第5話〔蘇生期間は 蘇生期間です〕⑤
短髪の騎士が小さな悲鳴を上げた後――。
「次、顔」
――魔導少女の指導を受ける男児が、その小さな手の平から目標を目掛けソフトボール級の丸い白色の塊を放つ。
「ひィ」
そしてあわや直撃――となる寸前で短髪の騎士が手に持っていた剣の刃で受け止める。
「いまの、おしいわね」
庭先でガーデンテーブルを囲んで座っている内の一人が呟くように言う。
「そろそろ休憩をなさったほうが……」
同じテーブルを囲み座っているメイド長が申し訳なさそうに述べる。
「次、顔」
「――ひィ! どうして顔ばかりなのですかぁああ」
これで五回連続の顔面狙いだ。――さて。
「いまって何時ですか?」
「訓練が始まってから二時間ほどが経過しておりますので。十七時、前後と思われます」
なんだかんだと、よく耐えてるな。
「――分かりました。ちょっと妹さんに伝えてきますね」
で立ち上がろうとした矢先に。
「妹さんとは?」
「え。あ――エリアル導師、のコトです」
「なるほど。失礼ですが、導師とは、どのようなご関係で?」
「ええと、お姉さんと交際をしています。同じ家にも、住まわせていただいてます」
「なんと……」
「え。あの娘、騎士さまの妹?」
「そうですよ。――今まで、どう思ってたんですか?」
「どうっていうか、深くは考えてなかったわ。あの、いじりがいがあるヤツは?」
「騎士のホリーさんです。二人とは今後も一緒に仕事をする事になっています」
「ふーん。――なんか面白そうね。わたしも、仲間に入れてもらおっかな?」
「完全に仕事ですよ?」
「面白ければ問題ないわよ。水内さんも居るし」
不安でしかない発言だ。
「何をするかは個人の自由ですけど。あまり悪趣味な冗談はヤメてくださいね。皆が混乱するので」
「わたし、冗談は言うけど。シャレで誰かを好きとは言わないわよ?」
「……――まぁそういうコトにしておきます」
――好かれる理由もないのに、好きだと言われたところで。いや、まてよ。ジャグネスさんの件もあるし、ありえない話ではない? いや、けど。
「ねえ」
突然の事と急な距離間に若干驚きつつ、声のした方を見る。と魔導少女が其処に。
「――……どうしたんですか? 訓練は」
と、さっきまで眺めていた場所に目を遣る――。
「どわっ」
――まだ続いていた。
「喉が渇いた」
「――これは失礼しました。直ぐに導師様の分をお持ちします」
言って立ち上がるメイド長。しかし魔導少女の視線は、半分ほど飲んだグラスに向けられていた。
「それ頂戴」
「俺のですよ?」
相手が頷く。
「エリアル導師、直ぐに用意いたしますが……」
魔導少女が首を横に振る。
「ヨウのでイイ、頂戴」
なので構わないと言う相手の反応は窺いつつもグラスを持っていく。
「ありがと」
そして受け取った少女が中身を飲み干しズレた帽子を直しながら、自分にグラスを返す。
「ふーん。姉と違って、妹のほうは積極的ね」
反対側に座る少女が楽しげに言う。
「妹さんは、いつもこんな感じですよ?」
「わたしにはそうは見えないけど。――アンタも、水内さんを狙ってるの?」
「鈴木さんっ、さっき悪趣味な冗談は」
「――ヨウはお姉ちゃんのコイビト」
「でも一夫多妻制なら、アンタにもチャンスはあるのよ?」
「……コドモ」
「な。アンタ、いくつよ」
「二十一」
やや衝撃的な事実、二つしか違わない。
「ふーん。でも姉と違って、体のほうは育ってないみたいね」
「アン、……アナタも、そう変わらない」
そういえば、二人は身長だけでなく話し方も少し似ている。
「身長はね。でも、胸ならわたしのほうが絶対にデカイわよ」
そこっ。
「……お姉ちゃんのが大きい」
「アレは体格の差で、当然でしょ」
「――お姉ちゃんのが、大きい」
「く。アンタなんか、あのダメ騎士よりも小さいじゃないっ」
と、やや声を荒げ、少女が的になっている短髪の騎士を指す。
「ダメ騎士ッッ? わっ――あ!」
反応する間もなく、男児の放つ塊に弾かれた剣が山なりに斜め上から左の頬を掠めて近くの地面に突き刺さる。
か、風切り音が……。
「――すみませんッ! 無事でしたかッ?」
「なんとか……」
見るからに、急ぎ駈け寄ってきた短髪の騎士に答える。
「――お兄ちゃん、大丈夫?」
次いで、来た男児にも。
「大丈夫。心配してくれて、ありがとう」
と答えたそばから左の頬を何かが伝う。
