第45話〔乙女の心をなめないで〕⑫
結論からいうと自分達は今、謎の――たぶん土、で人を模した動く巨大な物体の肩と思しき場所に居る、と判断した。
「うん。――ダメ、抜けない」
土巨人の体表に幾つか点在する突き出た部分に挟まった左腕の関節から先を抜こうと試した結果、銀髪の姫が言う。
そして歩く巨人が下ろす足の衝撃が土台となる脚から伝わり、気持ち強めに揺れる。
「っと。大丈夫ですか?」
「うん」
自分の腕が挟まっている突起物に掴まって耐えた相手が短い返事と頷きで返す。
そして再び歩く巨人が足を上げ始める。
にしても、――遅い。
歩幅はそれなりにあるものの、一歩進むのに一分以上は掛かってる。
何処に向かっているのかは知らないが。このままだと、本当に日が暮れそうだ。
「ね、――ようじ」
と不意に呼ばれる。
「はい? どうかしましたか」
「さっき言おうとした事の続きを聞いても、いい?」
ム。
「好きな人と一緒に居たくて、ってヤツですか」
「うん、そう。ようじは、アリエルと一緒に居たくて私に嘘をついたんじゃないの?」
「違うと思います」
「……思う?」
「メェイデンの捕虜になったマルセラさんと会う直前までは大凡、そんな感じでした。けど今は――」
ここで、言うべきなのか。
「――……そもそも、マルセラさんが捕虜になったのは予想外だったんです。たぶん嫌がると思って。だから妹さんには、断られたら逃がしてもいいと言いました。けど――」
今は、まだ。
と、土巨人の体が一歩を踏み出した衝撃で揺れる。
「けど、――なに?」
「テントの中でマルセラさんの声を聞いた時、考えというか目的が、変わったんです」
「その目的の為に、嘘をついたの?」
「はい、そうです」
「なに? その目的って」
「……言えません、まだ」
「そう。なら、いつになったら教えてくれるの?」
「周りに人が――いえ、マルセラさんや他の皆が居る時に、言いたいんです」
「そう。――うん、分かった。それなら今は皆のところに帰る方法を考えなくっちゃ、だね」
にかっと、髪を小さく揺らして、相手が笑う。
***
突如として女神杯の会場内に出現した巨体を誰もが呆然と見詰める。セシリアもまた、ほんの少し前に目を覚まし戦闘時に痛めた足首を悪化させないよう地面に座り込むクラリスの隣で、他と同様に状況を捉え続けていた。
「――セシリアお姉さま、――わたくし思ったのですが」
おっとりとした口調で、クラリスが言う。
「ん、なんだ?」
「――こちらへと向かって、――来ている気が、します」
と言われて、セシリアも気づく。非常にゆっくりとした足取りで進む巨体の正面に居る自分達の現状に。ただ――。
「だとしても遅いな……」
「――はい」
――危機感は持てなかった。
*
助けを呼ぶに打って付けの道具をテント内に置いてきてしまった事を若干悔いていると、隣に周囲の様子を見てきた銀髪の姫が腰を下ろす。
「危ないですよ」
肩の部分とはいえ、自分が居る場所は自由な右足が外に出るほどの外縁で、動かせない手足で体が固定されているからいいものの、何の支えもなく居座る所ではない。
「大丈夫。ようじの体を持つから」
そう言って相手が、体を密着させるようにして、自分の右腕を持つ。
ムム。
持ち方を変えてもらおうと思い、口を開く。が騙した後ろめたさもあり、閉じて譲歩する。
ただ。
「俺のこと、嫌ではないんですか?」
「え、――どういうこと?」
「マルセラさんのことを騙したんですよ、俺」
「うん」
「……――嫌いに、ならないんですか?」
「うん、なってないよ」
「ナゼ」
「そんなの分かんない。それより、――いまさらだけどゴメンね」
「何のゴメンですか……」
というか謝るのは。
「私、ようじにヒドイこと言ったから。それに、叩いた」
