第5話〔貴方は あのその斬られたい ですか?〕⑤
「それで、どうするんですか?」
こちらの質問に、相手が要領を得ない顔を見せる。
「説明しても駄目だったんですよね」
「駄目? 何故そう思うのでしょう」
「だって、説明しても信じてもらえなかったんじゃ」
「それはこちらの説明不足というか、私の……と、とにかくまだ駄目ではありません」
「けどさっきので間違いなく不審に思われた、と思いますけど」
「どうして不審に思われるのですか、私は騎士ですよ。不審者がいれば、捕まえる立場ではありませんか」
「それはアナタの……、世界での話です。こっちでは騎士というのはもう過去の存在で。日本には、そもそも騎士自体存在してなかったかもしれないくらいなんです」
「なっ。……き騎士が存在しない? では誰が、国を守っているのですか」
「自衛隊とか、警察です」
「ジエイタイ? そのジエイタイに、騎士は居ないのですか」
「居ません。たぶん剣すら持ってません」
「ではどうやって戦うのですか」
「銃で」
「じゅう……」
ム。
「知ってるんですか?」
「い、いえ。なんとなく、飛び道具ではないかと思いました」
勘で当てたにしては様子がオカシイ。
「そういえば結局、詳しい事情は教えてもらえないんですか」
「事情……?」
「ここに来た理由というか、なぜ隣の人に会わないとイケないのか、を」
「救世主様をベィビアに御連れして、女神の祠に赴いてもらう為です」
「――へ? きゅ、救世主……?」
「はい。私が住む世界ベィビアは、数百年に一度の周期で異世界より救世主様を探し出し祠にて女神に祈りを捧げてもらう事で平穏を保っています。この度の訪問は、救世主様を見付けて向こうへ御連れするという大義なのです」
「まじですか。というか、なんで突然それを、俺に」
「たったいま詳しい事情を欲する発言を自らしていたではありませんか」
「それは、そうなんですけど……。さっきまで俺のこと疑ったりしてたのに、イキナリどうして、と」
「正直に言いますと、私だけの力では事を仕損じる可能性があると痛感したからです。それと、私はまだ貴方の事を疑っています。しかし、冷静に考えれば私が異世界を訪問する情報を事前に知り得ることなどは先ず出来ません。ましてや異世界の民である貴方にわ。無論どこまで信用してよい話かは分かりませんが、もし貴方に悪意があるのであれば、私が混乱している間に何かを企てるはずです。
勿論そんな間に合わせの策略に私がはまるとは思えませんが。少なくとも、なんらかの機会はあったにもかかわらず、貴方が何かをしてくる気配はありませんでした。
したがって私は、己が使命を全うするに貴方の力を借りる為の、取引をもちかけようと考えていたところなのです」
言い終わって、女騎士が小さくガッツポーズをする。
なんだろう。長台詞を噛まずに言えた、とかだろうか。
「取引というのは?」
「要は私の問題を解決する助言を賜りたいのです。代わりに、それに見合った対価を報酬として貴方にお渡しいたします」
「つまりお金ってコトですか?」
「早い話がそうです」
ム。
「貰っても、使えないと思いますが」
「では鉱物としての価値なら、どうでしょうか。私の世界ではそう珍しくない資源ですので、いま有るだけをお渡ししても構いません。これだけあれば、物としての利用用途もあるでしょうし、妥当な取引だと思うのですが」
そう言いながら、ガサゴソと腰回りの所持品から巾着袋のような革袋を取り出し、テーブルの上に置く。そして袋の口を緩め中身を、こちらから見え易い角度に傾けて、広げる。
え。え? え?
――金だ。しかも金貨が、テーブルの上に広がった分と袋の中いっぱいに入っている。
「私の世界ではごくありふれた物ですが、こちらではそこそこ貴重な鉱物であるということは事前に預言者様から聞いております。どうでしょう。私が使命を果たせるまで協力していただけるのなら、数枚といわず全て貴方に差し上げます。――なので、前向きに検討していただけませんか?」
「ちょちょ、ちょっと待ってください」
「勿論です。これは取引ですので。ただ私も使命があります。あまり悠長に構えてはいられませんので、悪しからず」
この量の金、物の価値の前にお金に換えたら大変な額になる。いや待て。本当にこれが金であるという証拠は? そもそも異世界とか訳の分からない事を言ってる騎士の恰好をした相手だ。その上、救世主がどうとか。怪しさだけなら悪徳商法並だ。
――けど、もし言ってる事が。
イヤ待て待て、落ち着け。これは罠。そう、罠……――。
――深く、目を瞑る。
よし、決めた。
「分かりました。その取引に、応じます。ただ報酬は、別のモノでもいいですか?」
「私に用意できる範囲の物であれば」
「ええと。人探しが終わったら、自分も一緒に、いせか……そっちの世界に、行ってもいいですか?」
「ぇ……と、――何故でしょう?」
「いま居る世界と違う世界が本当に在るのなら、見てみたいからです。この目で、実際に」
言い終わると、相手は口を小さく開いたまま、やや対応に困った表情をする。
「あ、問題があるんだったら」
「――異世界から連れ帰ることが出来るのは、救世主様だけです。それ以外の人を連れ帰るのは原則禁止とされております。しかし、もし貴方の協力によって救世主様をベィビアへ御連れすることができたのなら。その時は、叶える、努力をしましょう。但し約束はできません」
「それで十分です」
「では、――取引の成立を祝って」
相手が立ち上がり、こちらに手を伸ばしてくる。それを、同じく立ち上がり、握手で返す。
「どうなるかは分かりませんが」
「だとしても、心から感謝いたします」
そして手をほどく。で、直ぐさま。
「これ、早めにしまってもらえませんか」
金貨袋を指して、言う。
「何故でしょう?」
「目に毒だから」