第1話〔蘇生期間は 蘇生期間です〕①“イラスト:ジャグネス”
「ヨウ、どうかしましたか?」
心配そうにする相手の声で、我に返る。
「え? ああ、すみません。すこし、ぼうっとしてました」
「なにか考えごとでも?」
と、口の横に食べているサンドイッチのソースが付いている相手が聞いてくる。
「こっちへ来て、明日で一週間だなっ、と」
言いながら、脚の長い丸テーブルの、向かいに座る女騎士の汚れを親指で拭う。
そして、意図を理解して頬を染める相手を余所に紙ナプキンを使った後、ミルクティーに口を付ける。
「そういえば、今週の土日って、どうなるんですか?」
――異世界に来てまで、週休二日制なんて言葉を聞いた時は驚いたが。正直、時間の感覚や暦まで一緒だった事はこの上なく助かっている。
「きゅ九番隊も、ようやく人が揃いましたので。私も本日の午後から通常任務に戻る事となりました。ですので、急な出動のない限りは休みになるかと」
「休みの日は普段、なにをしてるんですか?」
「そう、ですね。その時々の気持ちで、決めている気がします」
「ちなみに、今回は?」
「特に予定はありません」
と答えたところで、相手がハッっとなる。
「ももっもしかして、外出のお誘い――でしょうか……?」
ム。
「はい。大したお誘いではないんですが、そろそろ城の敷地外に出てみたいので。よければ案内とかって、頼めますか?」
「も勿論ですっ。それは以前した約束とも関係しますから、是非にもっっ」
と言う声が城の食堂内に響く。しかし元から騒がしいのもあって、誰かが気に留める事はなかった。
「ス、スミマセン……」
「大丈夫ですよ」
もう慣れた。
「……――私って、メンドクサイ女、なのでしょうか……?」
「それは気にしすぎですよ」
「ですがヨウも、メンドクサイ女は……嫌いですよね?」
「度合いによります。ジャグネスさんのは、今のところ平気です」
――交際した当初に、二人の時は名で呼ぶ約束をしたものの、いろいろと問題が発生する故に結論として、現状は控える事にした。そういう意味で、面倒な事は確かにある。しかし対処のできる物事をさしてメンドクサイとは思わない。
と、ふと時間が気になり。近場の時計に目を遣る。
「そろそろ行きましょうか。外出の話は今晩にでも、ちゃんと」
言いながら立ち上がり。食事が終わったあとのトレイを相手の分とまとめて持つ。
「ぁ――は、はいっ」
そして勢いよく腰を上げる相手のウエストバッグから、床に、何かが落ちる。と自然に、目線が其処へ――。
ム?
それは小さめの本だった。文字は直ぐに読めないが、女性の悩むような姿が表紙に。
――すると落とし主がそれを拾い上げ、何故か、後ろに隠す。
「こここれはッ午前の任務中に大きな荷物を背負ったお年寄りを助けた際にっ」
それは遅刻の言い訳ですよ。
そうして独りになった後、預言者の部屋へ向かって、城内を歩く。
「お疲れ様です」
すれ違いざまに、女兵士が挨拶をしてくる。
「お疲れさまです」
振り返って言う。すると相手も振り返り、愛想のよい笑みを見せ、去って行く。
しかし、本当に女の人が多い。
――週の始まりに、異世界の男女比率が二対八と聞かされた時は真意を疑った。が実際に会う相手はことごとく女性で、男はごく稀に見掛ける程度。
この分だと、一夫多妻制という話は本当なんだろうな。
「本日の昼食はどうでしたか? 楽しめましたか」
ノック後、部屋に入るなり肩から一括りの髪を垂らす預言者が聞いてくる。
「いつも通り、楽しかったですよ」
「それはよきことです」
そう言う、部屋の奥で窓を背に一人用デスクに座っている、相手の方へ歩いて行く。
「なにかしてたんですか?」
「ええ。しかしちょうど今、終わったところです」
纏めた書類の底を机の上に軽く打ち付けて、揃え。そのまま手に持った状態で、相手が視線を自分に向ける。
「どうです、順調でしょうか交際のほうは?」
「まだ始まったばかりですから、なんとも言えません」
「ええ、仰るとおり焦る事はありませんね。のんびりと、待つとしましょう」
「一応一年という期限はありますけどね」
「おや。それは婚約という縛りがあっての事ではなかったのですか?」
「帰る帰らないは婚約という括りがない以上、分かりませんが。交際して、一年が経っても結果が出ないなら、それはそれで別の話です」
「仰るとおりです。男女の仲が一年を費やしても進展しなければ、破局をしたとしてもおかしくはありません」
「俺に期待したのは、失敗だったかもしれませんよ?」
