第8話〔私 以前に言ったと思うのですが〕②
「ご注文の品はすべて、そろいましたでしょうか?」
ハイと頷く。
そして、失礼します。と言い、従業員が一礼をして店の奥へ戻って行く。
「おっおお、おおおっ――こ、これが、夢にまで見たパラディースのベルリーナッ」
運ばれてきた品を見て短髪の騎士が、胸の前で手を組み、大げさに喜ぶ。
はじめて女の子らしい一面を見た気がする。
「あ、――やはり救世主さまが頼んだのも、美味しそうですね!」
「アンタね、他より先に、もっと自分のを楽しみなさいよ」
――なるほど、雑誌に載っていた写真でなんとなくは知っていたが。要するに、オシャレに盛り付けられた穴の無いドーナツみたいなモノか。
「エリアル、本当によかったのですか? よければ私の果物を、半分」
と、自分が頼んだモノと同じ果物は乗っていない品を注文した妹に姉が聞く。
「大丈夫、問題ない」
すっかり本来の調子に戻った魔導少女が徐に答える。
「ヨウジどのってエリアル導師と好みも似てるのですね。仲が良くて羨ましいです」
「……――エ、エリアルッ果物は目に良いのですよっ、念の為に食べておきましょう!」
そう言って姉が運ぶ果物を妹が無言で受け入れる。
「ダメ騎士、上に乗ってるやつ美味しそうだからもらうわよ」
「え? どわァッそれは一番っ」
「なに、文句あんの?」
「はいッ」
いや、その場合ハイは。
食べ終わり、持っていたナイフとフォークを皿に置く。
ムム。――美味しかった。
一見して、ただのオシャレなドーナツだと思った。がナイフを入れた瞬間、その考えはスフレの様にふんわりとした弾力で吹き飛ばされた。
ナイフの切れ目から立ちのぼる湯気と共にとろけ出るジャムと、甘い香り。そして、もちっとした食感なのに軽い。味は一つ一つが上品で、けれども口に広がる――。
――て、なに独りで食レポしてるんだろう。
「ああぁ美味しかったですねえ」
「ま、そね。繁盛してるだけのことはあるわね」
特に感動した様子もなく、少女が述べる。
「て救世主さまはジブンの一番楽しみなところを食べたんですから、もっともっと感動してくださいよぉ……」
「べつにいいでしょ。アンタは、また来れるんだから」
「え、どうしてですか?」
「アンタ、優待券、まだ持ってるでしょ」
「え、もうないですよ」
ム。
「え。……なんでないのよ?」
「あれから九番隊の皆に配ったら、無くなってしまいました」
「アンタ、バッカじゃないの」
「ガガーン」
何故か若干バカという言葉に別の騎士も反応を示す。
それはそうと食事中、そわそわしていたな。――と。
「まぁ券をどう使うかは、ホリーさんの自由ですよ」
「ま、そね。――それに、フェッタが券欲しさに、また似た仕事をもってくるでしょ」
「預言者さまが? どういうコトですか?」
言いたい事が分からないといった感じに短髪の騎士が小首を傾げて聞く。しかし相手の少女は説明するのが面倒だと言わんばかりに顔をしかめる。
あまり気乗りはしないが――。
「――ホリーさん」
「はい、なにですか?」
「たぶん昨日の仕事は、預言者様が優待券狙いで自分達に託したものです」
「え、そうなんですか?」
「と言っても、可能性の話ですけど」
「それなら、きっとヨウジどのの考えすぎですよ」
「――わたしも、水内さんと同意見よ。ていうか、絶対にそう。普通だったら、場所と時間だけを指定した中身の無い仕事なんか、取るわけないでしょ」
「それは依頼主がクーアさま本人だと思ったからでは? 差出人とかを見て」
「ほんとに偉いヤツは、そんなことしないわよ」
「それならどうして依頼書を破棄しなかったのでしょうか。クーアさまでないと思ったのなら、そもそも引き受ける必要がないと思います」
「相手がクーア様の子供だと分かれば、話は別です」
「なるほど……預言者さまはクーアさまにお子さまが居ることを知っていたんですね」
「――知ってたって言うかは、知ったんじゃないの? 今回ので」
「かもしれません」
「な、なるほど……」
「それに趣味がカフェ巡りなので、関連する雑誌も沢山持ってました。店の経営者が誰なのかを知っていて尚且つ優待券の存在を知っていたとしても、オカシクはないです」
「でもそれなら券を貰えるかは微妙なところではないですか……?」
「――ま、はなっから賭けでしょ」
食後の冷めた珈琲を飲みながら少女が呟くように言う。
ム。
「確かに、賭けだったとは思います。ただ高確率で勝てる要素がこっちにはありました」
「え。――そうなの?」
「ヨウジどの、それは?」
そう聞いてくる二人に、満を持して口にする。
「妹さんの存在です」
「エリアル導師の存在……?」