「自分がした事を考えれば、当然のむくいだと思います」
「ううん、違う。本当は、ようじは、何も悪くないの」
「そんなことは」
「だって私、最初はフィルマメントにようじを連れていくつもりなんか、なかったの」
え。
「……どういう」
「ただの悪戯だったの。アリエル達を驚かそうと思って、ふざけた、だけ。だから女神杯が始まる前に褒賞の話は嘘だって言おうと思ってた、の」
「ならどうして」
「初めて会った時ようじ、私の髪を褒めてくれたでしょ。あれね、本当に嬉しかった。だからあの日の夜に、何かお礼をしようと思って、色々と考えたの。でもメェイデンだと私の思うお礼ができないから、フィルマメントに来てくれないかなーって」
「なるほど」
「フィルマメントに来て、お礼が済んだら。メェイデンに帰っていいよって、ついでにアリエル達も驚くし、ちょうどイイかなって」
「そういう事だったんですか……」
――けど。
「なら何故、そこまで。お礼がしたかっただけなら最悪、女神杯に敗けても問題は」
悪戯にしたって、半分くらいは成功してる訳だし。
「うん。――私にも、分かんないの。ただようじと会ってからずっと、どんな事でお礼をしようか考えてた。私の好きな場所とか、食べ物とか、遊びとか。異世界から来たって言ってたし、知らない事は沢山あるでしょ?」
「そうですね。沢山あります」
「だったらいっそのこと全部――でも、そんなの無理だし」
「……ですね」
「だから、かな。ようじが、フィルマメントへ行く為に協力するって言ってくれた時、すっごく嬉しかった。時間とか気にしないで一緒に居れるなら、全部叶うし」
「気持ちは嬉しいですけど……。マルセラさんの時間が無くなってしまいますよ」
「私の時間?」
「ええと。そういう事は、マルセラさんの大切な人の為に、置いといたほうがいいですよ」
「――そっか。そう、だよね。――もう、フィルマメントにようじは、来ないんだよね」
ム。
何故、そうしたのかは分からない。ただなんとなく、過去に一度経験した事のある雰囲気を察してか、相手を見た。
「……マルセラさん?」
「ゴメン、ね。でも少しだけ、このまま」
そう言いながら、ぽたぽたと落とす音と感覚が服の上からでも自分に伝わってくる。
「――この場で、言うつもりはなかったんですが」
相手の心情を目の当たりにした事で、意を決し、話を切り出す。
「実は、女神杯が終わったら。向こうへ帰ろうかな、って思ってます」
「……向こう?」
「自分の居た世界です。マルセラさん達からみて、異世界ですね」
「え。――でも、ようじはアリエルと」
「はい。だから悲しまないように、俺を嫌いになって、もらおうかと」
「どういう、こと……?」
「マルセラさんの気持ちを利用して勝ったって分かったら、誰だって、俺の事を最低だと思います。――ですよね?」
「でも、それは」
「はい。なので、話を合わせてもらえると助かります」
「……――どうして? ようじは、アリエルのコト、好きなんじゃないの?」
「そうですね。かも、しれません」
「かも?」
「ハッキリと好きになってしまう前の、最後の引き際かもと」
「引く必要、あるの?」
「俺にはあります」
「どんな」
「一緒に居る事で――」
――ふと、思った。
そういえば、さっきから全く動いてない。
と思った瞬間――。
「キャ」
――地鳴りと同時に何かが崩れていく音がした。
***
土で人を模した巨体の表面から崩れ落ちる土砂。その結果、下から現れた一回り小さな体で、巨人は動き出す。
*
マズい。
奇跡的に、崩落に巻き込まれず済んだものの、当初より歩く速度が上がって揺れの増した、この状況。
「絶対、離さないでください……」
「う、うん」
非常にマズい。