「え――水内さん、血が出てるわよ」
「わっ、本当ですね。すぐに手当てを――ん? エリアル導師、この手はいったああああああああああいッッ」
叫ぶように声を上げ、短髪の騎士がさっきまで居た所を越えてぶっ飛ぶ。同時に瞬間的な強い風が魔導少女の周囲で巻き起こった。
エエ……。
「――どうし様スゴイッ」
戻った短髪の騎士が、穴の空いた鎧から見えている自身の腹をさすりながら、口を開く。
「一瞬トロールにこん棒で殴られたのかと思いました……」
と、しみじみな表情で感想を述べる相手に。
「大丈夫なんですか……?」
「はい。しかし傷んでいたとはいえ、エリアル導師の魔力弾は凄まじいです」
手の平を鎧に密着させたところまでは見ていて分かったが。まさかそんなモノを。
「撃ってない」
徐に魔導少女が言う。
「え。さっきのはエリアル導師の魔力弾ではないのですか?」
聞かれた少女が頷いて返す。
「……では何をされたのですか、ジブン」
「何もしてない」
「え? でも……」
と空いた穴から見えている自身の腹を見る。
「手に魔力を集めただけ」
「それは騎士でいうと、剣を構えただけ……?」
「微妙」
「ガガーン」
このまま話を聞いていたところで分かりそうもないので――。
「――まぁ派手な飛び方をしたわりになんともなくて、よかったです」
「はい。この前死んだばかりでまた死んだら、完全に笑いものです」
ム。
「……死んだばかり?」
「ええっと、ジャグネス騎士団長から聞いていると思いますが。この間のトロール討伐で、九番隊の隊員はかなり死んでしまいました。今は蘇生期間を終えて元に戻りましたが、その時ジブン真っ先に死んだので」
「アンタ、やっぱりダメ騎士なのね」
「うぐっ」
冗談を言えないほどの深刻な一撃が。
「――えっと。その蘇生期間というのは、なんですか?」
「なにというのは?」
「蘇生期間という言葉の意味するところです」
「蘇生期間は、蘇生期間です」
「いいから説明しなさい」
「はいッ」
出た眼力。
「……ええっと、死んだ事はありますよね?」
「ないです」
「あるわけないでしょ」
「えっお二人は、死んだ事がないのですか……?」
「無いって言ってんでしょ」
「はいッ」
徐々に何かを植え付けられつつあるな。
「では女神の加護は……?」
「言葉としてなら。ただ意味までは知りません」
「いったいお二人はどこの地方から」
「そういうのいいから」
「はいッ。――……分かりました。では順番にお話します……」
「最初から、そうしなさい」
「――要するに、女神の加護があるから死んでも生き返るって事ですか?」
「はい。死に方などによって蘇生に掛かる期間は変わりますが」
「なにそれ、反則じゃない」
「絶対に、生き返るんですか?」
「加護で生き返れるのは特定の種族だけです。人も、その対象ですから絶対に生き返れます。ちなみに、トロールも対象種族です」
「て、生き返る相手を倒す意味あんの?」
「ありますよっ。加護では家や畑は元に戻りませんから」
「つまり一時しのぎって事ですか?」
「ええっと、そうなります……」
なるほど。
「ふーん。分かった」
「え、もういいのですか?」
「アンタに聞くと時間かかりそうだし。帰って、フェッタに聞くわ」
「――フェッタ、預言者さまを呼び捨てに……」
「誰をなんて呼ぼうが、わたしの勝手でしょ」
「はいッ」
完全に躾けられたな。
などと思っていると――。
「メイド長、迎えの馬車が間もなく着くそうです」
――屋敷の中から現れたメイド服の女性が、そう告げる。
「皆様、本日はクラル様の為にお越しいただき心から感謝いたします。――非常に残念ではありますが、お時間となりました」
「――そうだ。みんな、今日は僕の家に泊まっていって!」
ム。
「クラル様イケません。皆様にはやるべき事が沢山あるのです」
そう言われて落ち込む男児に、魔導少女が近寄って。
「また来る」
「……本当?」
「約束を守ったら」
「守ったら、またどうし様が来てくれる?」
「うん、いいよ」
「分かった守るよ!」
和むなぁ。
「ダメ騎士、アンタは泊まっていけば?」
「どうしてですか?」
ダメ騎士と呼ばれて直ぐに返事をする辺りが、そもそも駄目な気も。
「いっそここで、一生マトとしての人生を送るってのは、どう?」
「イヤですよッ一日で死んでしまいますよっ」
「でも生き返るんでしょ?」
「あ、そっか」
そっか、じゃないッ。