「おやおや、洋治さまにしては消極的な発言ですね」
「そもそも積極的ではないです」
またまた、と相手が手の平を振って応対する。
「ならば何故、嘘だと分かった時点で、破棄をしなかったのですか?」
それは……――。
▼
「預言者様――いま、なんと仰りましたか……?」
「ですから婚約の話は全て、口からの出任せだと」
「ではその、婚約をしなくとも、ヨウはこちらの世界に滞在して、よいというコトでしょうか……?」
「ええ、そういうコトになりますね」
「どうして……――」
――と、隣で女騎士が俯き加減に言葉を失う。
「……――説明して、もらえますか?」
「何について、でしょう?」
「ジャグネスさんの気持ちを弄ぶ事が許される、理由を」
「おや。もしや、お怒りなのですか?」
「それはこれから聞く内容次第です」
「なるほど。滅多なコトは言えませんね。――分かりました。正直にお話ししましょう」
「お願いします」
「――実を言うと、この度の件は国王直々の依頼なのです」
え。
「父が……?」
「父ッ?」
「どうして父が――説明をしてください、預言者様っ」
「え。いや、その前に」
「まァお待ちなさい、アリエル。確りと順を追って、説明をします。先ずは、洋治さまに貴方の身分を明かさなければなりません」
「……はい」
「――もう、お分かりいただけたとは思いますが。アリエルの父は、いま洋治さまが居る国、メェイデン王国の、国王です」
「ということは、ジャグネスさんは……」
「はい。アリエルは、メェイデン王国の第一王女です」
だ……第一王女――。
「お待ちください。私は、元、第一王女です」
「――元?」
「それは貴方が勝手に言っているだけで、正式にはまだ、第一王女のままです」
「必要な手続きはしました」
「姓を変えたところで、出生は変えられません」
「しかし私の中で関係は断ち切りました」
ムム。
「――あ、あの。ジャグネスさんて、騎士団長ですよね……?」
「ええ、その通りです」
「……王女なのに?」
「この国、と言いますか。こちらの世界では、それほど珍しい話でもありませんよ?」
「まじですか」
「マジです」
――と返す預言者に某少女の陰を見る。
「……――ちなみに、その話と婚約にどういうつながりが?」
「やや話が逸れてしまいましたね。――先ほど申し上げましたように、王からの依頼で、私は長らくアリエルのお相手を探しておりました。その理由は、本人を知る洋治さまならば、分かるかと」
「なるほど」
「――どうして納得してるのですかっ」
「……――婚約させようとした大体の流れは、分かりました」
「流石の御察しです」
「私は分かりませんっ」
「……――だとしても、ちょっとヒドイです。それに俺を選んだ理由が分かりません」
「ちょっとッ?」
「お静かになさい、アリエル」
「は、はい……」
「――選んだ、と言うのは少し語弊です。選んだのではなく、期待したのです」
「つまり誰でもよかったと?」
「断じて違います。――と言ったところで、次に足せる言葉もありません。では納得も、できませんよね?」
「そうですね」
「では改めて、お決めください」
「……なにをですか?」
「アリエルとの関係を、破棄、するかです」
「預言者様ッ」
「貴方は黙ってなさい」
と言われて口を閉ざす女騎士が、昨夜と同じ目をこちらに向ける。
「……――俺は」
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「どうです。今一度、考えを改めますか?」
「――答えを変えるつもりはありません。もしなにかが変わるとしたら、それはきっとなにも変わらなかった時です」
「ふふ。洋治さまらしい、素敵なお言葉ですね。貴方のような方がお相手で、少々アリエルが羨ましく思いますよ」
ム。――そういえば、預言者様って歳はいくつなんだろう。
「ところで洋治さま」
「――はい?」
「こちらの書類を」
と言って相手が差し出す書類を――受け取る。
「これは?」
「私が新設した組織に関係する書類です」
「なるほど。ちなみに、どんな組織ですか?」
「日々邁進する私の仕事を一部、執り行う組織です」
「それって、要するに預言者様が楽する為の組織では?」
「流石の御察しですね」
「すぐ分かりましたよ」
「もしかして私、洋治さまに信用されてなかったりしますか……?」
「少しだけ」
「マジですか」
「まじです」
「ちなみに、その組織の代表は洋治さまです」
「まじですか」
「マジです」
エエ。