第18話〔女神杯って なんですか?〕①
【補足】
今話≪二章:第18話≫からは、現在のお話に戻ります。
予め、ご了承ください。m(_ _)m
「ヨウ、どうかしましたか?」
心配そうにする相手の。
「むむ。ヨウジどの、サンドイッチが一つ、手つかずではないですか」
若干時代掛かった口調で、右に座っている少女の隣から短髪の騎士が、皿に載っている昼食の残りを見て言ってくる。
「なんですか、その喋り方……」
「え。いや、ヨウジどのって。結構頻繁に、ムって感じの顔をするので。マネしてみました」
なぜに。
「俺って、そんな顔しますか?」
その問いに、テーブルの向かいに座る姉妹を含めた全員が一律で頷く。
ムム。
「水内さんは、本当に分かりやすいのよ」
言って。ブラックコーヒーを小さな音を立てて、少女がすする。
「単純ってことですか……」
「それはダメ騎士。水内さんのはもっと、純粋なほう」
あんまり違いが分からない。
「いやぁ」
「なんで照れんのよ……」
「――純粋といえば。治った腕の調子はどうですか? ヨウジどの」
純粋に全く関連がない。
「特に問題はないですよ」
もしあったとしても。昨日完治したばかりなので、まだ分からない。
「ほんと、不幸中の幸いだったわね」
確かに全治一ヶ月と少しの骨折で済んだのは運が良かったと思う。けれど、隣で感想を述べている少女は大型トロールの一件で、――死んだ。本人の口から直接聞いた訳ではないが、確証は他から得ている。
鈴木さんが死んだのは、――自分の所為だ。
どうして、そうしたのか。どう、なったのか。聞いても、何一つ答えは聞かされていない。しかし間違いなく、自分は助けられた。文字通り、命を。
「ほら。またそうやって、余計なコト、考えるでしょ」
「え?」
「ヨウが何かをじっと見てる時、何かを考えてる時」
魔導少女が、ソースをつけた口で、徐に言う。
「エリアル、口元が汚れていますよ。――まったく」
そして紙ナプキンで妹の口を拭う姉と目が合い、相手がやや恥ずかしそうにする。
「そうだ。ヨウジどの、午後からの任務は何ですか?」
あ。
「机に置いた書類を、持って来るの忘れてた」
「どこかに持っていく予定だったのですか?」
「午後から何をするか決まっていないので。確認がてら預言者様のところへ、書類を持って行こうと思ってました」
「だったらワタシが取りに行きますので。ヨウジどのは先に預言者さまの部屋へ」
「いや忘れたのは俺ですから、自分で」
「気にしないでください。ワタシ、預言者さまが相手だとまだ緊張してしまうので。少しでも話す時間が短く終わった方が助かります」
なるほど……。
「さすがのダメっぷりね」
「いやぁ」
「ほめてないわよ」
「そういうコトなら。お言葉に、甘えて」
「はい、お任せください。エリアル導師、一緒について来てくださいね」
「嫌」
「ええなんでっ。ついて来てくださいよぉ」
「嫌」
「ガガーン」
「ていうか。それくらい、一人で行きなさいよ」
「だ、だって。遅れて入るの、一人だと入りづらいので……」
「ダメ騎士」
「はいッ」
「……――妹さん、ホリーさんと一緒に行ってあげてください」
「分かった」
「ガガーン、なんでっ」
「ま。わたしはいつもみたいに、あとで顔を出しに行くわ」
「分かりました。――ジャグネスさん、午後からの仕事も、気を付けてくださいね」
「ぇ。ぁはいっ」
近場の時計を見る。
「そろそろ行きましょうか」
「あ。ヨウジどの。食べないのなら、そのサンドイッチをください」
ム。
「いいですよ」
「では」
「アンタ、食べる前に騎士さま見たほうがいいわよ」
「え? ――ひッ」
なぜテーブルナイフを逆手に持つ。
相手の返事を待って、部屋に入る。すると――。
え。
――とにかく存在感のある、人並外れた体格の持ち主が、部屋の奥、机の前に立っていた。
「ぬ。どこかで見た顔だな」
羽織るマントを揺らして巨漢がこちらに顔を向ける。
「いま話していた、ご本人ですよ」
巨漢の向こうから、姿なき声が。
「ほう。道理で」
――ムム。
「ええと、話の邪魔になるとイケないので。また後で来ます」
「なぁにを言っておる。さっさとこっちに来んか」
巨漢が踵を返そうとした自分に、そう言う。
まさに、それがイヤで帰ろうとしたのだが。
とはいえ呼ばれた以上は行くしかない。
「で、どうだ。その、うまくやっておるのか」
立派な外套とは相反して、どこぞの傭兵や剣闘士を思わせる恰好をした相手が、隣に来た自分に、唐突な質問を投げ掛けてくる。
「え?」
