第47話〔乙女の心をなめないで〕⑭
事情を説明したのちペガサスからおりたマルセラに勢いよく飛び掛かり、相手の両肩を激しく前後に揺すって、アリエルは問いただす。
「なぜ何故なに故にそうなるのですかッ、というかどうしてヨウなのですかッてそれ以前にマルセラ様はどういう訳でっ」
「おち、おち、おちついてアリエル――訳なら今、説明した、よ、よよ、よ」
尚も相手を揺さ振り続ける姉の腕を横から徐に妹が手で止める。
「――エリアル?」
制止してアリエルが聞く。
「ヨウを助けに行くから手伝って、お姉ちゃん」
「え。――な、なにを言ってるのですかっ。ヨウを助けるのは、私の役目ですっ」
マルセラを放し妹に体の正面を向け、自身の胸に手を押し当てて、アリエルは言う。
「うん。なら一緒に行こ」
「勿論です」
と互いの意思を確かめ合う姉妹を見て。
「え――二人で? ようじは上だよ? それに動けない」
「あ、そうでした」
再度体を向けた後、相手を真っ直ぐに見据え、アリエルは願う。
「マルセラ様、お力をお貸しください。ヨウを助けるにはマルセラ様の支援が必要です」
「もっちろんっ、――ようじは私達三人で助けましょ!」
そして意気投合する三人を傍から見ていた、風圧に負けてグシャグシャとなった髪を諦めた騎士が、少女の横で、呟く。
「ジブン、あの輪には一生入れない気がします」
「そんなの、アンタだけじゃないわよ」
やや悔しそうに、少女は言った。
*
くらっとして額を押さえる。そして調子をみて、手を離す。
ふぅ。
一人になった事で腰を下ろせるようになり、揺れにも慣れて、楽にはなった。が今は止まっている血の、流れ出た分は着実に影響しつつある。
いい加減どうにかして抜きたいな。
一応、指の感覚はある。ただ骨は折れていると思う。
治って直ぐにまた同じ腕を折るって……。
つながっているだけマシともいえるが。しかしこのままだと、どのみち切るはめに。
うーん。
――押しても、――引いても、――動かない。
いっそ肩の力を抜いて。
――あ。抜け――、――ム? ってうわッ。
凄まじい衝撃を受け、体が宙に放り出される。
***
マルセラがペガサスで飛び立った後、土でできた巨体を正面に捉える場所で突き立てた剣に解放した風の魔力が装填されるのを待っていた姉のアリエルに、妹のエリアルが告げる。
「お姉ちゃん。――ヤっちゃって」
「無論です」
同じく魔力を解放した状態で地面から剣を抜き、女騎士は翠色に彩られた刀身に片手を添えて狙う対象に剣の先を向ける。
「エリアル」
「うん」
自分の言わんとするところを汲み取って、その場を離れた妹を確認したのち、アリエルは刃に込められた力を解き放つ。
それは渦巻く力で覆う剣をまるで槍の様に見せる程の風、が嵐となって騎士の周囲をも掘り起こす。そして更に一段と増す力を力で押さえ込み、アリエルは――。
「私の、ヨウをッ」
――吹き荒れる巨大な槍となった刀身を。
「返して、くだッ、さいッッ!」
巨体に突き放つ。
離れた場所から放たれた槍が空気を裂いて飛ぶ一矢となり、土巨人の腹に命中した。その結果、胴回りを完全に消し飛ばされ分離した上下の半身が、落ちながらに崩壊を始める。
*
ム。
いろんな意味で、一命を取り留め。崩れ落ちる土をペガサスに乗って見ていた視界で一瞬、何かがキラリと輝く。
「ようじ、――大丈夫?」
と心配そうな声で聞いてくる相手に、振り返る。
「はい。おかげさまで、助かりました」
「よかった。――ならアリエル達のところへ、戻るね」
「お願いします」
まあ気のせいだろう。
「ヨウっ」
馬からおりた途端に、がばっとくる事を予想し出した右の手で相手を阻止する。
「ふぎゃ。――……何故でしょう?」
「すみません。じつは」
言って左腕を見えるように出す。
「ヨウ、また怪我をしているではないですかっ。しかも酷いッ」
怪我と聞き、他が一斉に集まってくる。
「どわッ本当にヒドイっ、すぐに手当てをっ」
ガサゴソと腰回りの私物をあさる短髪の騎士。
というか、若干ホリーさんもボロボロなのだが。
「ちょ。手当てより、これは病院でしょ」
「あ。そうですねっ」
そして誰かが服の裾を引く。
ム。
「――妹さん?」
見ると魔導少女が其処に居て、腕の怪我をじっと見ていた。
「大丈夫ですよ。見た目ほど、酷くはないと思いますので」
たぶん。
「あれ、――お姉ちゃんは?」
「ん。ああ。なんか足が痛いって言うから、置いて来たわ」
「え、――そうなんだ。なら私、ちょっと見てくるね」
あ。
「マルセラさん、ちょっと待ってもらっていいですか」
「え? ――うん、いいよ。なに?」
「ええと。皆に、話したい事があるんです」
銀髪の姫が察して、顔をはっとさせる。
「その前にヨウは怪我の治療を」
「いえ。できれば今、したいんです」
「ですが」
「お願いします」
「わ、分かりました……――ただ手短に」
返事を頷きで返す。すると唐突に銀髪の姫が自分の前にやって来て、口を開く。
「ね。――よかったら、私から皆に話してもいい?」
ム。
「けど」
「私から話した方が、効果あると思う、よ?」
確かにそれはある。
「――……分かりました。マルセラさんに、お任せします」
「うん。――任せて」
くるりと回り、自分に背を向けて相手が皆の注目を集める。
「あのね、皆。――ようじは、今回の女神杯で私に、すっごくヒドイ事をしたの」
そして思惑通りに、周りが動揺で声を出し身動ぐ。
これで。
――不意に、これまでの出来事が横切る。
なんで。
「ゴメンね」
と呟く声が空耳のように。
「でも、ね。――それは全部、皆に嫌われたくて、わざとした事だったの」
え。
「私の話はこれでお終い」
短っ――て。
「マルセラさん……?」
再びくるりと回り、自分にだけ聞こえる程度の声量で相手が。
「私も嘘ついたから、これでおあいこだね」
エエ。
「あ、あの。今のはいったいどういう……」
困惑した表情で、女騎士がこっちを見る。
「ま。いつものコトね」
「え?」
言った少女に女騎士が振り返り、声を出す。
「どうせ。わたしたちに、迷惑かけたくない、とかが理由でしょ」
「救世主様は、今の話を詳しく知っているのでしょうか……?」
「知らないわよ。ていうか。聞かなくても、分かるわ」
そして、次は少女が自分の前にやって来て、口を開く。
「このさいだから言うわ。そんな勝手なコト、今後できると思わないでよ。乙女の心をなめないで。水内さんが思ってるよりも、わたしたち、タフよ」
ムム。
最終的に何もかも説明した上で動じない女性陣を見て、自粛を考えていると、大きな白馬に小柄な女性と乗って来た大柄な男が、誰も見ていなかった方角を大きな指で差して言う。
「あれはなんだ?」
目を向けた先にあったのは、以前に見た物とは比較にならないほど大きな、石だった。




