第12話〔私 以前に言ったと思うのですが〕⑥
未明に出発して、月明かりに照らされた薄闇の町を数名の自警団に先導され、辿り着いた場所で潜伏し、明け方を迎える。日はまだ完全に昇っていないが、視界を十分に確保できる事から、皆が動き出そうとしていた。
「ふわぁ――、んん。ん。――あ、ごめんね。寝てたみたい」
座っている自分の右側に寄り掛かり眠っていた少女が、起きて寝惚け眼をこすりながら言う。
「俺は大丈夫です」
ただ、今は自警団と話をしに行って居なくなったが。近くに居てる間はずっと、騎士が少女の寝姿を見詰めていたので、そっちがどう思っているのかは知らない。
「いがいと森の中って、快適ね」
厳密には森と呼べるほどの規模ではないらしく。やや広い面積に木々が密集して立ち並ぶ場所なのだと、自警団の人が言っていた。
「水内さんは起きてたの?」
「起きてました」
というか、寝れない。
「あんまり気を張りすぎると、よくないわよ。わたしたちはただの見張りなんだから。――起きてて、暇じゃなかったの?」
「暇潰しに、いろいろ考えてたので」
「どんなこと?」
「えっと――」
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「鈴木さん」
トイレに行くと言って部屋を出た少女のあとを追いかけ、声を掛ける。
「ん。なに?」
他に誰も居ない廊下で、相手が振り向く。
「さっきはその、ありがとうございます」
「ああ。いいのよ、気にしないで」
「けどどうして、助けて。鈴木さんは前に、俺のそういうところ好きじゃないって。それに、一回は注意もしてたのに」
「ん。わたし、べつにそういうところ嫌いじゃないもの。わたし、嫌いって言った?」
「言ってはないですけど……。好きか嫌いかで言えば、嫌いなのでは?」
「どっちかって言うと、好きよ」
エエ。
「でもバカなコトするヤツは嫌い」
ム。
「あと、純粋に興味あるの」
「興味?」
「だって。せっかく異世界に来たのよ。トロールとかいうの、見てみたいじゃない。水内さんもそう思うでしょ?」
「まあ、それもありますね」
「細かい理由まで聞く気はないけど。だいたい分かるし。でも。どうせ見るなら、一緒に見ればいいでしょ。そしたらもし水内さんがバカなマネしようとしても、わたしがとめればいいだけの話だし」
「そ、そうですね……」
「それに死んでも生き返るみたいだし」
「――……その事なんですけど」
「ん?」
ここで、言わないと。
「という訳なので。加護の話は確信が持てるまで、無いと思ってたほうが」
「ふーん。そうなんだ」
どうでもよさそうに、少女が相槌を返す。
「反応、薄いですね」
「ま、そね。じっさいどうでもいいし」
「……なぜ?」
「わたしも水内さんと一緒で。反則技はあっても使いたくないタイプなの。はなっからあてにもしてない。――そんな、ことより」
「はい」
「水内さんこそ、気をつけたほうがいいわよ」
「なにをですか?」
「だいたいそうやって人のコト心配しだすと。ドラマじゃ真っ先にケガするのよ。水内さんて、まさにそんな感じだから。気をつけてね」
「注意します……」
「じゃ。水内さんの案、楽しみにしてるわよ。わたしそっち系は苦手だから」
そう言って呼び止める前の方向へ、少女が歩いて行く。
うーん。
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やっぱりあの時に、言うべきだったのだろうか。
「水内さんて、本当に分かりやすいわね」
「え、俺まだ」
――あれ、前にも似たようなことが。
「心配しなくても。わたしは大丈夫よ。もしもの時は、水内さんも守ってくれるんでしょ?」
「それは、勿論」
「なら安心」
うん。やっぱり、そういう事を言う人もドラマじゃだいたい酷い目に遭いますよね。って言えばよかった。
「それでは行って来ます。もし何かあれば、ヨウのブローチでエリアルに連絡を」
「分かりました。ジャグネスさん達も、気を付けてくださいね」
「はい」
相手が自分に、返事と同時に微笑んで見せる。
「あの、本当にワタシ一人だけで……? 誰か、自警団の方を一人」
避難所を出る前に、騎士団長と共に鎧を纏った短髪の騎士が、腰に携えた剣の柄を肘掛け代わりに片手を置いて、不安げに言う。
「アンタね。一番安全なところにあてがわれた癖に、なに文句言ってんのよ」
