第23話〔今一度こうなってしまった経緯を:初日〕①“イラスト:マルセラ”
年明けから、新年の挨拶が異世界では元隣人の少女にしか理解されないという小事はあったものの、行われた城の式典を無事に終えてホッと一息。
普段とは違う礼装を纏った皆の姿は、素直に凛々しいと思った。
――そして、今。年が明け一週間が経った現在――何故か女神杯の野外会場に、自分は居る。
しかも隣の台には金色に輝く、例の盃が。
うーん。
結婚式で主役が座る様な場所にて、今一度こうなってしまった経緯を、思い返す。
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山岳地帯に建てられペガサスを主な移動手段とする国、フィルマメント。――特有の文化である背の開いた服は、空を愛する心の見えない翼を妨げない為だと説明されつつ眺めた歓迎式が終わった日の夕暮れ時、使いの兵に告げられて向かった預言者の部屋で、見知った顔に交じる見知らぬ相手と挨拶を交わす。
「はじめまして、水内洋治です」
「ミナウチヨウジ?」
「あ。名は、ヨウジの方です」
「そう。私は、マルセラ・ベネディクトゥス」
「ベネでぃ……」
「言いにくいでしょ。マルセラでいいよ」
「分かりました」
「――ようじは面白い名前ね」
「変わってる、とはよく言われます」
「そう? 変わってるっていうか、面白い」
にかっと笑い、相手が言う。そして片側の腰に手を当てると銀色の長い髪が窓から差し込む光に当たってキラキラと揺れた。
「私の髪が、何か?」
何人かが、その質問に反応して身動ぐ。
ム?
「――えっと。単純に、綺麗だなと」
露出度の多い衣装で褐色の肌を包む相手の表情が、やや険しくなる。
「それは遠回しの、嫌み?」
「えっ」
と、当惑した途端――。
「マルセラ様」
――預言者が相手の名を口に出す。
「私、今この人と話してるの」
「洋治さまは異世界人です。言いたいことは、それだけです」
「え、――そうなの?」
いちど預言者を見た後に再び相手がこっちを見て、聞いてくる。
「ええと。はい」
「でも異世界から来た救世主は女だって聞いてるわよ。どう見ても、……男?」
「男です」
「じゃあ」
「――救世主は、わたしよ」
少女が小さく手を上げて言う。それに、今回はじめて会う目の前の相手と壁際に居る女性なのに髪をオールバックにして立派な鎧を着ている人、の計二人が驚く素振りを見せる。
「救世主って、小さいのね……」
「水内さんの前に、アンタが失礼ね」
「ご、ごめんなさい」
「いいわよ。わたし、心が広いから。で、そのかわり。よく分かんないけど。水内さんが失礼なこと言ったんだったら、許しなさいよ。悪気ないんだから」
「そう、ね。異世界人なら責める理由はないか、な」
「理由?」
「それについては、後で、私がご説明しましょう」
「分かりました」
「フェッタ様、私に気は遣わなくていいのよ。なんなら私が説明してあげる。――言っても、大した理由じゃないわ。ようはただの、差別だから」
「というコトは、それを言ってしまったんですね……」
「ああ知らなかったのなら、いいのよ」
「けど次も同じ過ちをしたくないので。できれば教えてください」
「そう。なら髪のこと」
「髪?」
「白い髪は、不当に扱われる事が多いの」
「白って言うか、銀色ですよ」
「言う奴からすれば一緒なの」
なるほど。
「勿体ないですね」
「どうゆう意味……?」
「色で決め付けるのは勿体ないです。人の本質は上辺だけで分かるものではないですから」
「そう、ね。じゃあ貴方には、私はどう見える?」
ム。
「会ったばかりなので、なんとも言えないです」
「いいよ、それでも。今どう思ってるか、言ってみて」
「外見だけでってコトですか?」
「そう」
「なるほど。んー……、そうですね」
微妙だけど仕草とかが似てるし。
「王女様、とか?」
また何人かが、身動ぐ。
「本当にそう思う?」
「あくまでも、なんとなくです」
「そう。――うん、決めた」
「なにをですか?」
