第37話〔乙女の心をなめないで〕④
女神杯四日目の、午前の部が終わり。午後の決戦を前に、味方本陣で預言者と二人、歩く。
「アリエル達は最後の戦いに備えて、先に向かったユーリアや聖騎士団と合流をしているはずです。私達も、そこへ」
「分かりました」
「着いたら私も、午後に間に合うよう準備を始めます」
「すみません。預言者様の手まで借りる事になって」
「いいえ。もとはといえば私の軽率な発言から生じた不祥事、ですので万一私の身に何かあったとしても、洋治さまは御心を痛めぬよう、お願いします」
ム。
返事をするため立ち止まる。と相手も足を止めて振り向き、頬を緩める。
「何か、あったのですか?」
「――え?」
「マルセラ様と、どのようなお話を」
「あぁ。――どうしてそんな事を聞くんですか」
「洋治さまの様子を見て。私の勘で」
「なるほど」
「何か、吹き込まれましたか?」
「そういう事はなかったです」
「では何が?」
「……――預言者様は、自分の思った通りにならなかったら、嫌ですか?」
「随分と唐突な質問ですね」
「すみません」
「いえ。――……そうですねェ。やはりイヤですね」
「どうしてですか?」
「私、こう見えて結構ワガママなので」
寧ろ、どう見られていると思っているのかを知りたい。
「洋治さまの方は、どうなのでしょう?」
「俺は、どっちでもいいです」
「具体的には?」
「自分の希望と結果が違っていても、構わないというコトです」
「それで納得をされるのですか?」
「納得の前に、否定する理由はありません。結果が伴わない事は、普通です」
「ならば何故そのような問い掛けを、私に」
ム、確かに。
「――洋治さま」
「はい?」
「犠牲とは付き物です。自分が何かを得れば、他の誰かは、それを得る事が出来ません。逆もまた然りです」
「ならどうして、それを受け入れないんですか。最初から自分の思う通りになると、失敗した時の事も考えないで、なぜ笑っていられるんですか」
「……なるほど。洋治さまは、マルセラ様の事も心配しておられるのですね」
「いや、そういうつもりでは」
「駄目ですよ」
と言って相手が、これまで向けられたコトのなかった厳しい目で、自分を見る。
「お気づきではないかもしれませんが。皆にとって、洋治さまの存在は非常に大きいのです。勝手な都合で居なくなられては、困ります」
「……――それは、大丈夫ですよ」
「おや、珍しい。断言をなさるのですね。何か、理由があるのでしょうか?」
「なんとなく、です」
「なるほど。洋治さまらしい理由です」
どういう意味だ。
「それに、預言者様や鈴木さんに、これ以上迷惑はかけたくないので」
「何の事でしょう?」
「ジャグネスさんだけではなく、王様までつかって、俺を動かそうとしましたよね?」
「はて、アリエルは仕向けましたが。私、王は知りませんよ」
「え。ほんとですか?」
「はい。私が、あのような筋肉馬鹿に頼る訳はありません。そもそも、王は女神杯に参加できませんよ」
だとしたら、本当に何をしに来たんだろ。
耳は尖っていないが、一見してファンタジーな世界に登場するエルフの様な雰囲気をした相手が薄緑の髪を揺らしながら自分にしてきた質問に、何人かが身動ぐ。
あれ。この感じは。
「どうかされましたか?」
答えを返さず黙っていた自分に、相手が心配して声を掛けてくる。
「い、いえ」
今回は部位と指定はない。ただ髪は避け、思った事を言うしかない。
「えっと。単純に――」
周りの反応をさり気なく、窺う。
「はい」
「――肌が、綺麗だなと」
そして何人かが小さくどよめき。相手は恥ずかしそうに頬を染めて俯いた。
え、え?
最終的に誤解を解いた相手の、遠ざかる姿を見送りながら――。
「どうして先に言ってくれなかったんですか……」
――隣の預言者に苦情を言う。
まさか肌を褒める事が、プロポーズを意味するとは考えもしなかった。
「私としては、毎度自覚なく女性を誘惑する洋治さまに、問題があると思うのですが」
「そんなコトはしてません」
と言ったとこで、やや機嫌の悪い顔をした女騎士が迫ってきて自分に顔を近付ける。
「ヨウっ」
近い。
「……はい」
「当分キレイは禁止ですッ」
「――……分かりました」
「おや。それは全ての女性に対して、でしょうか?」
「勿論ですっ」
「ならばアリエル。貴方に対しても、ですね」
「ハッ。――ええと、……私は、対象外……で」
「分かりました」
答えて。直ぐに――。
「ちょっと待ちなさい。それは卑怯よ、アンタ」
――近くで様子を見ていた少女が前へ出て、言う。
「きゅ救世主様っ」
そして――。
「ヨウは皆の」
――姉の横で妹が、呟く。
「エリアル、貴方……?」
更に――。
「おやおや楽しそうですね。私も参加しましょう」
――と言って預言者、と――。
「ワタシも……」
――短髪の騎士もが一致団結し、冗談まじりの反対運動が始まる。
「よ預言者様っ。――……」
「ひッ」
何故か短髪の騎士だけ、向けられた顔を見て、小さな悲鳴を出す。
――というか。こんな事をしていて、午後から大丈夫だろうか。
「しかし本当に断って、よかったのですか?」
直に始まる聖騎士団の集会を前に、預言者が聞いてくる。
「なにがですか」
「先ほど洋治さまが口説いたリエースの、魔導団長の提案です」
質問の意図は分かるが、その前に。
「全く以て、口説いてないです」
というか居なくなったからいいものの、居たらまた一悶着起きそうな発言はヤメてほしい。
「――せっかくの申し入れを断ってしまったのは、心苦しいですが。リエースは褒賞として、フィルマメントに協力している訳ですから。それに、午後からは奇襲なんてしてる暇、向こうにはないですよ」
「洋治さまが、そう仰るのであれば」
「――あ。来たわよ、サバ読み」
ム。
総勢二十名。少数ながらも国の最大戦力とまで称される精鋭の部隊を率いる一人の騎士が、同じ聖騎士の前で天を衝く様に剣を掲げ、口を開く。
「接客は、笑顔で元気よくッ!」
ハイ……?
次いで騎士達が声を張り上げて復唱する。
「接待は、お客様の立場になってッッ!」
次いで騎士達が復唱する。
「おねだりは、下から上目遣いでッッッ!」
次いで騎士達が。
「そしてセクハラには、鉄拳会計ッッッッ!」
エエ……。
「いやぁ。意味はよく分かりませんでしたが、とにかく凄い気迫でしたねっ」
短髪の騎士がしみじみと述べる。
「さすがはメェイデンが誇る騎士団です」
手の平を打ち合わせて、楽しそうに預言者が言う。
完全に国の誇りをバイト扱いしているのだが……。
「ほんと、バカばっかね」




