第7話〔貴方は あのその斬られたい ですか?〕⑦
「手品を見せれば、わたしが信じると?」
「けど今のは手品にしては……」
「今の手品は、これくらい普通です」
え、そうなの。
だとしたら――いや寧ろ、そう考える方が妥当だ。危うく、異世界だの騎士だのという胡散臭い話を信じて、洗脳されるところだった。
女騎士の方を見る。
「ぇ? ええと……私、なにか失敗をしましたか?」
不安そうにして相手が、こちらを見返す。
ム。――……なにを考えてるんだ、俺わ。人として、最低な裏切りだ……――いや、まだ裏切ってはいないけど――一瞬でも、心変わりしそうになるなんて。
「では、わたしはこれで。無駄な最後でした」
「えっ……」
そして女騎士が切望の眼差しで自分を見る。
他に何かないか……――そもそも異世界ってどう定義するんだ。いきなり説明しろといわれて、できるコトでは――……そう、だ。
「ちょっと待ってください」
「もういいです。わたし、いくところが、ありますから」
「次が最後です。もしそれで納得しなかったら、絶対に引き止めたりしません。だから後一回だけ、チャンスをください」
「……本当に、一回だけですか? また手品だったら、今度は直ぐ、帰りますよ」
「もちろんです」
隣人から転じて、女騎士と目を合わせる。
「アレ、どうなってますか」
「アレとは?」
「えっと……、なんて言えば――あっ、こっちへ、どうやって来たんですか?」
「預言者様の指示に従い、転移装置というもので」
「その転移装置ってのは、帰る時、どうするんですか?」
「出てきた場所に転移空間が残っているので、そこから戻るようにと、預言者様に」
よし。
「つまり今も引き出しの中は、あの変な色の空間になってるってことですよね?」
「そうなります」
更に転じて、隣人を見る。
「ついて来てください」
皆が居る部屋から数歩先の襖を開け、タンスのある部屋へ。其処で、起きた出来事は元に戻される事なく放置されていた。
「二時間くらい前に、ジャグネスさんは突然この中から飛び出してきたんです」
半分以上が抜けて、やや斜めに傾いた引き出しを指して言う。
隣人が、部屋の入り口付近から身を乗り出し、示した物を覗き込む。そして明らかな異常に興味を持ったのか、静かに引き出しの前へと進み、しゃがんで観察をし始める。
「これは確かに」
すると急に片腕を、引き出しの中に、突っ込む。
「え。あ、それ、大丈夫なんですか……?」
「ん?」
動きからして掻き混ぜながらこちらに顔を向ける、隣人の鈴木さん。
「底がない。――よいしょっと」
満足したのか唐突に立ち上がる、隣人の鈴木さん。
鈴木さんて凄い。
「その人が言ってること、信じます。さすがにこれも、手品に見えないから」
「これも……?」
「あ。さっきのも、手品に見えなかったので」
「けどあのくらいは普通って」
「さ。わたし、手品師じゃないんで」
要は試したのか。
「簡単に信用してたら、詐欺られますよ。水内さん」
ム。何故。
と思ったが。いくらでも名前を知る手立てはありそうなので、聞くのも止めた。
「で。わたし、そこの鎧を着た人の世界に、行かないとイケないんですか?」
ぼけっと入り口で突っ立っていた騎士に投げ掛けるようにして少女が言う。そして咄嗟の動揺を隠しきれぬまま女騎士が部屋に踏み入り、小走りで相手に近づく。
「ハ、ハイ! 救世主様が宜しければ、是非にもッ」
なんだろう。最初のイメージから随分と様変わりしたな……。
今や上司にゴマをする部下にしかみえない。
「ところで。わたしが救世主だっていう証拠は、あるんですか? あとで間違いだと言われたら、恥ずかしいんだけど」
実際、体裁は救世主とは程遠い。大事な確認だ。
「それでしたら御任せください。ちゃんと預言者様から。――これを」
言って出す、指先で持てるくらい小さな、黒い球体の石。
「救世主様がこの石を持てば、輝きを放つと言われております。よって、それで判別が出来るのですっ」
ふと思った。もしこれで救世主ではなかったら、この人は元救世主候補に対する態度を変えるのだろうか、と。
「ふーん。じゃ」
奪う様に、女騎士から少女が石を取る。そして――。
お、おお……。
――持った瞬間から石は輝きを放つ。ただ、少し禍々しい。
どう見ても闇の波動みたいなものが出てるんですが。
「正しくッ、救世主様の証ですっ!」
そうなんだ。
「……ま。なんでもいいけど。で、どうなるの?」
「ハイっ救世主様が宜しければ私と共にベィビアへ。そして女神に祈りをっ」
「祈り? わたし、そんなのしたコトないわよ……」
「それは問題ありません。預言者様の仰る通りに行えば」
「まさか。生贄とかじゃ、ないでしょうね?」
「なななっなにを仰るのですかっ。救世主様を供物にするなど、ありえませんッ」
「アンタが知らないだけで、そういう予定になってたら、どうすんのよ」
「そのような事は万が一にもありえません。が、もしそのような事態になったら。この身に代えても、救世主様を御守りすると誓います」
「……――あ、そ。なら、それでイイわ。はい、返す」
「え? わっ」
ひょいと投げられた石が受け損なった女騎士に当たり、足元に転がってくる。その流れで、拾う――。
え。
――と石が輝きを放つ。ただ先のと比較して、かなり小規模なものにはなっていた。
「光ってるわよ」
「いや、でも、光り方が全然違うし。さっきの方が、それっぽかったと……」
