第22話〔女神杯って なんですか?〕⑤
「今一度、確認しておきますが。こちらの座敷は通常とは別に料金をいただくコトで、ご提供をさせていただく形となっております。本当に、宜しいのでしょうか?」
部屋の出入り口となる襖の前で、きりりと正座して相手が聞いてくる。――頭頂には、例の。
「ていうか。ちゃんと語尾に、にゃん、をつけなさいよ。知り合いでも、客は客よ?」
含みのある顔で少女が、猫耳ゆるふわパーマを相手に、言う。
「も、申し訳、ござい、ま、せん……にゃん」
「聞こえないわよ」
「もも、もうし」
なんだ、この特殊な公開処刑わ。
「鈴木さん、そのへんで」
「――ん。分かってる。アンタ、命拾いしたわね」
「にゃ、にゃん……」
いやなんで。
「それで、ユーリア。私にも分かるように説明をしてください。貴方は、外交の任に就いていると日頃言っていたではありませんか」
向かいの席で少女の隣に座る異世界用の服を着ている騎士が、座ったまま、話す相手に体の正面を見せて聞く。
「は、はい。仰るとおり、ワタシはフェッタ様に命じられて異世界の文化を学びつつ、それをメェイデンの文化に取り入れる任に、就いております」
「最後を、店の方針で言ってみて」
「就いておりますにゃんッ。――あっ」
「鈴木さん」
注意した相手が、知らん顔で壁の方を向く。
「なるほど。事情は分かりました。ですが――その、今の恰好との、つながりは……」
本題となりえる質問を受けた相手が明らかにツラそうな顔をする。
「これには、いろいろ、と訳が……」
「――もしかして。タルナートさん、金銭的に何か困り事でも?」
「え。あ、いえ今は、それほど」
「今は?」
「ま。おおかた、おカネに困って仕事探したのはいいけど。雇ってもらえるところが、こういう傾向の店しか、なかったんでしょ」
なるほど。
「仰るとおりです……」
「けど、今は困ってないんですよね?」
「はい。異世界で五年ほど暮らし、生活は金銭に支障のない程度まで落ち着きました」
五年も居るのか。
「ならどうして仕事をかえないんですか」
「……それは」
「毒されたんでしょ」
――相手の反応からして、当たりのようだ。
「だいたい。その名札に書いてるハタチって。どう見ても、アンタ二十歳じゃないでしょ」
「へ。あっ、いや! これはっ」
「二十? ユーリア、貴方は私の六つ上で」
「うわあああアリエル様ああ落ち着いてぇええ」
落ち着いてッ。
「それでは、次のお料理をお運びしますにゃん」
部屋を出た相手が、そう言って襖を閉める。
「に、しても。最近キャラが濃いの、ばっかと会うわね」
自らを差し置く少女が、箸で揚げ出し豆腐を食べながら言う。
「で。ついでだし聞くけど。騎士さまって、いくつよ」
「私ですか」
運ばれてきた品々を前に困った顔をしていた相手が、質問した少女の方に顔を向ける。
ム。
気になって隣を見ると、妹の方も困った顔をしていた。
ああそうか。
「私は二十四です」
一つ上か。――て待てよ。六つ上ってことは。
「アンタの知り合い、サバ読みすぎね」
「サバ?」
「ま。いいわ。わたしには関係ないから」
「サバ……」
「――ところで。ジャグネスさん、妹さん」
「はい? なにでしょうか」
「箸の使い方、教えますね」
「女神杯って、なんですか? ――あ、妹さん。枝豆は中の豆を食べるので、こうやって箸は使わず手で持って、――出します」
「おお……」
で、出した豆を食べる。
次に教えた相手が挑戦するも、古典的な顔当てという結果になった。
「イタっ」
ム。
見ると、姉の方も同じ結果になったようだ。
そして姉妹が人差し指を、こっちへ向けて、同時に立てる。
「「もう一回」見せてください」
ムム。
「女神杯って、なんですか?」
「女神杯ですか。――あ」
震えていた箸から落ちた豆腐が皿の上に戻る。
「……すみません」
「いえ……」
「食べづらかったら、口の近くまで、お皿を持っていくといいですよ」
「なるほど」
というか、あとでレンゲを借りよう。
「女神杯というのは、二年に一度行われる年明け行事です」
「ふーん。で。なにすんの?」
「三大国の、国別対抗戦です」
「何で競うんですか」
「主に互いの本陣に置かれている盃を奪う、合戦です」
「え。合戦って――」
「はい、率直に言えば戦闘です」
「真剣で?」
「勿論です」
「死人は、出ないんですか……」
「毎回普通に出ますよ」
「……――ジャグネスさんは、もちろん出るんですよね?」
「はい。騎士団長ですから」
ムム。
「ぁ――。し、心配には及びません。私は、誰にも負けませんからっ」
「勝ち負けじゃなくて。死ぬかどうかでしょ。ま。死んでも、生き返るけどね」
それは、そうなのだが。
「行事じゃ、仕方ないわよ。水内さん」
うーん。
「……そうですね。こればっかりは仕方ないです。けど、できるだけ危険なことはしないでください」
「はい」
相手が、微笑む。
「ちなみに妹さんは?」
「エリアルは毎回、出てくれてます」
ム?