「貴方――ううん。ようじ、女神杯が終わったら私と一緒にフィルマメントへ戻りましょ」
「へ?」
「お、お待ちくださいっ。ヨウは、私の――」
預言者の隣に居る騎士が自身の胸に手を当てて、上体を迫り出す。
「急にどうしたのアリエル」
「マルセラ様。洋治さまは、アリエルの交際相手です」
「え、――そうなの?」
「はい」
「そう。でも関係ない」
「へ?」
「ど、どど、どういう意味ですかッ、マルセラ様っ」
「別に交際してるだけなら問題はないでしょ」
ありありです。
「それと会う度に言ってるでしょ。アリエルは同い年で同じ王女なんだから様は必要ないの」
え。
「いまそのような話はっ」
「王女なんですか……?」
「そう。私、フィルマメントの第二王女なの。宜しくね、ようじ」
「なんで王女様がここに……?」
「もっちろん。女神杯に出る為、よ」
言って、相手がにかっと笑う。
「あっ。――うん、決めた」
今度はナニ。
「女神杯に勝った時のフィルマメントの褒賞は、ようじにするわ」
言った本人を除く全員が一瞬ざわつく。
「ヨウは物ではありませんッ」
「もちろん分かってるよ。でも規則には反してないよね、フェッタ様」
「仰る通りです」
「よ預言者様っ」
「事実を言ったまでです。女神杯に敗けた国は、勝った国の希望するモノを、渡さなければなりません」
「ですが褒賞には限度があるはずですっ」
「程度として、洋治さまは褒賞に該当します。女神杯の規則上、希望するモノが人の場合は当日までにそれを相手側に伝える事と、当人が所帯を持たぬ者、その予定の無い者、です」
「あっ。――その確認はしてなかったわ。でも、その口振りなら、問題はなさそう、ね」
「おや、失言でした」
「ありがとう、フェッタ様」
「で、ですがっ」
「アリエル、残念ながら交際では仕方がありません。婚約なら――」
「そん、な」
いやいや。
「俺の、拒否権は……?」
「ないよ」
「ナゼ」
「女神杯だもん」
「と言われても……」
あと若干、相手のキャラが変わってきてる。
「女神杯は大国同士の催しです。相手側が規則に反していない以上は、こちら側は受け入れるしかありません」
「なら個人的に拒否します」
「そう。別にいいけど。そんな事したら、メェイデンの評判、ガタ落ちだよ?」
ム。
「女神様に捧げる催しの決め事を破るなんて、大国としての信用にかかわる問題じゃない?」
ムム。
「それにメェイデンは連勝国でしょ。なのに、逃げるの? 勝てばいいじゃん」
ムムム。
「仰る通りです。勝てば、よいだけの話です」
「預言者様っ」
「はい決まり。今のはメェイデンが受け入れたって事でいいよね?」
「待ってくださいっ。まだ」
「いいでしょう」
「預言者様っっ」
「落ち着きなさい。文字通り、勝てばよいのです。それに褒賞が人の場合は相手側が不利です。冷静に考えれば、洋治さまがフィルマメントへ連れて行かれる事など起こりえません」
「……ですが」
「そうそう勝てばいいの。って訳だから、気が変わらない内に私は戻るね。ただ、いちおう先に言っといてあげる。フィルマメントへ連れて帰っても、アリエルや他の女と関係を持つのは禁止しないわ。私が正妻なら、それでいいから」
何故、婚姻もすることになっているのだろうか。
「じゃあ、そういうことだから」
そう言って相手は部屋の扉へ向かって歩いて行く――が、途中で足を止めて。
「逃げてもいいけど。後々どうなっても、本当に知らないからね」
言って、再び歩き始め。部屋を出て行く。
エエ。――なに、この展開。
「しかし、大変な事になっちゃいましたねェ」
どの口が……。
「預言者様っ」
「ほほほ、勝てばよいのです」
「で。アンタ、なんで残ってんの? 今の娘のツレでしょ」
無言で立っているオールバックの女性に、少女が問う。
「救世主様、ユーリアはメェイデン側の人間です」
え。
「ふーん。――ハ?」
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うん。誰ッ。




