第33話〔ジブンの存在意義について悩み中です〕③
女神杯三日目の午後の部が、午前と同じ顔ぶれと場所で、始まった。
盤上では青が助言した通りに陣を形作り、赤の襲撃に備えている。
「随分と変わった配置ですね。いったいどのような意図があるのでしょう?」
白のローブを着る預言者が口元に指を添えて、興味あり気に聞いてくる。
「深い意図はないですよ。一応、自分の居た世界では代表的な陣形ではありますけど」
「へぇ。水内さんて、そういう知識もあるんだ」
隣に座る少女が盤の様子を眺めながら、言う。
「ないですよ。たまたま知ってたのを思い出しただけです」
「え。そんなので、大丈夫なの?」
「これだけでは駄目ですね」
「では他にも何か策が?」
「戦略と呼べるほどの対策は、そもそも素人である自分には思い付きません。なので、同じ舞台で戦う気は毛頭ないです。やるなら、別の方向から攻めないと」
「と言いますと?」
「まぁ相手は上から見てるみたいですし。攻めるとしたら、見えてないところから、ですね」
***
テント内に入ったクラリスは戦場盤を見詰めるセシリアに近づき、声を掛ける。
「――セシリアお姉さま、――皆が、――指示を待っております」
「ああ。分かってる」
今一つハッキリとしない返事をするセシリアに、クラリスは盤の様子を見たあと、再び話し掛ける。
「――敵の意図を、――汲み取っておられるのですか?」
「まあな。警戒するに越したことはないだろ」
「――各隊には、――なんと?」
「しばらく待機だ。もう少し様子を見てから、判断する」
「――分かりました」
そしてクラリスは指揮官の意向を伝える為、ゆったりと足を動かした。
*
午後の部が始まってから一時間と少しが経過した頃、ちらほら赤い点が見え始める。
「そろそろでしょうか」
盤の様子を見て、預言者が言う。
「で。どう攻めるの?」
待望の瞬間とばかりに、ややニヤついた顔で、少女が聞いてくる。
「攻めません」
「え。――なんで?」
「この陣形は守りに特化しているので、基本は攻めません」
「じゃ。どうやって、勝つの?」
「知りません」
少女の体が、がくりと揺り動く。
「ちょ。ふざけないでよ、水内さん」
「ふざけてませんよ。絶対に勝つ方法は、知らない、と言っただけです」
「それは分かってるわよっ。そうじゃなくて、勝とうとは、してるんでしょ……?」
「もちろんです」
「なら。どうやって?」
「隠すほどの内容ではないので、お話ししてもいいんですけど。まだ分からない事もあるので、それが分かるまでは待ってください」
「ん。分かった。で。その分からないコトってのは、なんかわたし、手伝えたりする?」
「そうですね。一緒に、考えてもらえますか」
「いいわよ。どんな内容?」
「相手に気づかれずに、近づく方法です」
「――もしやそれは、フィルマメントの奇襲に関する悩みでしょうか?」
預言者が体ごと、こちらを向く。
「はい。それを今日中に、解決したいと思ってます」
というか、しないとマズい。
「それでしたら私、心当たりがございます」
「え。本当ですか?」
「はい、午前中にお話をしたリエースに、関係があるのではないかと思っております」
「どういうコトですか?」
「実は私が着ているこの気配隠しの衣は、前回の女神杯でリエースから褒賞としていただいた物なのです」
「気配隠しの衣……?」
「このローブのことです」
言って、相手がローブを軽く引っ張って見せる。
「そういえば預言者様って、突然現れたりしますよね」
「それは私の影の薄さから生じる、自然現象です」
「……――で、その、ローブがあれば、相手に気づかれず近づく事ができるんですか?」
「私が着ているローブの性能では無理かもしれません。ですが、リエースの力を借りているのであれば、可能性として有り得るかと」
「なるほど。――ただ確証を得るには、まだ不十分ですね」
「申し訳ございません。心当たりなどと、少々思い上がってしまいました」
「いえ、そんなコトないですよ。――それに戦場盤の件が分かったのは預言者様の見解があったからこそ、ですし」
「分かった? 洋治さまは、盤については既に確証を得られたのですか」
「そうですね。少なくとも兵の配置は完全にバレてますね」
「是非その根拠を、お聞かせ願えますか」
「単純な理由ですよ。午前にあれだけ攻めておいて、しかもこっちが配置を変えた途端に直ぐ反応してます。せめて偵察をする、振りだけでもしておかないと。盤だけを見て指示をしている、いい証拠です」
「つまりこの形は、様子を見る為に用いた、適当なものだったと」
「そうではないです。これはこれで意味があります。今までの、部隊ごとに分けるやり方では出来なかった急な対応も、魔導団員を各方面の騎士団に加えて配分すれば直ぐ対処できます」
「しかし爆弾の方は?」
「落とされる前に、ヒモを切って落とせばいいだけの話です。盤にも映りますし、何より目視しやすいので、大した脅威ではないです」
「見落とす可能性も」
「こっちには通信石があります。タルナートさんに貸したホリーさんのブローチと戦場に居る妹さんの分で、情報の伝達は相手側よりも遥かにはやいです。あと――」
「あと?」
「……いえ。今はまだ、言うのは止めておきます。それより逆に質問をしてもいいですか?」
「ええどうぞ」
「女神杯で、失格以外に相手を退場させる方法は……?」
「そうですねぇ。――捕虜、として敵兵を捕らえることはできますが」
「え。捕虜にして、いいんですか」
「投降する意志があれば、ですが。何と言っても死んだところで、蘇りますからねぇ」
「なるほど……。――分かりました。ええと、預言者様」
「はい、なんでしょうか」
そして年老いた魔法使いを見る。
「大導師様」
「ほッ? ゲホゴホ」
突然、名を呼ばれて慌てた相手が咳き込む。
「二人にお願いしたい事が」
「ゲボゴバガバッ」
だ、大丈夫……?
***
午後の部、終了間際。これまでとは打って変わり、終始攻めあぐねた合戦の最後に盤上を駆け回る密集した青の集団を見て、状況を把握できずにいたセシリアのもとに、飛び込むようにしてマルセラがやって来る。
「ちょっとッなによ、あれ!」
「落ち着け。それでとにかく、状況を説明してくれ」
「ぜったいッバカにしてる!」
「だから落ち着けってッ」
「だってだってだってメェイデンの旗を持って走り回ってるんだよっ! ぜったいッバカにしてる!」
「な、なにぃ?」
「なんでなんで勝ってるのはこっちなのにィ!」
そして怒りを捲し立てる相手にたじろぎながらセシリアは、宥め役となるもう一人の妹を探して辺りを見渡した。
*
三日目終了の合図が鳴り、椅子に座って器用に寝ていた短髪の騎士が目を覚ます。
「――よく、寝ましたっ」
「アンタ、ほんと、なにしに来てんの……」
呆れ顔をして、少女が相手に言う。
「じつは最近、ジブンの存在意義について悩み中です」
「もしかしてそれで、夜に寝てないとかではないですよね?」
「えっ、なんで分かるのですか」
「……」
「――ダメ騎士」
「はいッ」
「ダメ騎士ダメ騎士」
「はいッはいッ」
なるほど。そういうのもあるのか。




