第13話〔私 以前に言ったと思うのですが〕⑦
コボルトと呼ばれる二足歩行の獣が、横に跳んで振り下ろされた刃をかわす。騎士がそれを手に持った剣で斬り上げ気味に追撃し相手を左斜め下から斬り裂いた。
そして空中で体を裂かれた獣は自身の血を飛び散らしながら跳んだ勢いで、地面に伏す。
おお。
「ふぅ。――いやぁ、なんとかなりました。して、声援は……」
最後の一体を倒し終えた短髪の騎士が、そこそこの返り血を浴びた姿で、こちらに振り向いて言う。
「殺し合いの最中にそんな、気の散るコト、できるわけないでしょ。ていうかアンタ、顔とかについた血、拭きなさいよ。いまけっこうホラーチックよ」
「ホ、ホラぁ? ――あ。新しいっ鎧がっ」
そっちなんだ。
「アンタ、ちゃんと騎士できるのね。ちょびっとだけ見直したわ」
持っていたタオルで自身の顔や、鎧を念入りに拭いている相手を少女がそう再評価する。
「いやぁ相手は、ただのコボルトですから」
そうは言うが武器を持った素早く動く二本足の獣に、自分では勝てる気がしない。
無意識に、先に倒されたコボルトの方へ目を向ける。――と。
あれ?
其処に獣の姿は無かった。
「あの。倒したコボルトが居なくなってますけど」
自分の言葉に、少女だけが反応して其処を見る。
「死んで。女神さまのところへ、行ったのだと思いますよ」
「女神さまのところ?」
「加護を受けている種族は、死んでから少しすると光になって消えるのです。そして魂となり女神さまのところへと向かいます」
「なに、女神って死んだら会えるわけ?」
「会えません。というかは死んでいる間、意識がないので分かりません」
「着ている服とかも一緒に消えるんですか?」
「消えますよ。ただ死体から離れすぎていると残ります。あと体から出た分の血は残ります」
確かに、血溜まりが残っている。
「消えた物はどうなるんですか?」
「蘇る時に、一緒に出てきますよ」
「どこで、蘇るのよ」
「人によってまちまちです。基本は、思い入れのある場所ですね」
「ホリーさんの場合は?」
「九番隊の待機所です……」
理由が、社畜でないことを望む。
清々しい朝が始まって、自分の感覚で一時間程が経過した頃。襟のブローチに連絡が入った。
『そっちの調子はどうだい?』
ブローチに触れて通信を行うと直ぐに相手が質問をしてくる。
「少し前にコボルトという魔物に襲われましたが。それ以降は特に何も起きていません」
『ほう。コボルトかい』
「ホリーさんが確認をしてから倒してくれたので。たぶん問題はないと思います」
『ふむ』
「――ところで。作戦は順調に進んでるんですか?」
『騎士団はもう町のトロールを討伐し始めてるよ。今のところ、十体は位置も分かってる。その内の三体は、既に処理も済んだからねぇ。さすがは王国騎士団だよ』
ム。早い。
「大型は?」
『それはまだ、見付かってすらないんだよ。恐らく残りの二体も含めて、そっちだね』
「えっ。カミラさん。そっちって……?」
『ホリーが居る方さ』
「ええっなんでっ」
『そっち側の担当はホリー達だからね。他で見付かってないってコトは必然的にそうなるね』
「そんなぁ」
「いやでも相手が大きいなら、もうとっくに見付かってるはず?」
大きいと言っても通常サイズすら知らないけど。
「やはり見間違えた可能性もっ?」
「ま。あんがい、どっか行っちゃったのかもよ」
『だったら嬉しんだけどね。――それはそうと。さっきエリアル達から連絡があったよ』
「なにかあったんですか?」
「いや。無事に工場から火薬を――、ん。ちょっと待っておくれ。エリアルから連絡が。いったん通信を切るよ」
そして相手が交信を一方的に終わらせる。
「なにか起きたのでしょうか?」
「うーん」
いまのだけではなんとも言えない。
「ね。なんか。揺れてない?」
確かに。若干地面が揺れている。
しかも徐々に揺れが、強く。
「うぅ。最悪です」
「なによ、急に」
絶望感を色濃く出している短髪の騎士に、少女が問い掛けるように言う。
「トロールが来ます」
「え?」
「なんで分かんのよ」
「分かりますよォ。ワタシ、何度も殺されてますから……」
冗談で言ってる訳では、ないか。
「で。どこから来るのよ?」
「揺れ方と足音からして――あっちです」
短髪の騎士が肩を落として、力無く上げた腕の指で町へと続く道の先を示す。
そこは早朝一団が工場へ向かった時に通った道で。先は曲がり角になっており、道すがら建物の陰に隠れて見えていない。
しかし短髪の騎士が言うように。揺れと同調する音は実際そこへ、近付いている。
「来ます」
正に言ったと同時、隠れた道の向こうから人の集団が自分達の居る方へ角を曲がりながら飛び出してくる。そしてそれが、姉妹と一緒に工場へと向かった数名の自警団だと直ぐに分かった。
団員達は、樽の様な物をいっぱいに乗せた荷車を一人が引いて他全員が周りから押す形で、懸命に道の上をこちらへ向かい走ってきている。
二人は――?
その中に、姉妹の姿は無かった。
「なに。あれ」
少女は具体的な事を何も示さなかった。しかし自分が理解を示すのに、時間は全く掛からなかった。
……手?
