第31話〔ジブンの存在意義について悩み中です:三日目〕①
女神杯の三日目は、導師二人を除く前日の顔ぶれで盤を見守る中、始まった。
――午前の部、明らかにメェイデン側が劣勢を強いられる戦況が続く。
うーん。
「ね。なんで、今日は押されてんの? 昨日は殺し合いなら、勝ってたじゃない」
……殺し合いて。
「はて。どうして、でしょうか」
そして何故、こっちを見る。
「鈴木さんの言い方だと、完全に、ビビってますね」
「え、マジ。ヤバイの?」
「ヤバいですね」
いくら戦いで勝っていても、追う気のない戦い方では戦力の削り合いで差は開く。
「敗けないわよね?」
「今日中に決したりはしないと思います。ただこの状態が明日も続けば、――敗けます」
「冗談?」
「ではないです」
「なんとか、ならないの?」
理屈の分からない奇襲に怯えながら、空からの攻撃にも警戒する。尚且つ手の内を見透かされているような、的確な隊の配置と襲撃。最低でも、この三つは対処しなければならない。それか――。
「ダメもとで突っ込んで、ピカピカ取ってくるってのは、どう?」
――のような、潔い決断をするしか。
「ね。聞いてる? 水内さん」
「聞いてます。けど俺に言われても……」
「なんで」
「なんでって……」
「水内さん、自分の立場、分かってんの?」
今まで一度も掛けられたことのない声色で、少女が聞いてくる。
「立場……?」
「このバカバカしい行事に敗けたら、水内さん連れてかれちゃうのよ。それ、分かってる?」
「はい、忘れてません」
「だったら。なんで、なんとかしないの」
「しない、というかは、できないんですけど……」
「そんなコトない。水内さんなら、できるでしょ」
「いや。下手に素人が口を出す方が、かえって状況は悪く」
「なんでもいいわよッ勝てるならっ」
普段の沈着な印象からは想像できないほど張り上げた少女の声に、テント内が静まり返る。
「――分かった」
と呟くように言って、少女が椅子から立つ。
「どうしたんですか……?」
「ちょっと行ってくる」
「行くって、何処に」
「あっちのピカピカ取ってくるわ。取ってくれば、こっちの勝ちよね。フェッタ」
「仰る通りです。ただ正確には、敵側の盃を味方側の本陣に在る台の上に乗せれば、勝ちとなります」
「ま。場所は、あとで、教えてもらうわ」
「ではそのように」
え。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「なに?」
「イヤなにって。どう考えても無謀です。成功する訳ないですよ」
そもそも鈴木さんなら、言わなくても、分かってるはず……。
「ここで、なにもせず見てるより、マシでしょ」
「失敗すると分かってる事は、しても、なにもしないのと変わりません」
「そんなの、やってみないと分からないでしょ」
「分かります」
「だったら。分かってるのに、なにもしない水内さんは、なんなの」
「分かってる? なにをですか」
「どうすれば勝てるか。水内さんは、分かってるんでしょ?」
「分かる訳ないです。絶対に勝つ、方法なんて」
「絶対じゃなくても。考えがあるなら、なにかするべきじゃない」
「……――下手に口を出して、指揮が乱れれば、それだけで敗けるかもしれません」
「――それについては、私からの助言という形で指揮官に話を通しましょう。採用するかどうかは、また別の話です」
ム。
「て。言ってるわよ」
ムム。
「……鈴木さん」
「なに?」
「俺が何もしないなら、本気で行くつもりですか?」
「わたし、一度決めたら理由がないと、とまらないわよ」
「分かりました。これ以上、鈴木さんに気を遣わせたくないので。少しだけ出しゃばります」
「え。――バレてたの?」
「ま。普段を知ってますからね」
そして何故か、相手はそっぽを向いて恥ずかしそうにした。
現状で最も不可解な点、それは――。
「預言者様、以前質問した事なんですけど。確認もかねてもう一回質問をしてもいいですか」
「ええ、どうぞ」
「敵が盤上に見える条件は、本当に目視と接近だけですか?」
「はい。戦場盤に、細工でもせぬ限りわ。しかしそれは規則に反する行為ですので、可能性として排除なさっても問題はないかと。――洋治さまは、その線を疑っておられたのですか?」
「率直に言えば、はい。たぶんこちらの情報が、特に位置などの情報は、知られてる可能性が高いと」
「ん。裏切者がいるってこと?」
少女が短髪の騎士を見る。
「どうしてッこっちを見るのですかっ。ジブンは裏切ったりしてませんよっ」
「じゃ。なんで、アンタ、ここにいるの?」
