第43話〔乙女の心をなめないで〕⑩
帰ってくる前に勝敗が決まれば、そう願う気持ちとは裏腹に、明らかな動揺を顔に出して、再び戻ってきた銀髪の姫が。
さて、どう――。
「ようじ大変っ、戦場盤が壊れた!」
――うっそーん。
***
結果、逃げる準備に手間取った二人の目前でペガサスに乗った敵の騎士が槍の穂先を、低空で構えて、前に出す。
「ひッ」
先が触れてもいないのに小さな悲鳴を上げる相手に、ペガサスに乗っている側の二人が互いの顔を見合わせてから、一人が口を開く。
「メェイデンの騎士、ですよね……?」
反撃どころか抵抗の姿勢すら見せず、両手の平を自分達に向けて降参の意を示す短い髪の騎士に、フィルマメントの騎士が問う。
「はいッそうでスっ」
「戦う意思は?」
「イヤですッ」
「え、……え?」
思わず困惑するフィルマメントの騎士。すると――。
「イダアッ」
――盃を持っているローブを着た小柄な人物のローキックが、短髪の騎士の脛に炸裂した。
「ダメ騎士」
「はいッ」
心に染み付いた教育が、目を合わせずとも相手に反射的な返事をさせる。
「――で。アンタたち、なに?」
鋭い目付きで自分達を睨む相手に若干たじろぎながら、フィルマメントの騎士二人がペガサスを地上におろし。
「その盃は我々の、フィルマメントの盃ではないですか?」
「だったら。なに」
「素直に返していただければ、危害は加えません」
「イヤ、て言ったら?」
「少々手荒な方法で返していただきます」
言って、フィルマメントの騎士達が手に持った武器を強調する様に動かす。
「救世主さま、素直に渡しましょう。危なくなったら盃は渡してもイイとヨウジどのが言ってたではないですかっ」
敵に背を向けてまで自分を説得しようとするその姿勢を見て、羽織っているローブのフード脱いで少女が短髪の騎士に冷たく言う。
「アンタ、サイテイね。見損なったわ」
そして騎士の横を通って敵騎士の前に立ち、少女は断言する。
「欲しかったら。わたしを殺して、もっていきなさい。アンタたち、人のモノを盗るの、得意でしょ」
「なんのことを……?」
「意味なんか理解しなくていいわよ。――で。どうすんの?」
「……――分かりました」
徐に、フィルマメントの騎士が持っていた槍を地に突き立てる。それに合わせて、もう一人の騎士も同じ様に先で地面を刺す。
「武器を持たぬ者に牙を剥くのは誇りに反します。よって、腕力のみで」
「上等よ。わたし、けっこう力強いわよ」
「望むところです」
手を開いてから腰を落とし、敵の騎士がじりじりと少女に近づく。
「救世主さまっ」
突如として少女を後ろから短髪の騎士が抱き寄せる。
「ちょっ」
直ぐに手足を動かし、抜け出そうとする少女。だが――。
「なッ?」
――さっきまで少女の居た地面が急に盛り上がり、其処から吹き出した土がうねりを打ってフィルマメントの騎士二人に巻き付く。
「ここれはっ」
流動の止まった大地に締められ、動けなくなった敵騎士が脱出を試みてもがく。しかし地の縛りは微動だにする事なく、地上で巻き込んだ人と共に謎の造形物となる。
「なに、これ……」
そして――。
「ほっほっほ」
――年老いた魔法使いが、森の中から現れる。
*
盃を逆さにしてみたり、叩いてみたり、時に被ってみたりして、それを置く台の前で悩む銀色の髪の姫を見ているうちに、何の意図もなく口を開く。
「マルセラさんは他に、欲しいモノとかなかったんですか」
「え、――どういうこと?」
台に盃を静かに置いて相手が、こっちを見て、聞く。
「何故、俺を褒賞に選んだんですか。他にもっと、あったと思うんですけど……」
「そう? 例えば?」
相手が質問をしながら座っている自分に近づいてくる。
「うーん。単純に、お金とか……欲しい物とか」
「私、王女だから。どっちも困ってない、よ」
なるほど。
「ようじは欲しいモノとか、ある?」
目の前に来た相手が、目線を合わせるように膝を揃えて、しゃがみ込む。
「欲しいモノですか」
なんだろう。いざ聞かれると――思いつかないな。
「特にな――あっ」
「ん――なに?」
「欲しいモノというか。そうなればいいな、っていうのなら」
「うん、なになに?」
興味津々と体を前へ傾ける相手の胸元が角度的に際どくなり、咄嗟に目を逸らす。
「え、ええと。この女神杯が終わった時、誰も――悲しまなければ嬉しいです」
――決して叶わないと分かっていても。
「悲しむ? 誰が?」
「分かりません。ただ、誰かではなく。たぶん沢山の人が、ガッカリするかもしれません」
「ガッカリ……?」
と首を傾げる相手を見て。
いっそ、もう。
「マルセラさん」
「な、なに?」
急に声色を変えた自分に相手が驚きつつ返事をする。
「お話ししたい事があります」
が、其処で――。
「ぇ?」
――光の柱の様なモノが、銀髪の姫の振り返った先、メェイデンの本陣がある方角で豪快な音共に立ち上った。
「え、え、え? なんで?」
状況を把握できない相手とは違い。直ぐに全てを察し――。
「……――マルセラさん」
――再び覚悟を決めて、相手の名を呼ぶ。
「え?」
***
「え。じゃ、演技だったわけ?」
少女が短髪の騎士を相手にして聞く。
「演技というか……、フィロ大導師をたまたま見付けたので。もしかしたら助けてくれるのではないかと勝手に思い、やりました」
頭を掻きながら短髪の騎士が答える。
「ほっほっほ、わしは助けてなどおらんよ。ちょうど腰でも下ろそうかと思っとったとこに、たまたま主らが居ただけじゃ。よっこらせ」
と言って、年老いた魔法使いが謎の造形物に座る。
「日陰もあっていいじゃろ?」
「ていうか。もうすぐ日没よ」
「ほッ?」
――そして突然に、けたたましい音が響き渡り。その場に居る全員が驚く。
「なに、これ、煩いわねっ」
手で耳を塞ぎ、少女が言う。
「わッ、フィロ大導師しっかりっ」
***
相手の一振りで持っていた剣を砕かれ、その衝撃で地面に体を打ち付け倒れたセシリアが自分よりも先に負けて意識を失っているクラリスを見てから、オールバックの騎士に顔を向けて言う。
「なんで、トドメを刺さない……?」
「そんな指示は受けてませんので」
「……指揮官は、おまえだろ?」
「いえ、ワタシはただのバイトリーダーです」
言ってオールバックの騎士が、相手に背を向け、歩き去っていく。
「バイトリーダ……?」
セシリアが呟く。と、騒がしい音が向こうの空で上がった。
*
全てを打ち明けた自分の頬を平手で打った後、銀の髪を大きく揺らして相手が。
「――最低」
打たれた事で動いた顔を元に戻し、涙が隠れた、いつか見た目と同じ瞳と向き合う。




