第16話〔私 以前に言ったと思うのですが〕⑩
大量の煙と燃え盛る炎を、脇で抱えられていた体が自由になった場所から眺める。
「ヨウっ」
がばっと目の前が暗くなり、硬くひんやりとした物がかなりの力で顔にぐいぐいと。
「よくぞご無事でっ。私、とっても心配していたのですよっ」
相手の方が少し高いとはいえ、上から押し付けられるように顔を挟みこまれ、締め付けられているので、普通に痛い。あと。
「ジャグネスさん、苦しいです」
「え? ――あ。ス、スミマセンっ」
一瞬にしてパッと明ける視界で、相手が頬を染めながら謝る。
鎧って硬い。
そして背後で足音がしたので見ると、魔導少女が其処に立っていた。
「血が出てる」
相手が自分の左肩を指して言う。
ム。
巻いた当初には無かった血が、包帯に滲んで広がっていた。
「えっ嘘。ヨウ、怪我をしているのですかっ」
魔導少女が示した箇所を見て、口元を手で押さえる感じに騎士が驚く。
「ちょっと擦りむきました」
「そっちは?」
「……ええと。――折れました。けどホリーさんが手当てをしてくれたので――」
てホリーさんっ。
今も多量の煙が上がっている所に目を向ける。
まさか、巻き込まれて。
――煙の中で、巨大な影が動く。
え。
次の瞬間――立ち上る灰色の煙から大きな足が、次いで顔、そして体の順番で、巨人が煙の外に姿を現す。その体は黒く焦げていて。怒りに満ちた表情でこちらを睨み付ける。
これは――、えっ。
そんな相手を正面にして、姉妹はいつの間にか歩を進めていた。
「ジャグネスさん、妹さん――?」
「ヨウはさがっていてください」
顔は見えないが。その言葉に、明らかな感情を見る。
***
巨人の数十メートル手前まで距離を詰め。ジャグネスとエリアルは横並びに足を止めた。
「エリアル」
騎士が手に持った剣を妹の前に突き立て、手を放す。
「うん」
それを見て、腰のベルトに付いた収納具から光の球を出し、エリアルは自身の丈に近い杖を取り出す。
ジャグネスもまた予備の剣を取り出して、構える。
そして――チカラが、姉妹を中心にして、渦巻く。
魔力の解放。通常の強化とは比較にならない程に能力が向上するその行為は、生まれ持った才能と行使に長けた者だけが可能な最大の強化技。だがその反面で、使用後に著しい消耗がある為、冷静な判断をしなければならない。
しかし、大切な者を傷つけられた姉妹の心中に、それを判断する余裕など、無かった。
二人はいま、逆立った髪の様に、平常とは反対の感情で動いている。
「魔力装填、開始」
足跡を残して踏み出す姉には目もくれず。エリアルは魔法陣を突き立てられた剣に展開した。
影となって疾走するジャグネスを横からなぎ払うようにして振るわれた巨人の腕が直撃する寸前、更なる踏み込みで加速した騎士の姿が消える。
「ブモオ」
そして空を切る巨人の、片膝が大地を突く。
「でかい図体の割には、よく動きます」
最も得意とする踏み込みからの一撃で、相手のアキレス腱を切断した騎士が、意味を理解するかなど意に介さず、言葉にする。
「ボモオッ」
巨人が声のした方向に振り返るが既に騎士の姿は無く。もう片方の膝が新たな斬撃で落ちる。
「次は、その不躾な眼です」
両膝を折って尚も巨大な相手の正面真下に立っていた騎士が、そう言って跳び上がった。
「ブモ」
再び声のした方を見ようとした巨人が顔を前に戻した途端、跳び上がったジャグネスの横に振った一線がその目を斬り裂く。そして剣が、衝撃に耐え切れず、砕ける。
「ブモオオオオッッ」
斬られた瞳の痛みに悶える相手の顔を蹴って後方に落下し、騎士は着地した。
展開した魔法陣から刀身に魔力を装填し終えたエリアルの側に、ジャグネスが着地する。
「お姉ちゃん。――殺っちゃって」
「無論です」
地面に突き立てた剣を抜き取りながら騎士は返事をし、焔の熱に彩られた刀身を低く構えて両手で持つ。
「二度と女神のもとから帰らぬよう。魂ごと消滅させて遣ります」
そして疾走する騎士の剣が炎の尾を引いて、立ち上る。
視力を失った相手に向かって跳び上がったジャグネスが、握り締める剣を頭上に掲げ。
「私の、ヨウにッ」
燃え上がり巨大な刃となった刀身を。
「なにを、するのッですかーーッ!」
巨人に振り下ろす。
*
巨大な炎の刃で斬られた巨人が、仰向けになって地面に倒れ込む。
おお……。
そして倒れたトロールの体が炎に包まれた。
なんていうか。――色々すごすぎてわからない。
爆発した火薬の後始末や町のトロールを討伐し終わった騎士団の到着で賑わってきた広場に居る自分達を前に、全体的に黒くなり前髪がちりちりになった短髪の騎士が後頭部を触りながら言う。
「いやぁ。生きてるのが不思議です」
「よく、あの状況で助かりましたね……」
