第3話〔蘇生期間は 蘇生期間です〕③
右手の人差し指に、はめている指輪の石から放たれる懐中電灯ほどの狭い光を書面に当てて内容を読み取っていく。
「ヨウジ隊長、その光は……?」
「これは預言者様に借りている異世界――ではなくて、文字を読む為のモノです。あと隊長はヤメてくださいね」
――現状で指輪には翻訳・測位・閲覧と三つの機能が備わっている。単純にいえば会話と居場所、そして光が当たっている部分の文字を読む事が出来るというものだ。
「ではヨウジどのは、文字が読めないのですか?」
意外と柔軟な対応力だな。
「普通には読めないですね」
向かいのデスクから身を乗り出して、こちらの様子を見ている相手に言う。
「ジブンも田舎者ですが文字は読めますよ。ヨウジどのはいったい、どこの地方から来たのですか?」
早くも決めつけた言い方なのだが。
「――ヨウは異世界人」
と始めに決まった立派な席で、丈の短い外套を羽織った少女が眠たそうにズレた帽子から片目を覗かせて告げる。
「へ、異世界……?」
そして、きょとんとする短髪の騎士を尻目に、少女の方を見る。
「妹さん、机の上にナニか置いてありませんでしたか?」
「あった」
言って、少女が手前にあった小さな布袋の絞った口を持って上げる。
「その中に通信石が埋め込まれたブローチが入ってるそうなので、開けて見てください」
「分かった」
――で袋から取り出した飾り気のない、石が付いた小型のブローチ計三つを左右で指に挟んで持ち、少女がこちらに見せる。
「たぶん、それですね。一人一つ持っていってイイそうです」
「なにですか、あの装身具は?」
そうしんぐ……――。
「――ブローチに付いた石の力で、離れた場所からでも話しが出来るらしいですよ」
「え。そんな便利な物をワタシが貰ってもいいのですか……?」
「自分の物になるのではなくて、あくまでも仕事用ですよ。あと話しが出来るのは同じブローチだけです」
ただ、説明書きの最後に制作者とも通信が出来る旨の記述はあったが、催促に近い内容だったので省く。
「ふむふむ、分かりましたっ。――エリアル導師っ、私の分をください!」
と言いながら、何故か張り切って、立ち上がる短髪の騎士――に。
「嫌」
「ガガーンっ!」
――よし。と襟留めついでにブローチを身に着ける。
「どうですか、ワタシ似合ってますか? エリアル導師」
短髪の騎士が机の前まで行き、相手に首元を見せて言う。
「興味ない」
「ガガーン」
きっと、この遣り取りを日常的に見るんだろうな。――ム。
「妹さんは着けないんですか?」
「着けたくない」
「なるほど。嫌なら無理に着けなくてもいいですよ。ただ、無くしたりはしないでくださいね」
そう言う自分に、相手が頷いて返す。
「どうしてヨウジどのだけ……」
なんのことだろう。――まあそれよりも。
「ではそろそろ、本題に入りますね」
「え? ――あ、はい」
と短髪の騎士がこちらに向き直り。少女は、こちらへ顔を向ける。
「書類の内容を確認し終わった結果なんですが。細かい事は抜きにして、今日中にしなければならない仕事があります」
「なるほど、我々の初任務ですねっ」
「そういうコトになります」
「して、その内容は?」
「ええと今日の十五時までにアルツト家――」
言い難いな。
「――に行け、とだけ。依頼書という紙に書いてます」
「ふむふむ。アルツト家といえば有名な町医者の一族ですね」
ム。
「お医者さんですか。――詳しそうですね?」
異世界の医者か、興味あるな。
「当主の治療師クーア・アルツトさまには何度も治療で、お世話になっています」
なるほど……。
――すると相手が壁の時計に目を遣る。そして。
「アルツト家は城の敷地内に門を構えていますが、これからだと急ぎ向かわないと間に合わないかもしれませんよ」
え。
「なら、直ぐに向かいましょう」
