第36話〔乙女の心をなめないで〕③
女神杯四日目の午前の部が残すところ、あと一時間を切った頃、テント内にまで聞こえてきた覚えのある騒がしい声を耳にして、咄嗟の判断で二人に声を掛ける。
「――鈴木さん、――ホリーさん」
呼んだ二人が直ぐにこちらへ顔を向けて、応答した。
「はやくメェイデンの指揮官を連れてきて、よっ」
外に出ると初めて会った時以来だというのに、声だけで誰が来たのか分かるほどの人物が一般兵を相手に押し迫っていた。
なんで――イヤ、そうか。
「申し訳ございませんマルセラ様っ。お、おそらく、こちらにはいらっしゃるかとっ」
「そう。ならはやく!」
「ハイっ」
と相手を急かす銀髪の姫の服を、隣に立っている魔導少女が小さく二回引っ張る。
「え、――なに? エリアル」
そして魔導少女が指の先をこちらへ向けて差し出す。
ム。
「あ、――ようじ」
相手が自分に気づき、そう言う。
「お久しぶりです」
「う、うん。ああれ? 指揮官て……」
と相手が、偶然隣に立っていた、オールバックの騎士を見る。
「うん。そんな訳ないよね」
言って、銀髪の姫がオールバックの騎士に近づいて行く。
「貴方がメェイデンの指揮官、ね」
相手の顔を指して、銀髪の姫が言う。
「……――何か」
「どういうつもり?」
腰に手を当て、やや前傾した姿勢になって銀の髪を揺らす姫が相手に問う。
というか。
「なんでマルセラさんが、ここに居るんですか?」
「え、――なにが?」
「マルセラさん、女神杯では敵国ですよね。こっちはメェイデン側ですよ」
「うん、知ってるよ」
「ならどうして」
「捕虜になったの。だから好きにしていいでしょ?」
いい訳ない。
「――マルセラ様。捕虜として投降したのであれば、相応の立場を演じていただく必要があります。そうでなければ、自国にとって不利益を生むやもしれませんよ」
オールバックの騎士と共にテントから出てきていた預言者が、一歩前に進み、言う。
「え――どうして?」
「捕虜でありながら王女という立場を利用して敵陣で自由に振る舞う。後々どのような因縁を付けられたとしても、文句は言えませんよ」
これまで、冗談まじりに言うことはあっても、決して具体的に相手を圧する事をしなかった人物が初めて見せる露骨な態度に、銀髪の姫共々動揺で顔が強張る。
「フェッタ様。私――」
と相手が何かを言おうとした途端――。
「ヨウジどの、ジブン考えたのですが」
――テントから短髪の騎士が盃を持って出てくる。
「いいから、戻しなさいよ。どうせ、もうすぐ終わるんでしょ。――ん?」
次いで出てきた少女が、状況を察したように具合の悪い顔をして――。
「……オジャマ、みたいね。ほら。戻るわよ、ダメ騎士」
「わわっ」
――再びテントの中へ、短髪の騎士を強引に引っ張って、入っていく。
「いまの、なに?」
「マルセラ様はお気になさらず。それよりも他の捕虜同様に収容テントへお連れいたします」
「あ、うん。でも自分で行くわ。場所なら、もう知ってるから」
あからさまに気落ちする銀髪の姫が、俯き気味に、そう言う。
「そういう訳にもいきませんから。よかったら、自分が一緒について行きますよ」
「なんで? 私が逃げるかもしれないから?」
「いえ、単純に暇だからです」
「……そう。でもいい」
ム。
「マルセラ様。先ほども申しましたが、こちらのやり方に従っていただかなければ困ります。それに、殿方の申し出を断るのは無粋ですよ」
「……――そう、ね。分かった」
渋々というよりかは複雑な心境を抑え込むようにして、相手が受け入れる。
***
戦場盤を睨み付けるように見詰めていたセシリアが、隣に居るクラリスにも分かるほど機嫌の悪い顔で、口を開く。
「なんで、こうなる」
「――捕虜とは、――また原始的ですね」
「本当に、マルセラも捕まったのか?」
「――報告では、――そう聞いています」
「あのバカ……」
「――しかし、――どうして、――あの場所が分かったのでしょう」
結果、盤上の敵勢力は通常どおりに映し出されている。
「だとしても、まだ敗けた訳じゃない」
「――はい。――しかしマルセラが心配です」
「なにか考えるか……」
「――セシリアお姉さま」
「ん、なんだ?」
「――午後から、――わたくし、――戦場へ」
「なんで、おまえが」
「――捕虜には捕虜で、――返していただきましょう」
そう言って静かに微笑むクラリスを、セシリアは不気味に感じた。
*
収容テントの前で楽しそうに笑う相手が、話の結末をつけるようにして――。
「約束よ。ぜったい忘れないで、ね」
――と腰に手を当てて、言う。
「はい。けど乗ったことないので、最初はゆっくり飛んでくださいね」
「うん!」
さてと。
「では、そろそろ行きます」
「あ――うん」
そして来た道に踵を返そうとした途端――
「ようじ」
――と呼び止められる。
「はい、なんですか?」
「本当にあとで逃がしてくれるの?」
「逃がすのではなく。たまたま、そういう機会ができるだけですよ」
「う、うん。でもいいの?」
「聞かれても困ります」
「そう、ね。――でもそれなら、ようじも一緒に来ない?」
「一緒にですか」
「うん。そっちのほうが、早く約束も果たせるよ」
「そうですね。けど、やめときます」
「どうして?」
「後々因縁を付けられたら、マルセラさん達が困りますから。それに、行くなら正々堂々と行きたいので」
「セイセイ……? なに、それ」
「誰にも文句を言わせないやり方で、って意味です」
「そう。――うん、分かった。そうする、ね」
「はい。では」
「うんうんまた、ね」
テントの前に戻ると何かが終わった後の様な雰囲気漂う中、預言者が待っていた。
「一足違いでしたね」
相手が一言目に、そう言う。
「なにがですか?」
「先ほどまで、アリエルと一緒にリエースの方々が謝罪を兼ねて挨拶に来ていたのです」
あ、なるほど。
「謝罪?」
「ええ。リエースとしても、今回の加担は本望ではないそうです。しかし褒賞という規則故、許して欲しい、と」
「そうですか。――預言者様」
「はい?」
「ありがとうございます」
「おや、何のお礼でしょうか」
「さっきの、演技ですよね」
「はてさて何の事でしょう。私は、私の思うコトを言ったまでですよ」
「……――分かりました。そういうコトにしておきます」
「はい。そういうコトに、しておいてください」
相手が手を小さく打ち合わせて、言う。
「それと、お願いが一つ増えました」
「お聞かせください」
「マルセラさん達だけではなく。捕虜になった人達全員を、返してあげてください」
「ふふ。洋治さまならそう言うと思い、既に手配済みです」
「え。そうなんですか?」
「はい、そうなんです」
「けどもし、俺が何も言わなかったら、どうするつもりだったんですか?」
「おや、それは盲点でした」
「まじですか」
「マジです」
「なら今の話はなかったことで」
「マジですか」
「うそです」
「うっそーん」
うそん。




