第38話〔乙女の心をなめないで〕⑤
女神杯四日目の、午後の部が始まる三十分ほど前。いつもの場所に戻ってきた後、短髪の騎士が、空いた席には座らず自分の横に立って、言う。
「さみしくなりましたね」
「ですね」
テント内に居るのは現状、自分を合わせて三人。元々騒がしいという程ではなかったものの、物足りなさは感じる。
「ま。勝てば、どのみち、この場所ともおさらばよ」
「それはそうなのですが……」
「――ね。水内さん」
「なんですか」
「じっさいのところ。どう、勝てそう?」
「分かりません。絶対に勝つ、方法は」
「そうじゃなくて」
「分かってますよ。鈴木さんの言いたい事わ」
「あ。そう……――なら」
「五分五分です」
「微妙ね」
「けど、たぶん勝ちますよ」
「どういうコト……」
「なんとなく、です」
「そ、そう」
――だからこそ、気づいてほしいとも思う。
***
「――そろそろ、――戦場盤が元に、――戻るそうです」
盤を前に複雑な心境で腕組みをするセシリアに、クラリスがおっとりと話す。
「そうか。で」
振り返ってセシリアが、盃を見て考え込んでいるマルセラに、目を遣る。
「おまえ、なんで居るんだ……」
「え、――なにが?」
盃から目を離し、相手を見て、マルセラが言う。
「メェイデンの捕虜になったんじゃなかったのか?」
「うん。そうだよ」
「ならなんで居る……」
「戻ってきたの」
「そんな話は聞いてないぞ」
「だって逃げてきたもん」
「は? ……どうやって?」
「ようじが逃がしてくれたの」
「誰だ……」
「へへ。私の、旦那になる人に決まってるでしょ」
はにかんでマルセラが言う。
「――おやまぁ」
茶化す様に、クラリスが口元に手を当て顔をほころばせる。
「おまえな……。後でメェイデンから文句を言われても、知らんぞ」
「それなら大丈夫」
「大丈夫な訳ないだろ」
「ううん。セイセイドウドウ勝てば、いいんだ、よ」
「なんだそれ」
「誰にも文句を言わせないやり方で勝つ、ってコト」
「どうやって?」
「そんなの知らない」
「おまえな」
呆れるセシリア。すると戦場盤が魔力による干渉を受け、光り出す。
「――どうやら、――間に合ったようです」
そして盤上の光景を見て、セシリアは唖然とする。
「――これは」
同様に驚く、クラリス。しかし――。
「そう、いうコト、ね」
――マルセラだけが全てを悟った顔で、そう呟いた。
*
女神杯四日目の、午後の部が始まった。
盤上では、殆どの青が盤の中央付近に集結し来る時を待っている。
「ヨウジどの……」
不安を隠しきれない表情で、短髪の騎士が自分を呼ぶ。
「はい」
「本陣の守りが……」
「――わたしたちしか、いないわね」
「ですね」
「大丈夫なのですか……?」
「分かりません」
「でもヨウジどのには策があるのですよね……?」
「ありません。俺は策士ではないので」
「――え。でも。勝てるのよね?」
「まともにやれば勝てると思います。要は、相手がこっちのやり方に乗ってくるか、です」
「こっちのやり方というのは?」
「単純に、正面から戦力をぶつけ合う戦いです。今は、相手が出てくるのを待っています」
「出てこなかったら、どうするのですか?」
「たぶん最終日まで引っ張られて、敗けますね。最初から相手は判定勝負、逃げきって勝つのが狙いです」
「どうして分かるのですか?」
「メェイデンが強すぎるんです。まともに遣り合ったら、勝てません」
「――だったら。余計に、出てこないんじゃないの?」
「出てこなかったら、こっちの敗けです」
「水内さんは、どっちだと思うの?」
「俺は……――出てきてほしいです」
ただ、できれば来てほしくはない。
***
「ね。お願い、フィルマメントもメェイデンみたいに全軍出してっ」
マルセラが手を合わせ、再々の懇願をする。
「駄目だ」
「……どうして?」
「ちゃんと説明しただろ……」
「違うよ。私がこんなに頼んでるのに、どうしてダメなのってこと」
「あのな……。正面からじゃメェイデンに勝てないから、ちまちまやってるんだぞ。今更やり方を変えられるかッ」
「でも見てよっ、メェイデンの戦力はフィルマメントの半分も残ってないんだよっ」
盤を指してマルセラは言う。
「だとしても駄目だ」
「どうしてっ」
「駄目なものは駄目なんだッ」
顔を寄せてマルセラとセシリアが睨み合う。其処へ、一人の兵がやって来る。
「セシリア様、偵察兵からの報告を……」
テント内に入った兵が、場の空気を察し、身の置き場に困って口を噤む。
「――続きを、――お願いします」
そうクラリスに促された兵が、返事をした後、手に持っていた紙を持ち直して口を開く。
「偵察の結果、メェイデン陣営が残存戦力を投じているのは確かなようです。ただ……」
「ただ、なんだ?」
睨む相手から転じ、セシリアが兵に顔を向けて言う。
「ローブの様な物を着ている兵が……」
「あ、――それ魔導団のローブ。きっとエリアルでしょ」
「導師か。狙いはペガサスだ。のこのこと出ていく訳にはいかないな」
「それなら大丈夫。エリアルに気を付ければいいだけだから」
「いえ、それが……、半数近くが、そのローブを着ていました……」
「え、――どういう事?」
「当然かく乱だろ。他の魔導団員と区別ができないようにしてるんだ。――……いやまてよ。いま、半数近くって言ったか?」
「はい言いました」
「メェイデンの残り戦力は半分が魔導団員てことか……――しかも本陣は、空……」
「――いえセシリアお姉さま、――後方の森に二十名ほど、――兵がおります」
「まあ問題ないだろ。それよりも、だ」
と言ってセシリアが、マルセラの顔を見る。
「え――なに?」
「セイセイドウドウてのは、よく分からんが。わたしの言う通りにするって約束をすれば、出してやってもいいぞ、兵を」
「約束するっ」
「絶対だからな」
「ぜったいっ」
そして両手を上げて喜ぶマルセラの前で、にやりとセシリアは笑う。
*
「マジ、出てきたわよ」
「ヨウジどの、凄い……」
予定より遅い。時間的に不安だ。ただ、いずれにしても――ここからだ。