「えっ……本気で、ワタシ疑われてる感じなのですか」
「いまだったら。身ぐるみはいで戦場に、ほうり出すていどで、すむわよ」
「え、え、待ってください、ジブンは本当に」
「ホリーさんは、というか人伝では、ないと思いますよ」
「なんで、分かるの?」
「正直はやすぎるんです。間に人を介してるとは思えません」
――第一内通者として選ぶ人材では……。
「ほっほっほッ、ゲホゴホガボッ」
突然笑い出した年老いた魔法使いが、やや不安になるむせかたをする。
「大丈夫ですか……」
「心配は無用じゃ。ちょいと今回の女神杯は暑いでの。風のある外で、涼んでくるわい」
そう言い残して年老いた魔法使いが、テントの外へ、出て行く。
「ん。アツイ? わたし、ぜんぜん平気だけど」
「ご老体とでは感じ方が違うのでしょう。そもそも前回の……――」
唐突に預言者が口を閉ざす。
「どうか、しましたか?」
「あくまでも、可能性の話として、お耳に入れておいてください」
ム。
「戦場盤に細工を施すのは、女神杯の規則に反しております。しかし盤自体に手を加えなければ、規則上問題はありません」
「どういう意味ですか……?」
「ここから先は個人の見解として、お聞きください。――前回の女神杯で、決勝を争った国リエースは、ベィビア随一の魔法大国と呼ばれるほど魔力行使に秀でた文化を持っております。その水準は、他国を遥かに凌ぐでしょう」
「ん。いま相手してるのって、古いマメ、じゃなかったっけ」
「……フィルマメントです」
「あ。それ」
「――もしもフィルマメントにリエースが加担しているとすれば、洋治さまの憂心を裏打ちするコトとなるやもしれません」
「え。ようは、二体一、てコト?」
「そうと断言は出来かねます。しかし実質はそうかもしれません。あくまでも、可能性の話ですので」
「つまりやろうと思えば、出来るんですね?」
「規則には反しておりません」
「ちょっと。規則、規則って。相手がズルしてたら、規則もクソもないでしょ」
「仰る通りで」
「まあ実際ただの行事ですから。規則を破ってまで勝っても」
「洋治さまの言うとおり規則に反してまで、勝つ理由は見当たりません」
「そんなの、水内さん欲しさに、決まってるでしょ」
「けどそれは女神杯が始まる直前に決まった事なので、事前に準備は――」
あ。そうか。
「――女神杯に敗けた国は、勝った国が希望するモノを、渡さなければイケないんですよね。それは予選でも、同じですか?」
「はい、仰る通りです」
と言い終わった後に、相手も気づく。
「希望できる人の数は?」
「一名だけです」
「……なら人ではなく。道具、いや技術なら」
「一時的であれば、大抵は洋治さまのお察し通りになるかと」
「なるほど」
「――……ちょっと。二人でもりあがるの、ヤメテくれる」
「おや。もしかして、以前ご教授していただいた、ヤキモチ、というやつでしょうか?」
「ち、違うわよっ」
やや慌てた素振りで小さく目の前の空間を振り払い、少女が否定する。
「とりあえずはこの話を、指揮をとっている人に、預言者様から」
「かしこまりました」
「え。終わり?」
「なにがですか」
「だって。打開策とか、なんも出てないじゃない」
「まぁ一先ずはこれで。どう対処するかは、指揮官に任せます」
「まって。水内さんが、全部するんじゃないの?」
「そんなこと言ってませんけど」
「だったら」
「救世主様。――洋治さまの言うとおり、一先ずは」
「……――分かった。ひとまず、ね」
「ええ。では直に午前の部が終わってしまいますので、早速。救世主様も、ご一緒に、どうでしょうか?」
「ん。そうね、行くわ。でも、だったら。ダメ騎士、アンタもよ」
「えっ。ワタシもですか?」
「どうせ暇でしょ」
「それはそうですけど……。行っても」
「いいから来なさい」
「はいッ」
「なら俺も」
「水内さんは、いいの」
「ナゼ」
「水内さんは、次の事でも考えてて」
「なぜ俺が……」
「いいから。とにかく、ここにいて」
「居るだけでいいなら」
「ん。それで、いいわよ」
***
「――本日もこちらの、――都合よく、――事が運んでいるようですね」
戦場盤を眺めるセシリアに、隣で立つクラリスが、そう述べる。
「ああ。ところで、マルセラは?」
「――マルセラなら、――自由に戦場を飛び回っております」
「あいつ……」
「――しかし、――こう都合よく事を運んでいては、――そろそろ気づかれてしまうのでわ」
「分かって、どうなる。知ったところで、どうしようもないだろ」
「――だと思いますが」
そしてクラリスも、セシリア同様に、敵の勢力を全て映し出す盤へ目を向けた。




