第25話〔今一度こうなってしまった経緯を〕③
野原に立っていく、大小さまざまなテント。キャンプでは定番のドーム型をはじめ、部族の長が出てきそうな中央に柱を一本設けた物や、運動会でもおなじみの屋根だけを張った物。そして、戦場ではお決まりともいえる作戦会議をやってそうな立派な物までが、時が経つにつれて数を増やす。
――今現在、さっきまで自分が座っていた場所にも。その立派なテントをたてる作業が行われている。なので、仕事の邪魔にならないようにやや離れた所で。
「ど、どなたか……、み、水を……」
運んできた椅子に座り、背もたれに体を預けて空を仰ぐ。息、絶え絶えの短髪の騎士が砂漠で飲み物を懇願する様に片方の手を上げて言う。
「あ。ごめん。いま飲んじゃった」
確信犯ですね、分かります。
「こちらは戦場盤と呼ばれる、女神杯の必需品です」
気持ち長いテーブルの上に置かれた、囲碁や将棋の卓上盤を横に三つほど並べた大きさと厚みの板を手の平を上にした指先で預言者が示す。
「なに、ただの板っきれじゃない」
というか。
「ホリーさん、これ全部一人で持ってきたんですか……」
テーブル一卓に、重ねられる椅子が計五個。そして、この盤。――持ってきた椅子の一つに座り、向こうで意気消沈しているのも頷ける。
「さすがは騎士、といったところでしょうか」
「で。フェッタは?」
「大事な大事な参加証を」
「……――どうして、分けて運ばなかったんですか……」
「おや。盲点でした。ホリーの頑張りに、つい見入ってしまいました」
「――あ。ダメ騎士、倒れたわよ」
アナタも確信犯ですね、分かります。
「では、腕章もつけ終わりましたし。さっそく、披露を」
自分と同じ青の腕章を、二の腕につけた相手が手の平を小さく打ち合わせて言う。
「何を披露するんですか?」
「はい。この、目の前にある戦場盤です」
テーブルに置かれている、盤を見る。――やはり模様も無い。ただの厚い板にしか見えない。
「それでは」
言って預言者が、ローブの内、懐から指先でつまめる大きさの石を取り出す。
「ご覧あれ」
取り出された石が盤上の隅に置かれる。すると途端に淡い光が盤を包み――次の瞬間には、ジオラマの模型など言うに及ばない光景が盤の上にミニチュアサイズで現れる。
「おお……」
凄い。
「場所が何処かは、すぐにご理解いただけるかと」
ム。
言われて、観察を始める。――盤の中央は、盤上の大半を占める広い平地と小さな丘が点在した区画になっていて。線で区切るように、森が左右にある。そして、その森を抜けた先に。
――なるほど。
「女神杯の、会場ですね」
「ご明察です」
やっぱり。
「へぇ。けっこうリアルね」
隣で盤を眺めている少女が述べる。
事実テントなどの建築物も確りと再現され。模型というかは、小さな世界が在ると言ってもいいクオリティーだ。
「ね。この青い点は、なに? うじゃうじゃ動いてるけど」
ちょうど自分も気になっていた。
「戦場盤の点は、青が味方、赤が敵方、金が盃の、位置を示しております」
「ふーん。――ん。緑も、あるわよ?」
「それは洋治さまです」
「――俺ですか」
「はい。ですので、傍らの青い点は、私達ですね」
「小さいわね。見えにくいわよ?」
「原寸の、半分以下の大きさですので。通常の寸法ならば、点も大きいのですが」
「あ、これ。普通のより、小さいんですね」
「はい。本来戦場盤は各陣営に一つだけ、原寸大の物が置かれております」
「ならこれは?」
「女神杯を楽しむ為に作らせた私の私物です。――ですので一つしかありません」
「いつもと同じ。フェッタの、職権乱用ね」
「ほほほ。ですが、規則には反しておりませんよ? 私物の持ち込みは、ある程度は自由ですからねェ」
「……――ちなみに。どうして俺だけ緑なんですか?」
