第34話〔乙女の心をなめないで:四日目〕①“イラスト:ユーリア”
女神杯、四日目の朝。テントの前まで一緒に来た姉妹の姉が別れ際、心なしか不安な表情をして、自分を見る。
「ちゃんと、寝れましたか?」
「正直に言いますとあまり……」
そう言う姉の横では、ボサボサ髪の妹が寝惚け眼をこすり眠気と戦っている。
「ジャグネスさん」
「はい」
「あんまり言いたくも、聞きたくも、ないとは思いますが。大事をとって、先に話しておきたいことがあります」
「はい、何でしょう?」
「昨晩の打ち合わせ通り、女神杯は今日で決着をつけます。けど、絶対に勝つ自信はありません。敗けた場合、俺はフィルマメントに行く事になると思います」
最後の部分に反応して相手が口を開くも直ぐに閉じ、話を聞く姿勢を保つ。
「前に言ったと思いますが。俺は、できれば行きたくはないです」
「勿論です。ヨウをフィルマメントになど連れては行かせません。必ず私が守ってみせます」
「――前にも、同じ事を言ってましたね。俺を、守るって」
「はい。私が心で決めた事です。何があったとしても、変わりはしません」
「……そうですか。――ジャグネスさんは、いつも真っ直ぐですね」
「そうでしょうか、私よりもヨウの方が何かと真面目だと思うのですが」
「いえ、そうではなくて……――気持ちが、前向きって意味です」
「なるほど。そう、なのでしょうか?」
「と、俺は思います」
そして暫く互いを見つめ合う。
「――ジャグネスさん。俺はジャグネスさんの、その真っ直ぐなところが、少し苦手です」
「ぇ」
「嫌いという意味ではありません。ただ、感情を押し付けられるのは昔から好きではないんです。根拠の無いものは、特に。その上で更に期待されるコトは、ハッキリ言って、苦痛ですらあります」
「わ私は、ヨウに何かを強要したい訳では」
「それは分かっています。けど、自分のしている事が自分の思っている通りに、伝わる訳ではありません。相手がどう思うかは、相手が決める事です。そういう意味で、ジャグネスさんのしている事は俺にとって」
「ま、待ってください。それより先は」
言って、相手が下を向く。
「どうして、そのようなコトを、言うのですか」
「ジャグネスさんが俺の事を知りたいと、前に言ったからです」
「そうではありません。どうして、今、言うのですか。私はこの後、ヨウを守る為に戦わなければならないのに。今そのような事を言われたら……」
「戦う理由が、なくなりますか?」
「違います。先ほども言いましたが、私の決心は何があっても変わりません。例えヨウに、好まれてなくとも、この身はヨウに捧げると心に誓ったのです」
途中から顔を上げて、自身の胸を手で強く押す様にして話す相手が、初めて会った日を思い返す力強い眼で、自分を見る。
――ああ、そういうコトか。
「分かった気がします」
「え?」
「俺は、ジャグネスさんの事を好きではないと言いたかった訳ではなく。ただ今日の結果が決まる前に、確認をしたかったんです」
「……確認? 何のでしょう」
「自分の気が向いている、人、です」
相手が、いまいち分からないといった顔をする。
「女神杯に口を出すのは、ジャグネスさんにお願いされたからでも、誰かに後押しされたからでもありません。俺が、それを望んでいるからです。でなければ、自分を強引に納得させたりはしなかったはずです」
「……ですが」
「真っ直ぐなところが苦手だと言ったのは本当です。けど、それも含めて、ジャグネスさんだと思っています」
「私、ヨウが嫌がるのなら」
「いいですよ、直さなくて」
「でも……、ヨウに嫌われたくはありません」
「たぶん嫌いにはならないですよ」
「そんなのは分かりません」
「――俺も、ジャグネスさんと同じです」
「私と同じ?」
「好きな相手の事は、全部ひっくるめて、そのままを受け入れたいんです」
と言った途端、まるで時が止まったかの様に相手の体が固まり。
「ジャグネスさん?」
相手が、全体的にぎこちない動きで口を開く。
「イ、イマ、なん、と」
「なにがですか……」
「好きな、相手、と」
――あ。
「いや、そういう意味で」
「私と同じ、で、好き……?」
マズい、嫌な予感が。
「先ずは落ち着きましょう。今は、鎧も着てますし」
言いつつ自然と足は一歩後ろへ。そして相手が、何故か一歩前へ。
「今一度、今一度ハッキリ、と」
そう言って相手が、前に出した手をわなわなと動かし、また一歩自分に近づく。
「けど――」
駄目だ、逃げよう。
「すみません」
と逃げ出す。しかし――。
「逃がしません」
――一瞬にして相手が振り向いた先に。そして――。
「ちょっ」
――どこからともなく、鈍い音がした。
隣に座った少女が、ぱちくりと目を瞬き、聞いてくる。
「なにがあったの……」
「死ぬかと思いました」
「死ぬほど寝違えるって、スゴイわね……」
しかも下手すれば今晩にでも続きがあるかと思うと、生きた心地がしない。
「洋治さまにお願いされた品、この様な物で、いかがでしょうか」
そう言って預言者が箱の蓋を開けて、中身を取り出し、テント内の皆に見えるよう持つ。
「えっ、……盃? え? え、えっ?」
短髪の騎士が預言者の持つ物とテント内にある物を交互に見比べて、とまどう。
「似てるっていうかは、ほぼ一緒ですね……」
若干くすんではいるが。
「ええ。何と言っても盃をつくったのは、私の血族ですからねェ」
「なるほど」
「しかし偽物を用意したところで本物は戦場盤に映っておりますし。どのようにお使いを?」
「そのまま、使います。ただの時間稼ぎですから」
「ほうほう」
「――大導師様の方は?」
「ほっほっほ。沢山あるよ、好きに使いなさい」
長い髭を触りながら年老いた魔法使いが言う。
「ありがとうございます。――ちなみに、二人には?」
「ばっちりじゃ」
「分かりました」
――で。
「タルナートさんの方は? 預言者様に言付けをお願いした分なんですが……」
テント内で預言者の傍らに立っている、オールバックの本人に聞く。
「申し分なく」
口数の少なさを物語る雰囲気で、相手が返答する。
というかなんで居るんだろう。
「ていうか。なんでサバ読みが、いんの?」
サバ読みという言葉に、オールバックの騎士が微妙に体を揺らす。
「――サバ読み? なんでしょう、それは」
そしてオールバックの騎士が顔を曇らせる。
「け、けど使える網があって、よかったです。無いと困るので」
「やはり網を使用するということは、洋治さまは敵兵を捕らえるお積もりなのでしょうか?」
「そうですね。網は、その為に使います」
「うまくいけば、よいのですが」
「たぶん大丈夫です。妹さん達なら」
「――ついでに魚でも捕って、アンタの店で、出せば?」
オールバックの騎士をニヤついた表情で少女が見る。
完全に悪意があるな。
「ええと、勝てるかは分かりませんが。打ち合わせ通りに今日、勝負を仕掛けます。できれば勝ちたいので、皆さん宜しくお願いします」
「はい、微力ながらお手伝いをさせていただきます」
「ま。敗けても、ごねてやるわ」
「ジブンも、役に立てるのであれば……」
「ほっほっほ」
最後にオールバックの騎士が頷く。
「勝ったら。打ち上げは、アンタの店でやるからね」
あ。
「そういえば新メニューはどうなりましたか?」
「いやァおかげさまで大好評で店も大盛況――あっ」
あ。
「へぇ。それは、よかったわね」
「はぃ……」
ごめんなさい。




