第10話〔私 以前に言ったと思うのですが〕④
屋外へ出ると、ざわめく街中で、皆が一点に顔を向けていた。
「なにやら煙があがっていますね」
手の側面を額に当て、遠くを見る仕草で、近くに来た短髪の騎士が言う。
「――何かの演出でしょうか?」
立ち上る一筋の煙を見て、隣で立ち止まった女騎士が誰に聞くでもなく言葉にする。
「そりゃあないね。もしそうなら、ワタシが知らない訳ないからねぇ」
「こどものイタズラじゃないの」
身長に幼い子と親くらいの差がある二人が揃って足を止め、意見と感想を述べる。
そして、無言の魔導少女が姉と同様に自分のそばで立ち止まる。
「ありゃあ北門の方だね」
背高町長が口にする。と、再び大きな音と共に前回より地面に偏った強い揺れが足下をグラつかせる。
ぅお、おっ、おお――。
――揺れは直ぐに止まった。がそれを機に、街のざわめきは一段と大きく広がる。
「ジャグネスさん、妹さん、大丈夫ですかっ?」
やや動揺しながら相手を見て、聞く。
「はい、私は平気です」
見た女騎士が平然とした立ち姿で、周りの状況に目を向けつつ、答える。――次いで、最も近くに居た魔導少女に――。
「……大丈夫」
――若干姿勢を崩してはいるものの、特に問題はなさそうだった。
「こりゃあ穏やかじゃないね。いったい何が起きてんだいっ?」
声に反応して見ると、ちょうど体勢を直すところで、その体を持っていた少女の無事も確認する。
「――ありがと、助かったわ」
「どういたしまして」
そして少女が支えにしていた体から手を放す。と――。
「カミラ町長っ!」
――自分達が出てきた建物から一人の女性が飛び出して来て、町長に駆け寄る。
「いい時に来たね。この状況を、説明しに来てくれたんだろ?」
「はっはい!」
「助かるよ。で何が起きてんだい?」
「北門の砲弾庫が爆発で瓦礫に埋まって。あっあとトロールが北側に現れて!」
トロールという単語に、騎士二名と魔導少女がそれぞれ反応して身動ぐ。
「自警団の連中は?」
「すぐ迎え撃とうと砲撃の準備をしていたところに巨大な岩が降ってきたとの報告が」
「岩ッ? トロールが投げたのかい?」
「詳しい報告はまだっ」
「……そうかい。岩の、大きさは?」
「それもまだ分かっていません。たっただ、防壁が一部、破壊されたとの報告はっ」
「なにィ、そんな岩、投げるにしたって先にこっちが気づくだろ」
「あっあの、更に重大な事が」
「なに、まだあるのかい?」
「連絡の途中に急いで来ましたので不確かな情報では、ありますが」
「いいから言ってみな」
「北側に現れたトロールの数が……」
「一体じゃないのかい?」
聞く町長に、相手の女性が深く頷く。
「何体だい? ひょっとするとホリーの一件と何か関係が」
「じゅっ十体以上――との、報告が……」
え。
「十体ッ? 見間違いじゃないのかいっ?」
「更に不確かな情報ではありますが。その中に、通常の三倍は大きいトロールも居たと」
「――さ……三倍?」
と短髪の騎士が呟く。そして――。
「お話し中に申し訳ありません」
――女騎士が、町長の言葉を遮って、話していた二人に近寄る。
「なんだい? アリエル」
「一先ず情報の整理は後に、民の避難を優先しましょう」
「……――さすがは、騎士団長さまだね。ワタシとしたことが、ちっとばかり平静を失ってたみたいだ。――よし。すぐ各避難所と自警団に連絡しな、皆を誘導しろってね」
「はっはい」
と返事をして、町長と話していた女性が出てきた建物の中へ戻って行く。
「――アリエル達にも誘導を手伝ってもらうよ。構わないね?」
「無論です。何処へ、民を避難させればよいのでしょうか?」
「――この建物の中さ。ここの地下は有事の際の避難所になっていてね。ただしこれから受け入れ態勢を整える。だからワタシが戻ってくるまで、避難誘導は広間にとどめておいておくれよ」
