第9話〔私 以前に言ったと思うのですが〕③
用を足した後、外で待っていると女子トイレに入って行った姉妹の姉が先に現れる。
「ぇ。ぁ、待っていてくれたのですか?」
ハイと頷き返す。
「……ヨウは、誰にでも優しいのですね」
ム。
「そういうふうに見えますか」
「違うのですか?」
「……――分かりません。優しいかどうかは、自分以外の誰かが決めることですから」
「でしたら、ヨウは優しいですよ」
そう言うわりに、好ましくは思ってなさそうに見える。
「あの、――……怒ってます?」
「私がでしょうか?」
「はい、そうです」
「怒っている様に見えますか?」
「いえ、見えません」
「ではどうして、怒っていると思ったのでしょう?」
「今日の事で、言いそびれてた事があったので、もしかしたらと」
「言いそびれ? 何でしょう」
「鈴木さん達が来る事です」
「ぁ。そういう事なら私、気にしてません」
「そうなんですか?」
「はい、全く」
「ちなみに、何故?」
「二人でないのは分かっていましたし、気になっていた事とも重なり、全く気に留めていませんでした。――ヨウは、気に掛けていたのですか?」
「はい。自分が言うのもなんですけど」
「それは、何故でしょう?」
「ええと。ジャグネスさん、外出する事を喜んでくれてましたし、妹さんと三人で行くつもりだったのなら、言い出せなかった自分が悪いので……――そんな、かんじです」
「なるほど。でしたら、もう気にするコトはありませんね」
言って、相手がにっこりと微笑む。
ムム。
「……今になって、言うのは失礼かもしれませんが。服、似合ってますね」
「え? ぁ――ほっ本当は、もっと女らしい服を着たほうが、……好いとは思うのですが。救世主様みたいに、スカートを私、持っていなくて……」
「べつにいいじゃないですか。スカートの有る無しなんて関係なく、ジャグネスさんの好きな恰好で」
「でも私、ジミですから……」
なんだろう、誰かにそう言われ――。
「――あ。そういえば、この前の本はなんだったんですか?」
「ぇ? アっアレ、アレは、アレはですね――そっその、そのですねっ」
「言いたくないのなら、べつに……」
「そそっそ、そういう訳ではっ」
よし、話題を変えよう。
「ところで、ジャグネスさん」
「は、ははい、はい。な……何でしょうか?」
「……――こうして、二人で話をしている時は思わないんですが、皆と一緒に居る時はなんだか口数が少ない気がします。人の多いところは、苦手ですか?」
「へ。い、いえっ、その様な事はありません」
「そうですか?」
「はい。ヨウは、私の事をよく喋る女と思っているのでしょうか?」
「よく喋るとは思ってませんが、人並みに喋るとは思ってます」
「でしたら私は口数の少ないほうだと、ご理解ください」
妹が極端に少ない所為か、あまりそうは思えないが。
「――ちなみに今は?」
「い今はっ相手が――……ヨウですから、口数は自然と多く……」
なるほど。
「気兼ねなく話してもらえるのなら自分としては嬉しいです」
で何故か気恥ずかしそうに俯き加減で相手がハイと返事をする。
というところで、食事中ずっと気になっていたコトを聞こう。
「ジャグネスさん、ベルリーナーはどうでしたか?」
「はい、熱せられた果実のジャムが羽の様に軽い食感の生地と口の中で互いを損なう事なく舌の上で甘美な踊りを」
口数が少ないと言うだけあって、ずっと我慢してたんだなぁ。
「本当に危ないところでした」
訪ねた相手が現れるのを待つかたわらホテル並みに綺麗な広間で短髪の騎士が思い返すように言う。
「ん。なんのこと?」
「ベン――手洗い、のコトですよっ。ヨウジどのが荷物を預かってくれなかったら、ジブン絶対あそこで死んでましたっ」
「もう済んだ話でしょ。むし返すのはヤメなさい。だいたい死んだって、こっちじゃ生き返るんでしょ?」
ム。
「恥ずかしい思い出までは無かった事にはなりませんよっ」
「――あの、鈴木さん」
「ん、なに? 水内さん」
「預言者様に、加護の話は聞けたんですか?」
「あ、忘れてたわ」
ム……――。
「――そうですか」
「水内さんて、そういう反則技はあっても使わないタイプよね?」
「まぁそうですね」
死ぬコトを前提にした話なんて、蘇ると分かっていてもしたくない。
「てことは、なんかあったの?」
さすがにするどい。
同じ立場としてはできれば伝えておきたいところではある。しかし、今は聞かれたくない人物が近くに居て、話すに話せない。
「――そうだ。お二人の居た世界にも女神さまは居るのですか?」
