第46話〔乙女の心をなめないで〕⑬
挟まっている左腕を主な支えとして、土巨人の体表が崩れた事で抜けた左の足も使い、右の手で掴んだ相手が落ちないよう全身に力を込め、揺れる巨体の上で意識を集中させる。
「ようじ、……大丈夫?」
自分の右手を両手で掴んでぶらさがっている銀髪の姫が、こっちを見て、不安げに聞く。
「なん、とか」
ただ揺れる度に左の腕は痛む。
「どうしよ……?」
「すぐに、引き上げます」
「うん、――分かった」
現状の揺れと角度であれば可能と、思った矢先に。
「キャ」
ぬわッ。
***
土でできた巨体の足が元戦場に大きな足跡を次々と残し地上を揺らす。そんな中、既に幾人もの犠牲者を出す現場から少し離れた所で――。
「――セシリアお姉さま」
――痛めた足首を庇いつつ、揺れる大地に立ってクラリスが姉の名を口にする。
「ああ……」
中身の無い返事で応答するセシリア。其処に、影が過ぎ去り、アリエルが降り立つ。
「ア、アリエルか……?」
上から突然に降ってきた相手を見て、やや惑うセシリア。しかし当の本人は何食わぬ顔で、二人に歩み寄って、告げる。
「申し訳ありません。緊急時でしたので、勝手ながらペガサスを拝借しました」
影の正体と相手の話を聞き、気にも掛けずに、セシリアは返す。
「乗った事あったのか?」
「いえ、乗ったのは初めてです」
「凄いな……」
「なんとなく、乗れる気がしました。――それよりも、セシリア様」
「ん、なんだ?」
「直ぐ兵に退避命令を」
と言われ、漸くセシリアは自分のすべき事に気づく。
「お、おう……――そうか。そうだな」
そして両国の兵が入り乱れる元戦場で地団駄を踏む様に暴れる一回り小さくなった事で動きの速くなった巨人に、セシリアは目を向ける。
*
時折、揺れ動く視界に、地上の景気と大勢の人が映る。ただぼんやりとした意識では確かな事まで掴めず。只管に右手の指に力を注ぐ。
「ね――ようじっ。――ね!」
泣きそうな顔をした相手の声が耳に届き、ふと我に返る。
「ぁ。……どうか、しましたか?」
激しく上下に揺れる世界で唯一、ハッキリと見えるその姿――に。
え。
「――血が、……怪我を?」
傷らしい傷もない相手の顔や服に付いた血を見て、そう聞く。
「違う。――怪我をしてるのは、ようじだよっ」
「え?」
と声を出した途端、頬を伝って落ちた何かの滴が相手の首筋に血を垂らす。
そういえば左腕の感覚が、あまり。
「ね――ようじ」
「なんですか?」
「手、離して。このままだと、ようじの腕がちぎれちゃう」
「離したら間違いなく、落ちて、死にますよ」
「うん。――でも生き返るでしょ。だから、いいよ」
「……――駄目です」
「本当にちぎれちゃうよっ。――自分では見えてないかもしれないけど、ようじの腕、大変な事になってるだよっ!」
そう言われ、見てみたい気もした。が全く以て、そんな余裕はない。ただ度々何かが切れる様な音は体を通し聞こえていた。
「だから、ね。離して」
「駄目です」
「どうしてっ?」
「――マルセラさん」
「な、――なに……?」
「自分の居た世界には、女神の加護なんてありません。死ねば、そのまま、生き返ったりはしないんです」
「そう、なの? ――ででも今は……――それに私、お姉ちゃんや皆にけっこう恥ずかしい事とか言っちゃったから、死んだほうが助かるかも、って……あはは」
「マルセラさん達にとっての死は、自分の考える死とは少し違うかもしれません。けど否定するつもりは全くありません。――ただ、俺は嫌なんです」
「イヤ?」
「このまま一緒に居たら、たぶん――あの人はいつか俺の為に、死ぬかもしれません」
「あの人……――アリエルの、こと? でも、死んでも生き返るんだよ?」
「けど俺は生き返れません」
「え、――どうして?」
「……そういうもの、なんです」
言うと、暫くこっちを見てから何かに気づいた様な顔で、銀髪の姫が口を開く。
「ね。――ようじが心配してる事って、アリエルが死ぬ事じゃなくて、ようじが――」
――と急に、自分達の居る場所に影ができ、一瞬にして、過ぎ去っていく。そして其れを、銀髪の姫が目で追う。
「ようじ。――手を、離して」
「え。いや、それは」
「大丈夫。私を――信じて、――ダメ?」
ム。
「絶対に、大丈夫ですか?」
「うん、――約束する。ぜったいっ。だから、私が合図したら、手を離して」
「……――分かりました」
で相手がにかっと笑う。そして、再び目で何かを追い。
「うん、離して」
言われて、手を離す。その落ち際に銀髪の姫が――。
「次もぜったい、迎えに来るからね」
――と言い残し、落ちた先で空へと舞い戻る。
***
「ね。あれ、なにやってると思う?」
周囲や足元に人が居なくなっても、その場で足踏みを続ける土の巨人を見て、隣に居る短髪の騎士に、少女が聞く。
「なんだか楽しそうですねぇ」
泥遊びをする子供を見守る様な気持ちで、ホリは答える。
「――でしたら、――あなたも参加なさってみては?」
安全と判断して地面に座り込んでいたクラリスが問う。
「それはイヤです……」
「――あらまぁ」
とクラリスが口元を綻ばせ、静かに笑う。
「――で。アンタ誰よ?」
馬で走っている最中にたまたま知った顔を見付けて合流した後、今の今までしなかった質問を今更になってした少女の方に、顔を向ける相手の、横に居たアリエルが話に割り込む様に。
「こちらはフィルマメントのクラリス様です。マルセラ様とは姉妹の間柄です」
「――姉といっても、――歳は同じで異母ですが」
「ふーん。お盛んなのね、アンタのとこ」
「救世主様っ」
「――よければ、――あなたも参加なさってみては?」
「クラリス様っ」
「嫁ぎ先なら。もう決まってるから、遠慮しておくわ」
「――それは残念です」
「で。どうすんの、あれ。ていうか水内さん、知らない?」
「ヨウですか? 私は見てませんよ」
「そ。なら、あれは?」
「えっと……」
何気なく、アリエルは辺りを見渡す。しかし探し人の姿は、何処にも見当たらなかった。
「ちょっと私」
と其処で、影が過ぎ去る。そして――。
「どわぁああああああああああいッ」
――着地時に風の魔力で受け身をとって魔導少女が降り立つ序でに騎士が一名、吹っ飛ぶ。
「うわぁん、エリアルちゅわん助け――」
声が飛び去っていく。
「あの、エリアル……」
飛ぶ馬を見ながら言う姉に、いつも通り徐に妹が述べる。
「問題ない、大した損害ではない」
「どわぁッ」
乱れた髪を直していた騎士が直ぐ後ろにおりたペガサスの巻き起こす風で前へ倒れ込む。
「――あらマルセラ」
「え、――なんで居るの?」
「――マルセラこそ、――今まで何をしていたんです?」
「あっ――アリエル聞いて、大変なの!」
「はい、何でしょう?」
「あそこに、ようじが居るから助けるの手伝ってっ!」
声を上げてマルセラが指す方向を見た各々が、それぞれ顔を引きつらせる。