「――自己紹介もせず、いきなりすぎますよ」
定位置となる椅子に腰掛ける預言者が、持っていたカップに口を付ける前に、言う。
「む。其方、名は」
「水内、洋治です」
「うむ知っておる。外見と同じで、地味な名前だの」
ならなんで聞いたんだ……。あと過去に似た反応をされた記憶が。
「アルベルト、貴方の名も、人に自慢ができるほど珍しい名前ではありませんよ」
「珍しいと地味では、全く意味が違うではないか」
「私にとっては同じです」
「――……あのぉ」
「なんだ」
「そちらは……。それと、自分に何か用でも?」
「いまフェッタが、ワシの名を口にしたではないか」
そういう意味ではないのだが。
「洋治さま、この筋肉質な大男は、メェイデン王国の、国王です」
え。
「国の、王様……?」
「いまフェッタが、そう言ったではないか」
「アルベルト、少しお静かに」
「むう」
――黙った。どういう上下関係なんだ。
「以前にお話したと思いますが。国王は、アリエルとエリアルの父親でもあります」
あ。そうだった。
「えっと。ジャグネスさん、というか。妹さんにも、日頃からお世話になっております。挨拶が遅れてしまい、本当に申し訳ありません」
「ジャグネス? 誰だそれは」
「アリエルが名乗っている、今の姓です」
「ふむ……。妹、というのはエリアルのことか。世話になっているとは、どの様な意味でだ。よもやアリエルだけでなく、エリアルにも手を付けたのか?」
「いい加減になさい。一国の王として、恥ずかしくはないのですか」
「我が娘の話だ、仕方なかろう」
ムム。
「――娘さんとは、自分なりに、真面目に交際をしています。けっして遊び半分で手を出したりはしていません。勿論妹さんには、手を出す気もありません」
そして相手が、眼球の細かい動きを見ることが出来る位置まで、顔を近付けてくる。
「では何故、婚約ではなく、交際なのだ? 遊びでないと言うのなら、本来そっちであろう」
「……――他人に言われて決断をする男に、大切な娘をやるんですか?」
「ほう。なら、大切な娘をやるに相応しい男なのか、其方は」
「自分で決めるコトではないです」
「それは弱音か?」
「元から強くはないです」
「意気地無しか」
「かもしれません。――けど、最終的に相応しいかどうかの証明は出来ます」
「どう、証明する積もりだ?」
「もし自分が娘さんに相応しくない男なら。きっと、どこかで命を落とします。斬られて」
「意気地無しの腰抜けか。斬るより先に、斬られる覚悟が来るとは」
「でも斬るのは娘さんです」
「ぬ。どういう意味だ……?」
「そのままの意味です。ジャグネスさんなら、仕様もない男は斬って終いに出来ます。だから約束の一年が経っても俺が生きていたら。それが、証明になります。生半可な覚悟で強い女性と一緒には居られませんから」
相手の顔が離れる。
「言いたい事は、よう分かった。――だが、納得はせんっ」
エエ。
「一先ず話は先送りだ。其方が相応しい男かどうかは後日、ゆっくり話そうではないか。ではさらばだ、ヨウジとやら」
そう言い残して、巨漢が部屋から出て行く。
「国の王を相手に我を通す。実に天晴れです、洋治さま」
「けど納得はしてませんよ」
相手が俺だし分からなくはないけど。
「いえいえ国を治める者に期待を持たせただけでも、十分な成果です」
「期待?」
「ええ、王は見た目通りの性格ですからね。人の名前を覚えるのは苦手なのですよ」
でもさっき知ってるって……。――あ。そうだ。
「預言者様って、王様を相手にして親しげに話すんですね。意外でした」
「惚れた弱みでしょうか。王は私を特別に扱っていますからね」
「それはどういう……」
「私、王に何度も求婚されてますから」
「えっ、まじですか」
「マジです」
「けど奥さん居ますよね?」
「エリアルが生まれて直ぐに他界しました。それと、こちらは一夫多妻制ですよ」
「他界って……、加護は?」
「加護はあっても不死ではありませんよ?」
「それは、まぁ」
「まァその辺の話は追々」
「――ちなみに。求婚されて、受けなかった理由ってあるんですか?」
「はい。受ける気など、今後もさらさらありません」
「どうしてですか」
「私、筋肉馬鹿は嫌いなのです。夫にするのなら、洋治さまのような知的な殿方でないと。よければアリエルとエリアルを嫁に迎え入れた後、私もどうでしょう?」
「勝手に妹さんも入れるのヤメてください。ついでに言うと家庭内環境が複雑になるので絶対にイヤです」
「ならいっそ王も、洋治さまの嫁に、いえ婿に」
なにそれ怖い。




