第32話〔ジブンの存在意義について悩み中です〕②“イラスト:シャロン”
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女神杯三日目の午前の部、終了の合図が鳴って十分ほどが経った頃、一人ぼけっとテント内に居る自分の所へ、予想だにしなかった人物がやって来る。
「む。其方一人か?」
どこぞの傭兵や剣闘士を思わせる恰好をした筋肉質な大男が、出入り口となる垂れ幕を若干通り難そうにして潜った後、そう言った。
***
「で。なんか考えあんの、フェッタ」
本陣内の草っ原を他二人と横並びになって歩く少女が、白のローブを着た右隣の預言者を相手にして、聞く。
「はい。全く、御座いません」
特に申し訳なさそうな素振りも見せずに、預言者は答える。
「え。マジ」
「マジです」
自分の方を見る少女に落ち着いた態度で、預言者は前を見たまま、言葉を返す。
「どうすんの。もとはといえば、安請け合いした、フェッタのセイでしょ」
「仰る通りです。まさかこのような事態を招くとは露も思わず」
「もし水内さんを盗られたら、どう責任を取るつもりよ」
「さすがに負いかねます」
「……逃げるつもりじゃ、ないでしょうね」
「ひとつの手、でしょうか」
「蹴るわよ」
「少々冗談が過ぎました」
「わたしは、冗談じゃないからね。イヤなら、なんか考えなさいよ」
「しかし答えはとうに出ております」
「そ、ね。ようは、どうやって水内さんを説得するか、でしょ」
「やはりここは正攻法で」
「ん。どういうこと?」
「洋治さま相手に回りくどいやり方をしては、かえって頑なに。ですから小細工は弄さず真っ向から願える者の協力を仰ぎましょう」
「それって」
「はい。アリエルです」
「微妙に、当て付けになってるんだけど」
「申し訳ありません。ですが乙女心は一先ず、忘れましょう」
「気楽に言ってくれるわね」
「皆の洋治さまを守る為にも、堪えていただけますか」
「ま。しょうがないわね。――で。ダメ騎士」
横を歩く相手の方を見て、少女が声を掛ける。
「はい?」
「アンタ、さっきから静かね?」
「別に普通です……」
「もしかして。疑ったコト、根に持ってんの?」
「そんなコトは……」
「悪かったわね。疑って」
「……え?」
驚きのあまり思わず短髪の騎士は聞き返す。
「いま、なんと?」
そう聞いてくる相手を、少女は煩わしいという気持ちを込めて、鋭く睨む。
「はいッ」
*
隣に座る巨漢が手で持って見せる、一枚の写真に写った人物を見る。
「これはシャロンが、騎士になった時に撮った記念写真だ」
相手の言葉通り。写真の人物は、やや時代を感じさせる恰好をしていて、自身の剣を地面に突き立て、気持ち億劫そうな表情をしていた。――ただ、それよりも。
「若いですね」
「最年少で騎士になったからの。歳は、十三だったか」
「え、十三……? 凄いですね」
平均を知らないけど。
「うむ。未だに、記録は塗り替えられておらんからな」
「やっぱり、強かったんですか?」
「ふむ。そうだの……この時は、ソコソコ、だな」
この風貌で言うソコソコは全く想像が付かない。
「まあ、今のアリエルよりは弱かったであろう」
比較対象が、新人に対して現役の騎士団長なんですが。
「しかし騎士団長になった後のシャロンであれば、アリエルとエリアルが二人で挑んだところで、手も足も出んわな」
「まじですか」
しかも母娘そろって騎士団長。
「うむ。よく分からんが、マジだ」
「――その時の写真はないんですか?」
「ない。シャロンは写真を撮られるのが嫌いだったからな。あるのもこれ一枚だけだ」
「なら二人に、似てますか?」
「そうだの。どちらかと言えば、アリエルは母親似だのぉ。エリアルは、ワシに似ておる」
「……なるほど。――なんというか。二人が強い理由が、分かった気がします」
「そういえば其方は、以前会った時にも、そんなことを言っておったの」
「そんなこと?」
「其方の目には、娘が強い女に見えるのか?」
「それは、まぁ……」
「ワシの目には、強い娘の姿など、見えんのだがな」