「コケたのが幸いしました。もしあのまま森を出ていたら確実に巻き込まれていましたし。トロールに踏まれなかったのは、本当に運が良かったです」
「運も実力のうち、と言いますからね。今回の戦いを通して、貴方は成長をしたのでしょう」
え。
「預言者様っ」
突如として現れたローブを着る相手に、騎士の団長が体を向けて驚く。
「え。預言者さまって。預言者フェッタさま……?」
「はい。私がそのフェッタちゃんです」
フェッタちゃん……。
「ホリーさん、預言者様と会ったことなかったんですか?」
「ないですよっ。遠目で何度か拝見をしたことはありましたが。ワタシのような下位の騎士は話す機会など、そもそもありませんからっ」
「おや。私って、意外にお高い感じなのでしょうか」
「……――あの。預言者様は、どうしてここに?」
「どうしてと言われましても。騎士団側で通信が出来るのは、私だけですから」
なるほど。
「おっ。いたいた。――いろいろあったみたいだけど。こっちも無事に全部片付いたみたいだね。ご苦労さま」
と、そんな感じで現れた町長が自分達に近づきながら言葉を口にする。
「ん。フェッタさまじゃないか。久しぶりだね」
「ええ、お久しぶりです。カミラ町長」
「えっ。カミラさん、預言者さまとお知り合いだったのですか?」
「そりゃ知ってるよ。いつもホリーが持ってくる手紙も、フェッタさまからのだからねぇ」
「知らなかった……」
「はて。嬢ちゃんはどこだい? 姿が見えないね」
ム。
「――……じつは」
話を終え、預言者にネックレスを渡す。
「確かに。これは私が救世主様に渡した物と相違ありません」
「まさかあの嬢ちゃんが救世主ってやつだったとはね。こりゃ二度びっくりだ。しかし死んじまったのは残念だね。あとで話すの、楽しみにしてたんだけどねぇ」
「まだ、死んだと決まった訳では」
「――なるほど。話は分かりました。洋治さまが希望するのなら、騎士団に森の中を捜索させましょう」
「お願いします」
「ですがもし救世主様の身に何かあったとしても。洋治さまが気を咎める必要はありません」
「それは――」
――無理だ。
「森に居るのなら、大した広さではありませんし。直ぐに見付かりますよ。万一死んでいたとしても、明日には会えますからね」
明日って、そんなのはただの気休め――。
「へっ明日?」
「はい。救世主様は女神から最大の加護を受けていますから。一晩で生き返りますよ。私、以前に言ったと思うのですが」
「ででも。異世界人は女神の加護を受けれないって」
「仰る通りです。ですが、救世主様は祈りによって女神の加護をその身に受けました。今や誰よりも加護を受ける立場であらせられます。ですから、気を咎める必要は――、あれ? 洋治さま、聞いておられますか?」
「そういえば嬢ちゃんが置いてった土産ってのがあるんだけど」
「おや。それは、こちらで処理しましょう。――ん、どうしたのですか? エリアル」
「ヨウは、生き返る?」
「残念ながら洋治さまだけは生き返る事が出来ません。男性の身では祈りの儀式も出来ませんからね」
「預言者様ッその話は本当ですかっ」
「ちょ、アリエル、貴方、落ち着きなさいっ」
――エエエ。
翌日の朝。預言者に言われて騎士と出向いた部屋に。
「ごめん、水内さん。今日はちょっと体がダルいから。明日にして……」
少女が居た。
そんな訳で、悩み事が綺麗さっぱり無くなり、普通の週明けとなった。
「救世主様がご無事で、よかったです」
城内の廊下を隣で一緒に歩く相手が言う。
「自分としては、何が何やら……」
「――それよりも。ヨウは今後、今まで以上に危ない事は全面的に禁止ですっ」
「まぁ腕もこんな状態ですし。どのみち暫くむちゃはできません」
「暫くではなく、ずっとですっ」
ムム。
「そういえばジャグネスさん。ここのところ休みの日はバタバタしっぱなしでは?」
「かもしれません」
「なら。次の休みは二人でゆっくりしましょう」
「え、本当ですかっ?」
「はい」
「ででも。ヨウは腕が……」
「近くを散歩するとかで、よければ」
「勿論ですっ」
「――ところで」
「はい。なにでしょうか?」
「ジャグネスさんて、どうしてあんなに高く跳べるんですか?」
「高かったですか?」
「はい」
「私、もう少し高く跳べますよ」
「まじですか」
「えっと。はい、本当です」
「跳ぶ時は、どうやって跳ぶんですか」
「ん――、ひょいっと?」
そっかぁ……。
【補足】
作中に出た≪預言者の以前に言った話≫は≪一章:第17話≫の下部
「救世主様、言い忘れておりました」より後に、記載しております。
次話≪二章:第17話≫は≪一章:第1話≫より前の、お話となります。
予め、ご了承ください。m(_ _)m