第17話〔季節が移りゆく秋の終わりに〕①/外伝
【補足】
今話≪二章:第17話≫は≪一章:第1話≫より前の、お話となります。
通常よりも短いお話となっております。
予め、ご了承ください。m(_ _)m
「俺、ここ辞めるわ」
今日も今日とて喫煙室で煙草をふかす相手が、突然にそんなコトを言い出す。
「また失恋ですか」
「ちっげぇよ。そんな理由で仕事辞めたりしっねぇだろっ」
形作る髪を大げさに揺らして相手が否定する。
「けど、前回は田舎に帰るって言ってましたよ」
「それは家業を継ぐって話で。ここ辞めるなんて言ってねっ」
結果的には辞める事になるのだが……。
「先輩の実家って。お豆腐屋さんですよね?」
「おおう、よく覚えてるな」
「ここ辞めたら、豆腐を作るんですか」
「だな。売り物になったらメールすっから。買いに来いよ」
「行きません」
「即答かよ……」
「先輩の実家は遠いので。豆腐が悪くなります」
「そこはあれだ。近くの、公園とかのベンチで」
「普通にイヤです」
男一人で知らない公園のベンチに座り、買ったばかりの豆腐を食べるなんて新手の刑罰だ。
「わーったよ。イートインできる場所、用意しておくっから、な?」
「分かりました」
「よしっ」
行くとは言ってないけど。
「ところで。失恋でないなら、どうして辞めるんですか」
「ようじも薄々気づいてるだろ?」
「なにをですか」
「この会社、近々潰れるぞ」
ム。
「経理の娘と仲良いからっよ。いろいろ情報まわってくんだ」
「仲がいいっていうか。先輩がしつこく聞くからでは?」
「聞いてねぇってっ」
しかも、ややセクハラ。
「いつ頃に辞めるつもりなんですか」
「――えっ、と。週明けにすっかな」
「随分と気が早いですね」
「辞める時はスパッと辞めるのが、俺の主義だからな」
「けど別れた彼女さんのメール、時々見てますよね」
「ちょ、おまっ――、……なんで?」
「隣の席ですから」
「あ、あれはだな……。そうっ。暇な時間に消してんっだよ」
相も変わらず、嘘を吐く時に頬を触る癖は健在だ。
「なぜ全消し機能を使わないんですか」
「おまえなぁ、風流ってのがあるだっろ」
それとは無縁な性格をしている気が。
――壁の時計に目を遣る。
「そろそろ行きましょう」
椅子から立ち上がり。煙草を吸わない代わりに飲んで空になった紙コップを喫煙室にあるゴミ箱へ捨てに行く。
「でさ。いつになったら番号も教えてくれっの? ここ辞めたら、聞く機会がなくなるからっさ。いま」
「お断りします」
「即答かよ……」
「お先に失礼します」
職場を出て。建物内の廊下を歩き始めた途端、いま閉めた扉が開く音がして。
「みなうちさんっ」
「はい?」
――ム。経理の林さんだ。
「こ、これを」
そう言って、二つ折りにしたメモのような物をこちらに差し出す。
「なんですか、これ」
「わ、わたしの連絡先です。も、もしお暇な時があればいつでも連絡をください。あっでも、わたし明日と明後日は超絶暇なのでっ。ぜひ、気が向いたらっ」
しばし受け取りを思案する自分の上着ポケットに、相手が持っていた紙を不意に突っ込む。
「え。ちょっと」
「それではっ、突然呼び止めてしまってごめんなさいっ」
「あ――」
こちらの反応を待たず。相手が職場へ戻って行く。
ムム。
自宅の最寄り駅へ向かう電車の中で、渡された紙に書かれていたメールアドレスと電話番号を再度、見る。
気が向いたら、か。
後を追いかけて返す事も出来たが。さすがに出来なかった。――しかし。
自分の気は、今、どこを向いているのだろう。
取り敢えず今晩にでも。
連絡はした方がいいか……。
風呂からあがり。髪の水気をタオルで拭き取りつつ、携帯電話を取る。
うーん。
話す内容が、無い。
超絶暇か……。
しかし明日は衣替えをする予定なので。こっちが暇ではない。
――連絡は、明日にしよう。
その代わりに日曜の予定でも聞いて――。
けど、どうして俺なのだろう。――林さん、友達多そうなのに。
持った携帯電話を、置いていた場所に戻す。
※
人は目の前で起きている出来事をどれだけ許容できるのか。
確定した結果、覆す結末。
そんな、非常な事を。
*
季節が移りゆく秋の終わりに、本格的な冬の訪れに備える独り身の休日が始まる。
まずは並べた夏物を冬物と交換だ。
タンスの引き出しに、手を伸ばす。
あ。そういえば茶葉を買うのを忘れてた。――まあ、あとで買いに行けばいいか。
そして、引き出しを開けた。
――え?
【補足】
次話≪二章:第18話≫からは、現在のお話に戻ります。
予め、ご了承ください。m(_ _)m




