第27話〔今一度こうなってしまった経緯を〕⑤
女神杯の初日終了の合図が鳴った後、テントの外に出て、日没前の空を見る。
「いやぁ。今日はなんだか、働いた気がしませんねぇ」
十分に過剰な労働を強いられていましたが。
と、隣にやって来た短髪の騎士を見て、思う。
「してヨウジどの」
珍しい、というかは初めて見る、キリッとした表情で相手がこっちを向く。
「はい、なんですか」
「初日に起きた事を、教えてもらってもいいですか?」
「……はい」
一回目の戦いを終えて――戦力に、大きな差は、まだ無い。初日に起きた出来事も、ひとつだけで、あれ以降に相手側との接触は何もなかった。
しかし引っ掛かりは残る。具体的に、どうとはいえないが――。
「ヨウ?」
自宅へ向かう馬車の中、隣に座る相手が心配そうな声で名を呼ぶ。
「はい。どうかしましたか?」
「い、いえ。何やら考え事をしている様子だったので」
ム。
「俺って、そんなに分かりやすいですか?」
「分かりやすいと言うかは、ヨウらしいです」
相手が小さく微笑む。
「らしい、ですか」
「はい。――ぁ、私。気に障ることを言ってしまいましたか……?」
「そんなこと、ないですよ。ただ――」
「ただ?」
「――自分では分からない事ですから」
「自分以外の誰かが決める事、でしょうか?」
「そういう事ですね」
「でしたら。――私が、決めてもいいのでしょうか」
「なにをですか?」
「ヨウらしさ、です」
「具体的には」
「分かりません」
「なら。どうしてジャグネスさんが?」
「それは、その。……私が、決めたいから、です」
「なるほど。けど、嫌な訳ではないですが。特定の誰かが、決める事でもないですよ」
「イイエ駄目ですっ。私が、決めたいのです」
「……なぜ」
「だ、だって。ヨウの事は……、何でも、一番になりたいのです……」
「――もしかして。ベネでぃ、――マルセラさんが、言ってたコトを気にしてるんですか?」
「当然ですっ。ヨウは、私の恋人なのですよっ。正妻になるのだって、私ですッ」
「まあ、そうかもしれません。けど結婚するかどうかは、まだ分かりません」
「そ、それは……」
相手が目を伏せる。
「勘違いはしないでくださいね。自分で言うのもなんですけど、あんまり融通の利かない性格なんです、俺。一度決めた事は、できるだけ途中で変えたくないんです」
「は、はい」
理解はしていても今一つ不安を拭えない顔で、相手が頷く。
うーん。
「ジャグネスさん」
「はい……」
「まだ好き、とは言いがたいですけど。俺は、フィルマメントへ行くよりもジャグネスさんと一緒に居たいです」
「――もっ、勿論ですッ。絶対にヨウを――ヨウはっ、私が守ってみせます!」
「宜しくお願いします」
「はいっ」
「――ところで。どうして今日は、離れて座ってるんですか?」
「えっ」
話しの最中も明らかに距離を意識していた相手が、恥ずかしそうに小さくなって――。
「今日はちょっと、汗臭いので……」
――何故か、若干動揺する自分がいた。
「それではまたーっ」
久しぶりの、いい声だっ。
「あ、あの。夕食の前に、先にエリアルと入浴を……」
やや頬を染めながら寝ている妹を背おう相手が、言う。
「分かりました。それなら自分は、食事の支度でもしておきますね」
「いつもすみません……」
「やりたくて、やってるコトなので」
「……はい」
「気にせず、入ってきてください」
「はい」
相手が微笑んでから。背おう妹と共に、風呂場へと向かう。
どのタイミングで起こすのだろう。イヤむしろ、起きるのだろうか。
いつしか一日の終わりに、三人がリビングで談話する習慣ができた日常。そして今晩も、その時間がやってくる。ただ今夜のように一名が先に眠ることで時折訪れる二人の時は、相手が対面するソファではなく、隣の席から少し自分に寄り掛かった状態で、話をすることが多い。
「そういえば、カチューシャ、ずっと付けてますね」
今も相手の髪を留めている白のカチューシャを見る。
「はい。式典ではつけれませんでしたが、それ以外では毎日使っています」
「俺に気を、遣ってませんか」
「もちろんです。とっても、便利ですよ」
「それはよかった」
「――あの」
「なんですか?」
「私、さっき馬車でヨウと話をしていて、思ったことがあります」
「内容を、聞かせてもらえるんですか」
「ぜひ、聞いてください。――私、もっとヨウの事が知りたいです」
ム。
「具体的には、分かりません。でも知りたいです」
「どうすればいいのかが分からないと、難しいですね」
「はい、難しいです」
「……――けど、努力はします。たぶん大事なことだと思うので」
「私も、努力します」
「ジャグネスさんも?」
「はい。ヨウは私の事、知りたいとは思いませんか?」
「なるほど。なんとなく、分かった気がします」
「何をでしょう?」
「ジャグネスさんが、俺の事を知りたいって言った理由です」
「え、本当ですか。ぜひ教えてください」
「なんとなく、なので。教えるのは無理ですね」
「……残念です」
「その代わり、ではないですが。一つ質問をしてもいいですか?」
「はい」
「ジャグネスさんも、自分が正妻なら他の女性と関係を持ってもイイという考え方ですか?」
「わ、私は……」
「言いたくないなら無理に答えなくても、いいですよ」
「いえ。私は――、……ヨウがそれを望むのであれば、普通のコトだと思います」
「俺はそんなつもり、ないですね」
「そうなのですか?」
「一夫多妻制を否定はしません。けど、自分はそういう制度の無い国で育ったので。普通に違和感がありますね」
「なければ、どうでしょう?」
「それは、なんとも言えないです。無いものを有ると仮定し話すにしても、想像には限界もあります。いずれにしろ――」
「はい」
「――結婚するなら、相手は一人です」
「……――ならヨウと結婚する事ができたら、私、世界で一番贅沢な妻女になれますね」
「相手が俺では、なんとも言えないです。それに幸せは、なろうと思ってなれるものでは」
「それは違います」
ム。
「幸せには、気づけばなれますよ。現に私、今、幸せですから。――ヨウは、幸せではありませんか?」
「え、っと。悪くはありません」
「でしたら――幸せです」
「そういうものですか」
「そういうものです」
――まあいいか。なんとなく、分かる気もするし。
そして女神杯、二日目。
本日は午前の部が始まる前から既にテント内で集まる前日の顔ぶれ、に加わって――。
「嫌」
――魔導少女が。そして――。
「エリアルちゅわん、ひどぃ」
――魔導少女とは色違いのショートコートを羽織ったパープルヘアのおかっぱ少女。に――。
「ほっほっほ」
――絵に描いた様な長い髭を携えた、とんがり帽子の年老いた魔法使い。
「わたし。もう名前、覚えきれないんだけど……」
隣の席に座る少女がジト目で新顔を眺めながらに言う。
「それならワタシ、人の名前を覚えるのは得意なので、お任せください」
「アンタ誰よ?」
「イヤ、ワタシご存じのダメ騎士ですよッ」
実は気に入ってる?