人の三倍はある手が、見通しを悪くしている角の建物の外壁を掴んでいた。その位置も、人の届く高さを明らかに超えていて。――続いて全貌が、壁に亀裂を走らせて顔から現れる。
――……――。
「ヨウジどの。逃げましょう」
その声で、我に返る。
「ホリーさん。あれが」
「はいトロールです」
再び足もとが揺れ始める。それは離れた場所からでも分かるほどの大きな体が、荷車を追う事で生じる振動だった。
「そうですね、逃げ」
後退に同意しようとして、やめる。
見るからに荷車は逃げていた。そして追う方が、僅かに速い。
「このままだと、自警団の人達が。――助けましょう」
「え。ヨ、ヨウジどのっ。……本気で?」
「はい」
「どうやって……?」
「どうにかして、こっちに」
「来た後は?」
「分かりません」
「当然それをやるのは、ワタシですよね?」
「すみません」
「うぅ」
ムム。
「――鈴木さん。なにかいい案は、ありませんか?」
助けを求めて少女の方を見る。
「メロンパンにしては、緑すぎない?」
え。
「そういえば小さい時に飼ってたハムスターの毛を抜いたら、あんな感じだったわ」
「あ、あの、鈴木さん?」
「ブサイクだけど。女子ウケしたりするのよねぇ。――水内さんも、一杯どう?」
鈴木さんが壊れた。
「ひぃ」
こん棒が、逃げる騎士の後ろにある地面に、叩き付けられる。
「おしいわね」
隣に居る少女が、取り戻した正気で言い放つ。
「どわっ」
こん棒が、騎士の下げた頭の上を通り過ぎる。
「いつまどぅえッ。――ワタシっ。こんぬあッ」
おお凄い。
――結局、とった行動は単純なものだった。自警団を助けるのに、怒りやすいというトロールの習性を利用し投石で騎士が囮になり時間を稼ぐ。
最終的には道から外れた草っ原で、目的が果たされた後も、短髪の騎士は逃げ続けていた。
そしてそれを少し離れた場所から自分と隣に居る少女が、三分近く眺めている。
「なんだかんだ言って。ホリーさんて、けっこう凄いですよね」
「そ?」
「いまのところ、当たってませんし」
「集団心理の一種ね。他に誰もいないから、いつも以上に頑張れてるんじゃないの」
なるほど。
「て言っても。そろそろ、限界ね」
少女がそう言ったそばから、こん棒を受け止めようとした騎士の剣が折れる。
ム。
近くに手頃な石がないか探す。
「あ。投げたわ。苦肉の策ね。――ん。水内さん、なにやってるの?」
あった。
見付けた石を拾う。
「まって。もしかして。助けに行くつもり?」
「はい。見捨てる訳にはいきませんから」
「なんで。水内さんの話だと、ダメ騎士は死んでも生き返るんでしょ? いまのうちにわたしたちは逃げるか、隠れるかしましょ」
「逃げるのには賛成です。でも、それならホリーさんも一緒に」
「ムリ。ゼッタイにダメ。いいから逃げましょ」
「すぐ戻ってきます。鈴木さんは先に逃げててください」
そう言い残し、今にもやられそうな騎士のところへと急ぐ。
「え。ちょっと水内さん、まっ――」
投げた石が、地面に座り込む短髪の騎士にこん棒を振り下ろそうとしている相手の横っ面にみごと命中する。
ム。思いの外、キレイに。
「ヨウジどのっ?」
石を当てた相手が、猿と豚を掛け合わせた様な顔をこっちへ向ける。そしてゆっくりと体の向きも変えて。――視界いっぱいに、身長が四メートルを優に超える人の形をした体の正面が。
――これは。
「逃げてくださいっ」
振り上げられる、こん棒。視界を埋め尽くす、緑の体表。怒りに満ちたその目を見て、次に自分が何をするべきかを忘れる。
お……。
「ブモ」
相手が息を吐く様な唸り声を発する。と次の瞬間、横から来た何かがその顔をはね飛ばす。
「ボモッ」
投石では微塵も揺るがなかった大きな体が二歩三歩とさがり、倒れる事なく踏み止まる。
「わっ」
危うく踏まれそうになった短髪の騎士が声を出す。
なに。
「ブブ」
泳いだ体を立て直し何かが飛んできた方向をトロールが見た途端、瞬く間に人影が大きな足の真ん中を通過する。
「ジャグネス騎士団長っ」
目にも止まらぬ速さで来た人影の正体が分かり。短髪の騎士がその名を口にした。
「ブモ」
「ジャグネス騎士団長、後ろっ」
佇んでいたトロールが動き出したのを見て、短髪の騎士が声を上げる。が振り向こうとした相手の体はねじった勢いで体勢を崩す。
うお。
その原因は大きな体を支える二本が共に、断たれていたからだった。そして新たな危機が、現れた騎士の背後に迫る。
マズい。
体勢を崩したトロールのこん棒が――。
へ。
――こん棒を持つ腕を、迫っていた体も含めて騎士が振り向きざまに持っていた剣で横一線に斬り裂く。
「ひッ」
そして腕ごと地面に落ちてきたこん棒を見て、短髪の騎士が小さな悲鳴を上げた。
地面に倒れて動かなくなったトロールの顔面に、片手で拾い上げたこん棒を、ぼこ、ぼこ、と二度打ち付けてから手を放した相手が、満面の笑みでこっちに振り向く。
見てはイケないものを見てしまった気がする。