「そそそっそうですっ。これはきっとそういうモノというか……絶対にッ、救世主様は鈴木様ですっ。私はっそう信じておりますッ」
ぐいぐいと押し迫る女騎士を鬱陶しそうに押し返そうとする隣人の少女。しかし、さすがに押し切られそうだ。
「分かったっ、分かったからっ、ヤメテっ」
ピタリと止まった女騎士が、ほっとした表情を見せる。
「で。ひとつ、聞いてもイイ?」
「ハイ。なにでしょう」
「なんか条件を、だしてもイイの?」
ム。
「と言いますと」
「ようするに。祈りが終わったら、ハイお帰りなさい、てのはなしってコト」
ああ。
いまいち理解できていない女騎士の代わりに、口を開く。
「祈るかわりに何か報酬が欲しい、ってコトですよね?」
「物分かりがよくて助かるわ、水内さんは」
そして明らかにムッとする女騎士。
「――御心配には及びません。救世主様が祈りを捧げて下さったあかつきには可能な限り、救世主様の要望に御答えする所存です。如何様でも、お申し付け下さい」
「交渉成立ね。じゃ。さっそく、異世界とやらに行きましょ」
ム。
「直ぐですか? さっき、予定があるって」
「そんなのないわよ。分かるでしょ」
つまり試したと。
「けど、行く準備とか」
「はい救世主様の身支度が整い次第で、全く構いません」
「だったら。行けるわよ」
なんだろう。好い方向に進んでるのに、流れについてイケない。
「で。どうすればいいの。この中に、飛び込めばイイわけ?」
「ハイ、仰る通りです」
「入りにくいわね。引き出し、完全に抜いちゃダメなの?」
「おそらく問題はないかと。転移空間はこの物体と定着していますので、箱その物を破壊しない限りは大丈夫です」
「なら抜きますね」
そして特に問題もなく。タンスから引き出しを抜いて、床に置く。
改めて見ても、少し吐き気がする。
床に置いた引き出しは、人が横に並んで入っても大丈夫なくらい大きかった。
「で。水内さんは、どうするの?」
「え?」
「一緒に来ないの? わたしとしては、知らない世界へ一人で行くより、一緒に来てくれた方が嬉しいんだけど」
「なるほど。けど、それはちょっと難しいかもしれません」
「なんで?」
「行くには、許可が要るみたいです」
「そうなの?」
少女が女騎士の方を見て言う。
「救世主様以外を御連れするのは原則禁止とされていまして。一度、向こうへ戻ってから確認を取らないと……」
「面倒ね」
女騎士が申し訳なさそうに、こっちを見る。
「気にしないでください、自分なりに楽しめたので。もし駄目でも、わざわざ戻ってこなくていいですよ」
「いえそれは、約束した事ですので責任を持って」
「ジャグネスさんには大切な使命があります。それを、優先してください」
「あ、ありがとうございます……」
相手がしおらしく礼を言う。
「なに。アンタたち、できてんの?」
「ななっなにを言っているのですかっ救世主様ッ」
「ああもう近いってッ」
斬り掛かりそうな勢いだ。
「このバカ力ッ。行くなら、さっさと行くわよっ」
「バ、バカ……」
ずんと女騎士が落ち込む。
「面倒ね、アンタ。わたし、先に行くわよ」
「あ、その前に私と手を繋いでください」
「なんでよ」
「私と手を繋がないと、こちらの世界へ戻ってしまうからです」
「ふーん。ま、そういうコトなら仕方ないわね。はい」
出された相手の手を、下から掬う様にして女騎士が握る。
「じゃ。行きましょ」
「ハイっ。――あ、その前に」
女騎士の顔が自分に向く。
「必ず、どうなったのかを報告しに来ます。ただ直ぐに戻ってこれるかは分かりませんので、お礼の品をここに置いて行きますね」
そして出したのは、あの革袋だった。
「え、いや、それはちょっと」
「必要がないなら使わずに預かって頂くだけでも構いませんので、どうか」
「それならまあ……」
預かるだけなら問題も――出来るだけ、奥にしまっておこう。
「ここに置きますね」
「は、はい」
女騎士が近くにあった台の上に袋を置く。
「では救世主様、参りましょう」
「はいはい。――あ、待って。忘れてた」
「はい、なにでしょう?」
「アンタじゃなくて。水内さん、ちょっと来て」
よく分からないまま、呼ばれたので近寄る。
「なんですか?」
と次の瞬間、少女が空いていた方の手で自分の二の腕を掴む。そして――。
「ほら、行くわよ」
「「えっ」」
――体が流れて、目の前にあの空間が。で気づいた時には、摩訶不思議なグラデーションの世界に視界は彩られていた。
ハイ?
「なっ、な」
うぉお地面が無ぃ、なんかふわふわするぅう。
「きゅ救世主様っ、もう少しで箱の角に顔をぶつけ、る――ぇ?」
「ま。いいでしょ。事故よ、事故」
いえ確信犯です。
「あの、これ、どうすれば……」
少女を中心にして繋がってはいるが、これで良いのか悪いのか全く分からない。
「えっと。このまま手を離さずにいれば、問題はないのですが……」
「大丈夫よ。いくらなんでも、イキナリ殺されたりはしないでしょ」
エエ。
「こうなってしまった以上は、取り敢えず向こうへ行くしか……」
「すみません」
「そんな貴方の所為では」
「じゃ、わたしが悪いっていうの?」
「もちろん救世主様の所為でもっ」
いや鈴木さんの所為だよ。
と思った途端に視界が真っ白に――で。
「そちらの方は牢へ。但し乱暴にはせず」
「ハイ、預言者様」
白くなって何も見えない自分を両脇から誰かが抱え上げる。