第21話〔女神杯って なんですか?〕④“イラスト:ユーリア”
そして、再び電車の中。今度は来た時に通った駅を半分ほど戻った所が目的地となった。
「約束の時間まで、けっこう暇があるので。タルナートさんの職場近くで暇を潰しましょう」
「分かった」
今回は最初から隣で静かに座っている魔導少女が、こくりと頷いて返事をする。
「なにか、希望とかありますか?」
「――分からない」
尤もな意見だ。
「ヨウに、任せる」
ム。
そう言われて。――何も思い浮かばない。
特に目的を持たず、女の子と一緒に過ごす時間。経験として、はじめてかも。
こういう時はどうすればいいのかと悩むにつれて、ある先輩のコトを思い出す。
よし。
「買い物をしましょう」
「いいよ。なに、買う?」
あ、そっか。
「欲しい物」
を聞こうとしたが。分からない、と言われそうなので、口を閉じる。
「――……お土産、とか?」
「ダレの?」
「皆の、でいいんじゃないですか。喜ぶと思いますし。一緒に選んでもらっていいですか?」
「分かった」
そして、やって来たのはここ最近で急激に数を増やしていると世間で噂になっている複合商業施設。中は、ショッピングセンターをはじめ、いろんな施設が集まっていて。――あとは、自分もよく分かっていない。とにかく、大きな建物だ。
目的地の駅前に建っていたのは偶然だけど。
「デカい」
外観を見た少女が率直な感想を述べる。
「ええと、ここはですね。自分もよくは分かっていないんですが、品揃え豊富で、中はいろんなお店が沢山あって、とにかく便利と噂の、よくは分かっていないところです」
「――なるほど。よく分からない」
「はい」
ちなみに、ちょっと不安。
建物の中に入ってみると、想像していたよりも人の数は少なく。基準は分からないが、平日の夕方といった感じだった。
これなら迷子にはならなそうだ。
「妹さん、離れずについて来てくださいね」
と振り返った時点で、既に相手は居なかった。
「あれ」
近場を見渡す。
ム。
直ぐに見付かった。
店先に置かれた椅子に座っている大きなクマのぬいぐるみを見ていた少女の、そばに寄る。
「クマ、好きなんですか」
「くま?」
「あ。向こうにはクマいませんか」
「聞いたことない」
「なるほど。ちなみに、見てるのがクマです。ただし実物はこんなに可愛くはありません」
むしろ極めて凶暴。
「本物は、毛、ない?」
「毛はありますよ」
「これと同じ?」
「そこまで、ふわふわはしてないかもしれません……」
「ふむふむ」
頷きながら、少女は興味津々にぬいぐるみを見る。
――欲しいのかな?
しかし、持って歩くには不便な大きさだ。
うーん。
悩む流れで、いま居る場所から見える棚に目を遣っていく。――すると、椅子に座っている物とほぼ同じ物が、何かにぶら下げられる小さなサイズで見つかる。
よし、あれにしよう。
商品を手に取る。
ム。
手に持った商品の側に置かれていた、髪留めに目が行く。
確かこういうの、カチューシャって呼ぶんだったかな。――そういえばジャグネスさん、いつも仕事中は髪を後ろでまとめて、でも前髪は――。
駄目で元々と手を伸ばし。商品をレジに持って行く。
「こっちでは駄目ですか?」
自分の問いに反応して、相手がこっちに振り向く。そして、きょとんとした。
「手の平を上にして、出してください」
徐に出される、小さな手の平。そこに、買ってきた小さなクマのぬいぐるみを、置く。
「――……くれる、の?」
「よかったら、もらってくれますか。けど、欲しくないなら気にせず言ってください」
相手が渡したクマのぬいぐるみを自身に引き寄せ、眺める。
よかったのかな?
「ありがと」
ぬいぐるみを大事そうに両手で小さく抱いて。呟くように、少女は言った。
そうして始まった暇潰しは、途中いくつかの店やゲームセンターに立ち寄って、些細な事も起こしつつ、一息つきがてらやって来たトイレの側で、一旦休憩する事となった。
「自分はここで待ってますんで」
「うん」
少女が自身の手を見ながら、女子側に入って行く。
先刻寄ったゲームセンターでパンチングマシーンに、使用していた学生達を無視して、放った一発がよっぽど本人の想像とは違っていたのだろう。
けれど割り込まれた学生達が驚くほどの数値を出していたのだが……。
しかも見た目は触っただけで、殴ってもいない。
事後は、謝罪して適切な小銭を渡したので、本人が納得していない他に問題はないと思うが。
――さて。
今の内に連絡を。
『合流した後の事は、洋治さまにお任せいたします』
「分かりました」
『では』
交信が終わる。
「ヨウ」
ム。
人の居ない隅の方で通信をしていた自分を呼んだ声のした方へ向く。
「いつから?」
「今。――なにか、あった?」
「え? あ、預言者様と通信をしてました。今日は帰りが遅くなるので、ジャグネスさんに言付けをと思って」
「そっか」
「ただ、どうも後で来るみたいです。鈴木さんと」
「……お姉ちゃん、怒ってる?」
「え、怒ってませんよ? というか、ジャグネスさんとは話してないです。こっちへ来るのは鈴木さんが来たいそうで。その、護衛です」
「なるほど」
「そんな訳なので、自分達もお土産を買ったらタルナートさんのところへ行きましょう」
「分かった」
けど、どうして怒ってると思ったのだろうか。
時間は頃合いで、無事に目的地へ到着。土産も余分に買って、渡す手紙も確りと所持。
「居酒屋キャットイヤー……」
しかし店の名前が唯一の不安要素。
だが中に入る以外に連絡を取る手段がない以上は、仕方ない。
「行きましょう」
「いらっしゃいませ、お客様! 二名様、です、か、にゃん……」
ばっちりと目が合う。
「話し方が、違う」
ヤメてあげて。
一度退店してから裏へ回り。出てきた相手が手紙を読み終えるまで頭頂の耳に注目して待つ。
交換の袋は、真っ先に渡されて中身も確認済。
「やはり、主な内容は女神杯の事でしたか」
「なんですか、それ」
というか今は関西弁の方が。
「詳しくはフェッタ様に。ワタシは直ぐ仕事へ戻らなければイケません」
「あれ、休憩時間は?」
「急な欠員で、休憩は無くなりました」
「その尻拭いを何故タルナートさんが……」
「ワタシ、バイトリーダーですから。――では」
あ、尻尾だ。
店の表に出た途端に、予期せぬ二人と出会う。
「水内さん、めっけ」
「鈴木さん? どうして」
「フェッタに、水内さんの位置をナビってもらったのよ。で。いま来たとこ」
なるほど。
「きゅきゅ救世主様」
相手の相方が、寒そうに震えて寄ってくる。
「ジャグネスさん、大丈夫ですか……」
借りたであろうコートを羽織っているものの、かなり深刻そうだ。
「ヨ、ヨヨ、ヨ、ヨウ」
DJみたいになってるのだが。
「アンタね。だから車の中は、コートを脱ぎなさいって、言ったでしょ」
車で来たのか。
「す、すみ、すみま、せん」
「ったく。で。水内さんは、こんなところで、なにしてたの?」
「預言者様の用事を」
「ふーん。この店で?」
「はい。厳密には、お店で働いている人に用がありました」
「へぇ。――面白そうな店ね」
「え?」
嫌な予感しかしない。
「いらっしゃいませ、お客さ、ま、……にゃん」
「あれ、貴方は」
「違う」
つ、つらたん……?