話を聞いた女騎士が返答して頷く。
「じゃあ頼んだよ」
そう言い残し、先の女性に続いて、町長も建物の中へ入って行く。
「――私達も、動き出しましょう」
「俺は、なにをすればいいですか?」
「ヨウは救世主様と正面の入り口で、来る人を広間に誘導してください。――私とエリアルは、皆に声を掛けて回ります」
なんというか、はじめて騎士団長らしい一面を見ている気がする。
「――あのぉジブンは……?」
おそるおそるといった感じに短髪の騎士が自身の顔を指して言う。すると少女が。
「アンタは誰も見てない所でトロールとかいうのに突っ込んで、華々しく散りなさいよ」
「イヤですよッもっとワタシの死に意味を持たせてくださいよっ」
「いがいと、ウケるかもよ?」
「え、――そうですかね?」
誰も見てないけどネ。
――そうして避難誘導が終わったのち、自分達だけ集められた地下の一室で。
「遅いわね」
腕を組み、忙しなく二の腕を指で叩く少女が愚痴をこぼす。
「しかたないですよ。カミラさんは町長ですから」
次いで少女の隣に居る短髪の騎士が宥めるような口調で言う。
「じゃ、アンタなんか面白いコト言いなさいよ」
でた無茶振り。
「ええっと、――いいですよ」
そしてあっさりと相手が承諾する。
「アンタ、変に根性あるわね……」
「なにがですか?」
「……いいから、早く言いなさいよ」
「分かりました」
と髪の短い騎士が皆の注目を集め――。
「――じつはジブン、男です」
ハイッッ?
「嘘……」
衝撃的な告白に少女、もとい一同言葉を失う。
「――もちろん嘘です」
え。
「どうですか、面白かったですか? ジブン、そういう話題を振られる事が多いので、話のタネはもってるほうなんです。それに実際、男と間違えられた事も――」
――と言ったところで、小さなローキックが自虐する騎士の脛に炸裂する。
「イダァイ!」
「――誰が驚かせって言ったの? わたし、面白いコト言えって、言ったのよ」
蹴りを入れた少女が、脛を抱えてしゃがみ込む相手を見下す様にして、言う。
「……すびませんっ」
いまの蹴り、脇が締まって背筋も伸びていたのだが――鈴木さん……?
「ていうか、アンタいがいにカタイわね。蹴った足が痛いんだけど」
「――日頃、死ぬほど殴られているからかもしれません」
そう言って、短髪の騎士が立ち上がる。――回復するのも早いな。
「いっそ、もっとカタクなりなさいよ。そしたら、こん棒よけに使ってあげるから」
「絶対にイヤです……」
本気で嫌そうな顔をして、短髪の騎士が答える。
さて、ここらで暇潰しを兼ねて情報収集でもしておこう。
「ホリーさん、ただ待ってるのもあれなので、いくつか質問をしてもいいですか?」
「――ジブンに答えられるコトなら、いいですよ」
「分かりました。ええと、ここに来る前から何度も名前だけは聞いていますが、実際のトロールって、どんなのですか?」
「ええっと、ヨウジどのはトロールを一度も見たことがないのですか?」
「全くないです」
「でも異世界にだってトロールは居てますよね?」
「居ないと思います」
居たら、きっと大変な騒ぎになる。
「それなら何と戦うのですか?」
一瞬にして質問する側が変わっているのだが。で――。
「戦う……」
――そんなことを聞かれても。
「向こうじゃいつだって、見えない自分との戦いよ」
と腕を組み少女が言う。――鈴木さん、カッコイイ。
「えっ……見えないのですか?」
「自分は見えないでしょ」
「ジブンと戦うのですか……?」
「アンタ、なんか勘違いしてない?」
「……なんというか、普通に怖いです」
一体どんな想像をしているのだろうか。――と、思った後――。
「待たせたね。ようやく状況が整理できたよ」
――背高の町長が部屋に入ってくる。
結局、なんにも分からなかった。