「サバ読みも、出るの?」
「勿論です。聖騎士団は対抗戦の要です」
「へぇ。――観戦は、できるんでしょ?」
「一般の公開は一日遅れですが。救世主様なら、きっと大丈夫です」
「だったら。水内さんも、特等席で見れるわね」
そうだったら、ありがたい。
と思った途端に、隣の魔導少女が寄り掛かってくる。
「エリアル?」
微かに聞こえてくる呼吸。
――なるほど。
「よかったら、職場の皆さんで」
すっかり夜になった店の外へ出た後、自分が差し出した土産の一つを相手が受け取る。
「あ、ありがとうございます」
「言ってみて」
「ありがとにゃんッ。――あっ」
「鈴木さん」
「気にしないでください……、仕事ですから」
「――あ。仕事といえば、込み入った事情があるって言ってましたけど。今週も帰れそうにないのなら、預言者様に言付けでも?」
「いえ。込み入った事情というのは、新しいメニューを考えるというものなので。そこまでしていただく必要はありません」
「なるほど。……もしかして、はじめて会った時、それを考えてましたか?」
「仰るとおりです。なぜ分かったんですか?」
「フェッタ様の名前を出しても、気づかなかったからです」
「え。そうでした?」
「はい」
「記憶にございません」
政治家か。
「何か思い付くといいですね」
「いえ、今回は思い付きそうもないので。諦めます」
ム。
「――なら。豆腐は、どうですか?」
「もうありますよ」
「いろんな豆腐を仕入れて、食べ比べるとか」
「なるほど、食べ比べ。いい案ですね。――その案、いただいても?」
「自分のモノではないので、お好きに」
「なるほど。――うん、なるほど」
気に入ってくれたみたいで、よかった。
異世界へ戻り。家の玄関を入って直ぐ、妹を背おう姉が自分に言う。
「エリアルをベッドに寝かしてきますので。先に部屋で、くつろいでいてください」
「分かりました」
そして相手が二階へ上がって行く。
あ、そうだ。
二階から下りてきた相手が、待っていた自分を見て、口を開く。
「あれ、待っていてくれたのですか?」
「はい」
「何故でしょう?」
「ジャグネスさん、カチューシャって知ってますか」
「はい。髪を留めるのに使う、物ですよね?」
「そうです。――もしよかったら」
色のついている物よりはと思い、買った白のカチューシャを相手に渡すつもりで見せる。
「それは……?」
「ジャグネスさんに、お土産です」
「私、に?」
「はい。ジャグネスさん仕事中、前髪を」
喋っている最中に近づいてきた相手が、自分の肩に下から両手をまわして顔を首元に埋める。
「ふぇ?」
「……嬉しいです」
ムム。
「――けど、ただのカチューシャ……」
「贈り物が嬉しいのではありません。ヨウの、気持ちが嬉しいのです」
「……そういうものですか」
「そういうものです。もちろんカチューシャも、大事にします」
「気に入ってもらえたのなら、よかったです。――けど」
「はい」
「カチューシャを大事にしてくれるのは嬉しいですが。それを理由に、ジャグネスさんが危ない目に遭わないでくださいね。本当に大事なのは、ジャグネスさん自身ですから」
「……はい。――ヨウ」
「なんですか?」
「大好きです」
ム。
「――ええと、俺は……」
「気にしないでください。私が言いたくて言ったことなので。ヨウのは、いずれ」
「分かり、ました」
後ろにまわされている腕が、増して自分の体を抱く。
やや痛い。
「ところで」
「はい?」
「妹さんが気にしてたんですけど。ジャグネスさん、怒ってますか?」
「……――羨ましいとは思いました。ですが、エリアルなので、我慢します」
「妹さん以外だったら」
「聞きたいですか?」
「――……やめときます」
死人が出そうで、怖い。