短髪の騎士の近くに居る少女が、ジト目で言い放つ。
「安全て言ったって、いつトロールが出てきても、おかしくないのですよお……」
うーん。
今回の案。つまり作戦の、その目標は、町に居る十三体のトロールを全て討伐する事。その為には自警団だけでなく、多くの人手が必要となる。特に戦力は、王国騎士団に頼る他ない。ただ、正面からやみくもにぶつかっては被害が計り知れないので。遂行には順序が出来た。
「いざって時は、アンタを生贄にして逃げてあげるから、安心しなさい」
「覚悟はしてます……」
作戦の順序は大まかに、早朝町の外で待機している王国騎士団に出来るだけトロールの正確な位置を報告し、討伐の支援をする事。そして問題視されている大型を、採用された自分の案に従い指定した場所に誘導して、倒す事。
「せっかく新品の鎧になったっていうのに。運無いわね、アンタ」
「うぅ」
自分達が担当するのは、町の外れにある火薬製造工場から火薬を持ち出し、近くの小さな森を抜けた先にある、何も無い広い実験場に持って行く事だ。
「騎士団長様、我々の準備は整いました」
少し離れた場所に居た自警団員が急ぎ足でやって来て、そう告げる。
「はい。いま参ります」
目の前に居る騎士はこれから、やや向こうに見えているその製造工場へと自身の妹や一緒に来た数名の自警団を連れて行く予定となっている。
「大して役に立てる訳ではないですが。実験場への道は、確りと見張っておきます」
「はい、頼りにしています」
再び相手が自分に、微笑んで見せる。
ムム。
「ヨウジどのはいいですね。ジャグネス騎士団長に微笑んでもらえて。ワタシには、トロールが微笑んでますよ」
異世界風の、悪魔が微笑む的なやつだろうか。
「ホックさん」
ここに来て、自分の記憶では初めて騎士の団長が短髪の騎士の名を呼び。そして歩み寄る。
「え。ぁ、はいっ」
「ヨウと救世主様の事を、よろしくお願いします」
そう言う相手が、短髪の騎士の両肩を優しく掴む。
「もしかしてワタシ、期待されて……?」
「はい」
「……ジャグネス騎士団長」
「ただしヨウの身に何かあれば、――貴方の首なんて簡単に飛びますからね」
「ひッ」
物理的ッ? というか、そういうのヤメてあげてッ。
一団が工場へと向かった後、背後の小さな森から聞こえる一日の始まりを告げる鳥の鳴き声に、穏やかな時を感じていた。
「ね。本当に今、緊急事態なの?」
森へ続く道の上で、横並びの真ん中に位置する少女が沈黙を破って言う。
「十三体ものトロールが町を襲うなんて、大事件ですよ」
気の抜けた声で短髪の騎士が述べる。
「で。どこに、そのトロールってのがいるのよ」
「知りません。見ずに済むなら、絶対それに越したことはありません」
実質トロールどころか、町がどうなっているのかさえも夜の内に移動したのでちゃんとは分かっていない。
なんて、ほのぼのしていると。後ろで何かが動く音がして、三人がほぼ同時に振り返る。
――ム。
振り返って見た先に、一見して子供ほどの身長をした犬の様な猿の様な謎の獣が二本の足で立っていた。
「なに、カッパ?」
それは違うと。
そして三人がほぼ同時に、謎の獣が居る方向に体を向ける。
「お二人は、コボルトも知らないのですか?」
「知りません」
「知ってるわけないでしょ」
「異世界って、コボルトすら居ないのですか……」
そもそも魔物が居ない。
「で。アレは敵なの?」
「ちょっと聞いてみます。――すみませーん。敵ですかー?」
声を上げて、短髪の騎士が謎の獣に質問する。
「なんで聞いてんのよ……」
「え、だって敵かどうかって」
「そういうのって、相手に聞くものなんですか?」
「コボルトは人と共存もする魔物なので。聞くのが一番、てっとりばやいのですよ」
なるほど。
「で。聞いてみて、どんな感じよ?」
「そうですね。返事はないですし。なにより、町のコボルトだったら腕章をつけています」
ついでにいうと、じりじりこっちへ近づいて来てますが。
数は三体。内二体は体格に合った棒状の物を持ち。残り一体は短い刃物を持っている。
「そ。ならアンタの出番ね」
「やはりそうなりますか」
「声援は送ってあげるわよ」
「石でもいいので投げて援護してくださいよ……」
「べつにいいけど。わたし、ノーコンよ?」
「なんですかそれ。凄そうですね」
「投げた石がゼッタイに、アンタに当たるっていう必殺技よ」
「それはそれで凄いッ」
んな訳ない。




