にするのは無し、で」
言うと、銀髪の姫が。
「あ――それなら、褒賞にしなくてもいい、よ。もう、――懲りたから」
ム。
「そうですか。なら、マルセラさんが決めてください」
周りが一瞬ざわつく。
「え、――どういうこと?」
「いろいろあったので、そのお詫びに」
「そう」
で悩んだ末に相手が、銀の髪を揺らし、にかっと笑う。
「思い付かないから。ようじ、――一緒に考えてくれる?」
「はい、いいですよ……?」
すると相手が近づいてきて、自分の手を取る。
「なら、――行こっか」
「え?」
「女神杯が終わったら私、フィルマメントに帰らないとイケないから」
「え、え?」
「一緒に、――考えてくれるんでしょ?」
再び相手がにかっと笑う。
「いや、それは」
「――待ちなさい」
ふと周りに目を向けると、いつもの顔ぶれが周囲から銀髪の姫に、にじり寄っていた。
「マルセラ様、ヨウはこの後、私と予定があるので戯れは控えてください」
なんの予定っ。
「そう。――なら、諦めるね」
降参する姿勢を見せる様に、銀髪の姫が片手を高く上げる。
ほっ。
が次の瞬間、飛んできたペガサスの足を掴む相手に体を勢いよく引っ張られ――。
「ちょっと待っ――」
――地面が遠のく。
エエ、なにこの展開。
「マルセラさん……?」
「うん。――心配しないで、ただの悪戯だから」
全く懲りてないな。と、いうか……。
「すみません。そろそろ限界なんで、後は宜しくお願いします」
「え――なに? あ、ちょっとようじっ」
てな訳で、がくり。
意識を失う前、最後に見た夕日は――綺麗だった。




