第19話〔女神杯って なんですか?〕②
嵐の前の静けさの逆、嵐の後の静けさとなった部屋で。遅れて来た二人を加え、机の前で横並びになる自分達に預言者が口を開く。
「少々手間取ってしまいましたが。私の口から、午後からの内容を説明いたしましょう」
「手間?」
事情を知らない短髪の騎士が、緊張した面持ちで、聞く。
「こちらの話です。貴方は気にしなくとも、よいのです」
「ははいっ」
「さて。午後からは、洋治さま達に異世界へと赴いてもらいます」
ム。
「へっ異世界ですか?」
「はい。ただ貴方は、留守番です」
「ええなんでっ」
「翻訳機能の付いた新作を一人分しか用意できなかったからです。貴方は、次回にでも」
「ほんやく……?」
「まァ詳しい事はいずれ。洋治さまから」
預言者が若干面倒くさそうな顔をした。そして、押し付けられた。
「ジャグネスさんも一緒に行くんですか?」
「いえ。今回お供をするのは、エリアルです」
「ええっ、それだとワタシ完全に一人で留守番する事に」
「ですから先ほど、そう申し上げたではないですか……」
「どうしてエリアル導師だけっ」
「石の都合です。アリエルが同行できないのは、午後も任務があるからです」
「そんなあ」
「安心してください。貴方にも、ちゃんと仕事を用意しておりますので」
「え、それって。ワタシ一人でやるって事ですよね。それはそれで不安なのですが」
「心配は無用です。貴方の実力を考慮し、私が確りと吟味した上で選んだ、正式な依頼です」
「なっなるほど。それなら安心ですっ」
「期待していますよ。――そういう訳なので。エリアル、洋治さまをよろしく頼みます。貴方の役目は基本的に護衛ですが、臨機応変に対応はしてください。それと、異世界では女神の加護を受けられませんので、自身の身も守るように」
「分かった」
「ふふ、期待していますよ」
「――それで。あっちへ行く、目的は?」
「はい。洋治さまには来る日の為に、異世界で奮闘をしている王国聖騎士団の総長に私からの手紙を渡し交換の品を貰ってきて欲しいのです」
さらりと初耳情報が出てきたのだが。
「せ、聖騎士団って。あの聖騎士団ですか……?」
「その聖騎士団です」
「……――なんですか、それ」
「えっ。ヨウジどのは聖騎士団を知らないのですか?」
「知りません。ついでに説明をしてもらって、いいですか」
「詳しくはワタシも知りません」
エエ。
「――では、私が簡単に説明いたしましょう。王国聖騎士団とは、メェイデン国の最大戦力でもあり、主に外交関係で活躍する、騎士団と魔導団の上に属する少数精鋭の組織です」
「なるほど。というコトは、ジャグネスさんよりも偉くて強い人が居る、ってコトですね」
「騎士としての地位でいえば、そうなります。ただ単純な実力は、総長をもって互角です」
「互角なんですか?」
「公式の対戦成績ではそうなります」
対戦……。
「二人は仲、悪いんですか」
「むしろ良い方です」
なるほど。
「その総長さんは、向こうで、活動をしてるんですか?」
「仰るとおりです」
「転移は救世主様を連れてくる時にのみ使用するって、言ってませんでしたか」
「おや。覚えて」
「鈴木さんの件以降、記憶を整理しておきました」
「それは末恐ろしい事で」
「つまり出任せというやつですか?」
「いいえ。これに関しては出任せではなく、政治を含んだ建前です」
「なるほど」
「流石の洋治さま、御察しがよい」
「……――続きを」
「念のために言っておきますと、異世界へと赴いているのは私が知る限り総長のみです」
「それは預言者様が把握していない事もある、ということですか」
「深読みしますね。私が信じて欲しいと言っても?」
「言うなら信じます」
「――誠に洋治さまらしいですね。ふふ」
ム……。
「大体の流れは分かりました。ちなみに、交換で貰う品というのは? 間違えると大変なので、できれば知っておきたいんですけど」
「袋に入った状態で渡されると思いますが、中身は石です。しかし洋治さまの抱く憂心に万全を期して出発前に同じ物をお渡ししておきましょう」