で早速と椅子から立ち上がる。
「はい、では急ぎ馬車までっ」
「――妹さん、行けますか?」
聞いた相手が小さく頷く。
よし、急ごう。
と部屋の扉が開き――。
「げ。なによ、これ」
――元隣人が登場した。
このタイミングでっ。
「――階段をおりたら、右です」
「分かりました」
で言われた通りに右へ、そして城内一階の通路をひた走る。
「――この先で、左に曲がります」
隣で鎧を鳴らして走る短髪の騎士が言う。
「ね――もう少しゆっくり、わたしスカートだから、走りづらいのよっ」
黒い髪を乱し後ろを走る、見た目人形の様な少女が、珍しく、表情を作って訴えてくる。
というか――。
「――どうして鈴木さん、ついて来てるんですか?」
後方を視界の端に捉えて聞く。
「そんなの、急に、走り出すから――でしょっ」
「自分達、これから仕事ですよ?」
「し仕事っ?」
「はい、急いで行かないとイケないんです」
「なんのコトか分かんないけど。わたしも、行くから――も少し、ゆっくり」
「いや、急がないとイケないので」
というか何故に来る。
「――ここを、左です」
ム。
直ぐ視界を正面に戻す。そして足の先で床を蹴り、その力で角を左に曲がる――と。
「えっ?」
ぬわっ。
咄嗟一心に踏ん張り。角を曲がった先に居た相手との衝突を――危うく回避する。で背に衝撃を受けるも、足を突っ張っていたおかげで痛みを感じる以外に問題は生じなかった。
イタタタ。――ム? ――あ。
「っ――なに、急に。止まるんだったら、止まるって」
「きゅ救世主様っ?」
とぶつかりそうになった相手が、少女と自分を交互に見て、驚いた様子の顔で口にする。
「ん? あ、久しぶりね」
「は、はいっ」
「――ジャ、ジャグネス騎士団長っ」
先へ行っていた短髪の騎士が戻って来たと同時に、相手を見て、声を上げる。
「え。貴方は?」
「ワタ、ワタシは」
「――急がなくて、いいの?」
声に反応して振り返ると、帽子を手に持った少女が其処に居た。
「エリアル……? 貴方まで、どうして」
そうだった。
「ジャグネスさん、今ちょっと急いでいるので事情は、また後で――ホリーさん、急ぎましょう」
「え? あ、ハイ」
では――と言い残し、女騎士の脇を通る。そして更に来ていた他の騎士も避けて走る。
***
「また今度ね」
続き、アリエルに救世主と呼ばれる少女が告げ、走り去る。
「ジ、ジブンも失礼しますっ」
と髪の短い騎士も、少女の後を追う形で走り去る。
「――……エリアル?」
次に来た実の妹がアリエルの手を取り、無言で握手をした後、――走り去る。そして。
「どうかされたのですか? ジャグネス騎士団長」
偶然その場を通り掛かった二人の騎士が足を止め、内一人が問う。しかし状況が飲み込めないアリエルには答えることが出来なかった。
「――ねぇ、いまのってホリーじゃない?」
「だよね。私も思った」
「もしかして、いまのってホリーの彼氏……?」
「えっ。ホリーだよ?」
「でも首、見た? ――同じの、着けてたよ?」
「えっ。それってお揃いってこと?」
「そう。絶対いまの、ホリーの彼氏だよっ」
「ええっ。て私、ホリーに負けちゃったってこと……?」
「――ホリー……?」
「あっ。ジャグネス騎士団長、どうかされたのですか?」
「――いまの騎士は、ホリーというのですか……?」
「はい。九番隊の、ホリ・ホックです」
「――……九番隊。そう、ですか――九番隊、ですか。丁度、あとで顔を出そうかと思っていたところです――」
「ジャ、ジャグネス騎士団長……?」
「――ふっ、ふふ……」
と声を出して不気味な笑みを浮かべる相手から、二人の騎士は静かに後退った。
*
「よかった。十分、間に合いそうです」
馬車の乗り場に到着した短髪の騎士が胸を撫で下ろして言う。
「で、アンタ誰よ?」
「ガガーン」