相手が、目を細め、自身の顎を触りながらに言う。
「なあヨウジよ。強さとは、なんだ?」
ム。
「一括りには言えません」
「では弱さとは、なんだ?」
「それもなんとも言えません……」
「ならば如何にして、強い女だと思うのだ」
「単純に、強いからです」
「ほう。しかし単純に強いとは、なんだ?」
この流れ、終わりの見えない質問攻めが始まって。
「まあそんな事はどうでもよいか。ワシもよく分からんしの」
エエ。
「だが強いという事は、それだけ弱いとも言える。真の強者など、おらんからな」
「けどジャグネスさんは強いですよ」
「ん? ああ。本人が、そう言ったのか」
「言ってません」
「ならば直接、聞いてみろ」
「なにを……?」
「助けを乞うて、おるかだ。真の強者であれば、弱き者の助けなぞ必要とはすまい」
なるほど。
「納得はしておらんが。ワシは其方の考え方を否定した訳ではない。――しかしだ。惚れた女が助けを求めても心根を貫く事は、誠実とは言わんぞ」
帰り際に相手が、垂れ幕の前で振り返り、そう言う。
「いえ、その。惚れたってのは、まだ……」
「ん? ああ。細かい事は抜きにして、だ」
「……――まぁもし、そうなったら、出来る限りの事はします」
「うむ。その言葉、しかと受け取ったぞ」
そして相手が顔を正面に戻し、幕に触れる。
「ではさらばだ、ヨウジ」
と言われたところで、思い出す。
「あ。最後にひとつ、聞いてもいいですか」
再び相手がこちらへ顔を向ける。
「なんだ?」
「預言者様に何度も求婚してるって、本当ですか?」
こちらの質問に、何故かキリっとキメ顔をしてから――巨漢がテントを出て行く。
――今更だけど何をしに来たんだろ。
それから暫くして、なかなか戻ってこない三人を心配していると。またまた予想だにしていなかった人物がやって来た。
「ジャグネスさん?」
「はい」
テント内に入った騎士が、垂れ幕の側で足を止めて、答える。
「突然どうしたんですか?」
「えっ――ヨウが、私を呼んでいると聞いて、来たのですが」
「え。俺はなにも」
「そうなのですか? では私に用は」
「今は、特にないです」
「どういうことでしょう……」
「分かりません……」
「――あ、あの」
「はい?」
「用事がなくとも、時間さえあれば、ヨウとはお話をしたいのですが。あいにく今は……」
「あ、――はい。分かってますんで気にせず行ってください」
「すみません」
と言って相手が体の向きを変えようとした途端、動きを止める。
「ジャグネスさん?」
「――ヨウは、不安ではないのですか」
「不安?」
「私、昨晩にお話したかった事を思い出したんです」
「それが、今の?」
「はい」
「どういう意味で、ですか」
「……――既に、ご存じだとは思いますが。今回の女神杯、メェイデンは不利な戦況となっております。このまま、いけば――」
先を言いたくないのか、俯き加減に相手が口を閉ざす。
「ジャグネスさん」
「はい」
「正直に、答えてください。強がらずに」
「はい、勿論です」
「――俺の助けって、必要ですか?」
騎士をテントから出て見送った後、まるでタイミングを見計らったかのようにして帰ってきた三人に気づき、そちらへと体を向ける。
「随分と、お待たせいたしました。少々立て込んでいたもので」
白のローブを着る預言者が、一歩前に出て、言う。
「お帰りなさい。――で、いきなりで申し訳ないんですが。お願いをしてもいいですか」
「どのような?」
「差し支えがなければ、出来る範囲で、もう少し出しゃばりたいです。具体的には、直接指揮官と話をさせてください」
そして相手がいつものように、ソフトなスマイルをして。
「では、そのように」
午後の部が始まる一時間前にもかかわらず、取り次いでもらった内容を聞き入れ、周囲に人の居ない外で、という条件付きで面会を許してくれた女神杯におけるメェイデン側の指揮官で聖騎士団の騎士総長でもあるオールバックの女騎士が、自分を前にして、言う。
「なんで、もっと早くに来てくれへんのっ。うち、もうどないしてええんか、分かりまへんどすええ」
もはや何ッ、いや誰ッ。