と自身の名が出たことで、何故か頻りに頷いている姉の隣で座っている魔導少女が顔を少し上げて反応を示す。
「二人なら分かると思いますが、息子さんやメイド長さんは妹さんが来た事で驚くほどに喜んでいました。たぶん、それが効いたのだと思います」
「な、なるほどっ」
「つまり全員、うまく利用されたってことね」
「かもしれませんね」
「――しかし、導師の人気は凄いですね! 初めて会う、お子さまにも大人気だなんて」
「二回目」
魔導少女が徐に言う。
「え? エリアル導師はクーアさまのお子さまを知っていたのですか?」
その問いに、魔導少女は首を横に振ってから。
「あそこに行ったのが二回目。あとララも、二回目」
なるほど。
「ちなみに一回目は何をしに行ったんですか?」
「門の修理」
合点がいった。
「ぁ。あと、券も貰った」
え。
「その時に貰った券は……?」
「お姉ちゃんにあげた」
「――ジャグネスさんは、その券を?」
「アレは私にくれた物だったのですか? エリアル」
「うん、そう」
「突然渡された上、直ぐ部屋に行ってしまったので分かりませんでしたよ」
「で。券は、どうしたのよ?」
「――……たしか封筒に、クーア様の名が書かれていたので、中を見るのは失礼だと思い預言者様に相談したら、あとはこちらで処理します。と言われたきりです」
よし、解決。――いい暇潰しになった。
十三時の半ばを過ぎ、店を出る準備をしていると立ち上がり際に少女がやや声を上げ。
「あっ、忘れてたわ」
「なにをですか?」
「フェッタに、頼みごとをされてたのよ」
「持ち帰りの件ですか?」
「あ、それも忘れてたわ」
鈴木さんて、意外に忘れっぽいのだろうか。
「他にもなにか、頼まれてたってことですか?」
「そ。手紙を渡してほしいって、頼まれてたのよ」
「誰に渡すのかは覚えてるんですか?」
「モチロン、忘れたわ。でも大丈夫。――ね、ダメ騎士。封筒に名前が書いてあるから、ちょっと見て」
「え、――あ、はい。どれですか?」
言われて少女が、肩から斜めに掛ける小さな鞄を探り、横長の封筒を取り出す。
「あ、町長宛ての、定時連絡の手紙ですね」
出された封筒を見て、直ぐに短髪の騎士が答える。
「アンタ、ちゃんと見てから言った?」
「見なくても分かります。ジブン、その手紙なら何度も渡しに来てますから」
なるほど。けど――。
「――どうして、その手紙がここに?」
「今週に渡す予定だったのですが、蘇生期間と転属で忘れていました」
「べつにアンタじゃなく、他の人でもいいんじゃないの?」
「それはそうなんですけど。手紙を渡すのに往復で八時間も掛かりますし、任務なので渡したら直ぐ帰らないとイケませんから、嫌がる隊員が多いのです」
え、それって。
「アンタそれ、いいように使われてるだけじゃないの?」
「でもジブンは他で失敗することが多いので、持ちつ持たれつだと思っています」
「アンタ、ほんとダメダメね」
「いやぁ」
何故に照れる。
「……――ま、いわ。そういうことなら、手紙はアンタに任せる」
言って少女が、短髪の騎士に封筒を手渡す。
「で。フェッタに持ち帰るやつを選ぶの、手伝いなさいよ」
「はい、いいですよ。ただ少しだけ待っていただけますか」
「ん、なに?」
「ジブン、便所に行きたいので」
ム。
「アンタね、せめて手洗いって言いなさいよ」
「す、すみません。同僚だった騎士にも、よく怒られてました」
「――あの、自分も行こうと思ってたんですけど、場所が分からなくて」
ちょうど悩んでいたので便乗して言う。すると――。
「でしたら私達も行こうと思っていたところなので、一緒に行きましょう」
――妹と一緒に居る姉からのお誘いが。
「それなら皆で行くほうが」
「アンタはダメよ」
「なんでっ」
やや大げさに上体を引き、短い髪の騎士が気持ちを表す。
「先に、わたしのを手伝いなさい。行くのは、そのあとでもいいでしょ」
「それならそっちを後回しにしたほうがっ」
「わたし、しなきゃイケないことは、さっさとしたい派なの。だから行くわよ」
「そんなぁ……」
「――行くわよ」
「はいッ」
なんとも不憫だ。
「ま、終わったらすぐに行くから安心しなさい」
「はい……」
「でも、わたしが先に入るから、アンタは荷物持ちよ」
「そんなッ漏れちゃいますよっ」
「漏らせば?」
「イヤですよッ恥ずかしくて死んでしまいますっ」
「でも生き返るんでしょ?」
「あ、そっか――じゃないッ」
うん、そうだね。
【補足】
作中に出た≪ベルリーナー≫は、実在するパン菓子です。
気になった方は≪ベルリーナー・プファンクーヘン≫などで
お調べください。m(_ _)m