第40話〔乙女の心をなめないで〕⑦
「ヨウジどの」
短髪の騎士が、表情を改めて、自分を見る。
「どういう意味ですか……」
そして何故か照れ臭そうにして相手が言う。
「え?」
「ルールという言葉の意味が、ぼんやりとしか分からないのですが……」
「あっ」
どうしよう。若干どや顔で言った気がする、恥ずかしい。
先頭の集団が交戦を始めると同時に飛び立った赤の団体がメェイデン側の勢力を越えて、自分達の居る本陣に迫っていた。
と盤上の状況を確認していたところに連絡が入り。テーブル上のブローチに触れる。
『――洋治さま。これよりフィルマメントの本陣に向かいます』
「分かりました。盃のある場所までは誘導できますが、人が全く居ないとも限らないので、十分に気を付けてください」
『承知いたしました』
そして交信が終わる。
「ワタシ、緊張して心臓がドキドキしてきました……」
手を胸の前で握り締め、短髪の騎士が言う。
「医者に診てもらえば?」
相手を心配する発言をした少女の方を見て、された当人が戸惑う。
「そんで。とめてもらいなさいよ」
「根本的な問題なので、止まらないと思いますよ」
止まるのは息の根ですよ。
***
風に乗るペガサスが羽ばたく度に高鳴りを増していたマルセラの心音が、メェイデン本陣と中央の平地を線で引く様にして密集している森を目前にして急激な速度で鼓動を打つ。
もうすぐ、もうすぐ。と胸中で繰り返す銀髪の姫の嬉しそうな表情を見て、周囲を飛んでいる隊員達から笑みがこぼれる。其処に――。
「キャ!」
――飛んできた一発の魔力弾を受けた隊員が、ペガサスごと地上へと落下する。
「え、――なに?」
と口にするや否や更に数発の、魔力を圧縮した弾丸が下からマルセラ達の団体に放たれ。乗る馬に当たった隊員が一人、崩れ落ちるようにして落ちていく。
「も、森からですっ、マルセラ様ッ」
名を呼ばれた本人の直ぐ近くを飛んでいる隊員が、叫ぶ様に言う。そして下を見たマルセラが視界に映った新たな光を見て、声を張って出す。
「皆、避けてっ!」
*
本陣の前に在る森の上を通ろうとした赤の団体から点が落ち、また地上で消える。
「凄い、次から次へと。どうして……?」
短髪の騎士の顔がこっちを向く。
「……――不意を突く、っていうのはこういう事です。目的地を目の前にして、最も警戒しなければイケない下からの攻撃を忘れたんですよ」
「先にされたコトの、お返し、てわけね」
「そういうコトでは……」
「でもこのままエリアル導師達が頑張ってくれれば、あとは預言者さまを待つだけで、勝てるかもしれませんよ」
「そうなれば嬉しいですね」
けど、たぶんそうはならない。
***
互いの姿が見える程に上から差し迫ったペガサスを、森の木々の間を通し放たれるリャマの炎が追い払う。
「うわぁん、エリアルちゅわん手伝ってよおお」
そう言った後、魔力で作り出した炎の残り火が燻る枝を見付けたリャマは慌てて手で消そうとするもかえって火が付く結果となり。
「わっわわっわわわ」
手をバタつかせ、いっそう慌てふためくリャマ。の眼前を、火の付いた枝を切って遠くに浚う強烈な風が吹き抜ける。
「わあ」
突風と驚きから思わずひっくり返る炎の導師。しかし直ぐに体を起こし、同じ導師である少女の居る場所に目を向ける。そして其処で、地上に落ちてくるペガサスと人を自身の魔力で受け止める序でに腕章を切るエリアルの姿を見た。
「エリアルちゅわん……?」
***
「アリエル、貴方はここに残ってください」
魔導団のローブを脱ぎ、白のローブを羽織った預言者が戦場から離れた場所の森を前にして、木に馬を繋ぎ止めていた女騎士に、そう告げる。
「え?」
「ここから先は私一人で向かった方が安全です」
ローブのフードを持ったまま被らずに預言者が言う。
「ししかし敵兵が居た場合、預言者様一人では」
「フィルマメントの混乱はまだ続いております。今は本陣も手薄でしょう」
「ですがっ」
「では帰りも頼みますよ」
言って、フードを被る相手が気配どころか女騎士の視界から消える。
***
半数以上が地に落ちたものの、反撃をする機会の増えてきた状況から一時脱して一息をついていたマルセラのもとへ、飛ぶ速度を落として、隊員が寄ってくる。
「マルセラ様、この場は我々で何とか致します。のでマルセラ様は先へ」
「え――でも」
「戻ってくるまでの間、敵兵の注意を引きつけます。ですのでマルセラ様は一刻も早く、想い人の所へと。きっと、お相手の方も待っておられるはずです」
「えっ」
と驚いた後、やや顔を赤らめ、マルセラは相手に照れ臭そうにした。
***
開始早々に出鼻をくじかれ、敵味方入り乱れる戦場で怒り任せに剣を振るうセシリアの傍で鋭く尖った刺突の剣を持ち戦うクラリスが、明らかに他とは違う風貌の相手を見て、動きを止める。
「なんだ?」
その反応から矛先を変えたセシリアが直ぐに相手を見付けて視界の真ん中に置く。
「見た目からして、強そうだな」
口から出た言葉とは裏腹に楽しそうな顔をするセシリア。しかしそれを上回る喜びで微笑むクラリスが相手の前に先んずる。
「――セシリアお姉さま」
「そうだな。マルセラの件もあるし、おまえにやるよ」
「――機嫌取りですか?」
「駄目か?」
「――それはお相手の、――実力次第です」
と言って、クラリスはオールバックの騎士に剣の先を突き出し、構える。
*
後の事を二人に頼み。盃を持って、テントの外に出る。すると――。
「迎えに来たよ、ようじ」
――丁度、相手がおりてきていた。
「早かったですね」
「うん。でも、どうして私が来たって分かったの?」
「翼の音が聞こえたので」
「あ、――そっか」
そして銀髪の姫が乗る馬が地上におり立つ。
「これで、よかったですか?」
持っていた盃を、相手に見せる。
「んー……ねぇ、ようじ」
ム。
「なんですか」
「どうしてメェイデンの盃は、フィルマメントのより黒っぽいの?」
「……――うーん。フィルマメントのを見たことがないので、なんとも言えないです」
「そう。まあ、いっか。――うんっ乗って、ようじ」
「どうやって……? 普通の馬にも、乗ったことがないんですが……」
「え、――そうなの?」
「はい」
「じゃあ、――ハイ」
と言って、相手が馬上から自分に手を伸ばす。
「……ええと、こう?」
相手の手を取る。
ぬわっ。