「お願いします」
「――異世界へ赴く上で、事前にする説明は以上となります。して、全く別の話にはなるのですが、洋治さま達の耳に入れておいて欲しいコトがございます」
「なんですか?」
「先の事件に関係する内容です」
ム。
「あれから、エーヴィゲで起こった一件を騎士団の方で調査させたのです」
「何か分かったんですか?」
「トロールについては一言――、何も、です」
「分からなかったんですか」
「多数のトロールが一箇所に集まった訳や大型が存在した理由は全てが謎のまま、調査を終了しました。さしあたって懸念されているのは、再び何処かで集結する可能性と蘇生期間です」
――そう、か。
「大型も加護で、蘇る」
「恐らく。ただ今のところは、大型が出現したという報告は受けておりません」
「蘇るとしたら、もう蘇っているんですか?」
「通常蘇生するのに掛かる期間は、女神様のもとへ行き着いた肉体の量や魂の状態によって変わってきます。しかし、人なら長くて一週間。トロールなら、二週間以上は掛かると言われています」
「ハッキリ分からないんですか?」
「トロールは環境に愛着をもちません。故に蘇生する時はベィビアの何処か、になります。しかも外見は似たり寄ったり」
「だから、確かな蘇生期間を計れない」
「ご明察です」
「けど、あれだけ大きいと期間は長そうです」
「私もそう判断しております」
「いつ出てくるか分からないのも、厄介ですね」
「まァ現れる度に、倒すしか方法はありません」
「直ぐに分からない場所で蘇生した場合は?」
「それが国外なら、各国の判断に任せるしかありません。ただし必要とあらば加勢はします」
「知らない内に倒されていたら、どうするんですか」
「国同士のつながりは非常に良好です。普通のトロールならまだしも、大型ともなれば各国に連絡をするのは当然の義務です。実際に今回の経緯も既に各国へ、書状で報告しております」
「そのへんは預言者様の領分ですね」
「ふふ。洋治さまなら、いつでもご意見を承りますよ」
「さすがにないと思いますけど……。――話は、終わりですか?」
「いえ最後にもう一つ。今回の事件で発端となった砲弾庫の爆破、実行者が分かりました」
「あれ。さっきは何も分からなかったって」
「トロールについては情報を得られなかったというだけで。他では分かった事もあるのです」
なるほど。
「――その実行者というのは?」
「エーヴィゲの住人です」
「え――、ナゼ」
「信じがたい話です。鈍才なトロールが人質を取るなど」
「人質ですか……?」
「砲弾庫を爆破した者の主張は、妻子を人質に取られた故に、です。しかし過去に事例はありません。ただ現場を確認したところ、トロールは居ませんでしたが、見付かった二人の供述は一致しております」
「でも、どうして爆破したのでしょうか」
今まで黙って話を聞いていた短髪の騎士が突然、話に加わる。
「人質を、取られたからでは?」
「死んでも、生き返るのですよ?」
「おや。なかなか割り切った考え方をするのですね」
というよりは体験談に基づく悲しい発想。
「――なんとも言えないです」
「洋治さまとは無縁の考え方でしょう」
「なんとも言えません……」
「ワタシいま絶対に性格の悪いコト言いましたよね……」
「お気づきで」
「ガガーン、スミマセンっ」
「大丈夫ですよ。ホリーさんの性格はちゃんと知ってます。何を言おうとしたのかも、分かっていますから」
「……ヨウジどの」
「ではそんな貴方に、ぴったりの仕事を」
と言って、預言者が一枚の紙を短髪の騎士に差し出す。そして、相手がそれを受け取った。
「ええっと、――城内の、……便所掃除?」
「はい。お願いしますね」
「……依頼主が、フェッタさまになっているのですが」
「ええ、正当な手続きを経た依頼書です」
「ジブン一人で……?」
「先に、申した通りです」
「――フェッタさま」
「はい、なんでしょう」
「時々性格悪いって言われませんか?」
「……――追加で男子側も」
「ひぃ」
口は災いの元。