「そうですね。それも含めて、女神杯が始まる前にもう少し話すべき事もございます。ただ、どうやら作業が直に終了するようですし。残りは、中でいたしましょう」
相手が目線の先にある立派なテントを見て、そう言う。
「分かりました」
「――ホリー、貴方の出番ですよ。持ってきた物を中へ、運び入れてもらえますか」
息を吹き返しかけていた短髪の騎士が、つかまっていた椅子から、ずり落ちていく。
***
天幕に入ってきたマルセラと、広いテント内の半分以上を取って置かれる戦場盤の向こうから、二人は顔を見合わせ、口を開く。
「なにやってた。じきに女神杯が始まるのだぞ」
二人の内、最初に声を発したのはフィルマメントの第一王女セシリア・ベネディクトゥス。髪を毎回、自身の剣で切る豪快な性格とズレた鎧の着こなしで腕を組む。マルセラの、実姉。
「――まぁまぁ。――初日は、メェイデンも様子見ですよ。――それより、セシリアお姉さま、また籠手が右と左、逆になっておりますよ」
次に声を発したのはフィルマメントの第三王女クラリス・ベネディクトゥス。おっとりした性格と毛先部分が波打った長い髪。マルセラと、同じ年に生まれた腹違いの姉。
「二度寝しちゃった。ごめん」
場に合わせた悪びれた態度で、マルセラは二人に手を添えて小さく頭を下げる。
「謝るなら。ちゃんと悪いと思って、謝れ」
指摘された部位を直しながら、自分達の近くにやって来たマルセラとは目を合わさず、つっけんどんな物言いでセシリアは言う。
「えぇ思ってるよぉ」
「ウソつけ。だいたい、自分勝手すぎるぞ」
「え?」
「褒賞の話だ」
「でもリエースの時は二人が褒賞を決めたから。メェイデンは私にくれるって、言ったよ」
「だとしても相談くらいはしろ」
「相談する暇がなかったの。これはウソじゃない、よ」
「おまえな……」
「――まぁまぁ。――あのマルセラが、やっと異性に興味を持ったのです。――ここは怒らず、喜びましょ」
「そうだそうだ」
「おまえ……。――だいたい、どういう風の吹き回しだ。王や周りがいくら言っても見合いすらしなかっただろ」
「――いったい、どのような方なのでしょ」
「へへ、楽しみにしてて。きっと二人も気に入るはずだ、よ」
「だとしたら先ずは勝つ事に集中しろ。次、寝坊したら、承知しないぞ」
「はーい。――まっ。どっちにしろ勝つのはフィルマメントだけど、ね」
「調子には乗るな。足元をすくわれるぞ」
「大丈夫、私が乗るのはペガサスだから」
「――しかし入籍後は、馬以外に乗る、心の準備をしておかなければ、いけませんよ?」
「うん、それも大丈夫」
「おい……」
*
「差し当たっては、こんなところでしょうか」
テント内に運び入れたテーブルを囲む椅子に座る相手が一通りを話し終えて、ソフトスマイルを見せる。
「なるほど」
「ま。ようするに、そこでピカピカ光ってるやつと水内さん守って。相手のピカピカ奪えばいいんでしょ?」
「仰る通りです」
「まあ自分は戦えませんから。皆に任せるしかないですね」
「ええ。王国の騎士団に任せておけば、問題などは何も起こりません」
「だといいけどね」
「おや。救世主様は、騎士団を信用なさってはいないのでしょうか?」
「少なくとも。あれを合格させるような連中を、信用する気、ないわよ」
椅子に座ったまま、テーブルに突っ伏している短髪の騎士を少女が親指で指す。
生きてる? 生きてる?
「釈明の余地もありませんね。しかし、数分後には女神杯が始まってしまいますので。腕章だけは、つけておきましょう」
「べつにいいんじゃない。どうせ、役に立たないわよ」
「最悪、身代わりにはなるかと」
「いちお女だし。水内さんの代わりは、無理でしょ」
「やはり救世主様の仰る、爆弾を用意したほうがよいのでしょうか」
「あ。用意するなら、できるだけ、キレイなやつにしてね」
「御意に」
これが、戦場か。