「居ないですね」
宗教的なモノを除けば、だが。
「それなら加護は?」
「あるわけないでしょ」
「えっ。よくそれで、お二人は死なずに生きてこれましたね……」
――死なずに生きる。そんな当たり前の事が、生き返る事が出来る世界では、非常識なのかもしれない――。
「――最初から無いモノですから。特に困りもしないですよ」
「そうなのですか……」
複雑な面持ちをして、短髪の騎士が呟くように言う。
「――おっ。やっぱりホリーかい」
「――あっ。カミラさん、ご無沙汰です」
そして、現れた人物が短い髪の騎士に近づきながら口を開く。
「なに言ってんだい、先月も会ったじゃないかって、アリエルじゃないか? 騎士団長さまを引き連れて今日はってエリアルも居るのかいっ? こりゃあ一体なんの――ん? 二人ほど見たことのない顔も居るね」
言って、各自と一言挨拶を交わしてから、こっちを見た長身な相手が目の前に来る。
「初めまして、水内洋治と言います」
「変わった名前だね」
「最近よく言われます」
「最近? まァいいか。で、そっちのチッコイのは?」
と自分の隣に居る少女に顔を向け、身長に合わせて腰を折る長身な相手に問われた当人は返事をする気配すら見せない。――ので。
「ええと、鈴木さんです」
「スズキ? それが名かい?」
体勢は変えず、こっちに顔を向ける相手が聞いてくる。
「違います。名は知りません」
「ふむ。――チッコイの、名はなんて言うんだい?」
再び顔を向けて聞く長身の相手に、今度は問われた当人が口を開く。
「人様をチッコイ呼ばわりするヤツに、名乗る名なんてないわよ」
「ほう。なかなかのことを言うね。確かにそりゃあワタシの非礼だ、謝るよ」
次いで、顎の下に軽く握った手の指を添え、少女に謝罪する。
「ま、いわ。許してあげる。心が広いから、わたし」
「そりゃあ助かる。でもって名を教えてはもらえないのかい?」
「残念だけど。人生の伴侶にしか、教えない家訓なの」
「ほう。なら諦めるかね。そのかわり、嬢ちゃんて呼ぶけど、いいかい?」
「ま、しかたないわね。妥協してあげるわ」
「ほい決まりだね。で――」
折っていた腰を戻し、注目を浴びることに慣れている感じの立ち振る舞いで。
「――用件はなんだい?」
まさか、この人が。
「ていうか、アンタ誰よ」
「ん? なんだい、ワタシのコトを説明してなかったのかい。そりゃあ悪かったね。ワタシはここの町長をやってる、カミラってもんだ。覚えたきゃ覚えといておくれ」
なんてキャラの濃い人だ。
見た目から町長と思えない庶民感の漂う相手は、何より身長が高く、百七十程の自分と比べて十センチ以上も差がある。
「で用件はなんだい?」
と再度聞く町長に、短髪の騎士が近づき。
「いつもの、定時連絡の手紙です」
言って差し出された手紙を、頭をボリボリと掻きながら、片方の手で受け取った相手が。
「これだけかい?」
「それだけです」
「なんだい。なにかあったのかと思ったのに、拍子抜けだね」
「今日は遊びに来たついでなので」
「ん。ああっそうか、今日は休みかい? だからいつもの小汚い鎧を着てないんだね」
「小汚い……」
「でもどうして休みの日にわざわざ来たんだい?」
「今週はジブン、ほとんど蘇生期間中だったので」
「ああ、またドジったのかい」
「それは、そうなのですが……」
「今回はナニ死にだい?」
「聞いた話だと、後ろからトロールのこん棒で頭を潰されたそうです」
さらっと凄いコト言ってますが。
「そりゃまた壮絶だね……。――騎士てのは、背中に気を付けるもんじゃないのかい?」
「いやぁ、まったく気づきませんでした」
「……――他の騎士は教えてくれなかったのかい?」
「それがですね、元は三体の討伐だったのですが」
「なに三体? 当初の相手はトロールじゃなかったってことかい?」
「いえ最初からトロールですよ」
「どういうことだい……――トロールがつるんでたっていうのかい?」
「はい、そういうことだと思います」
「なにィ。――アリエル、騎士団長なら、なんか聞いてないかい?」
短髪の騎士から転じた相手に、慌てた顔で町長が問う。
「――現時点で分かっている事は、三体のトロールを討伐中に別のトロール二体が加わり、計五体を任務に当たった九番隊の全隊員と引き換えに討伐したという結果だけです」
「ごッ五体だってっ? その話、もう少し詳しく――」
――と突如爆音が耳に飛び込み、間髪いれずに広間が振動する。
このタイミングでの爆発音。――絶対にいい事ないっ。